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樹海の秘密

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 誰かに似ているのであれば、話を聞いて、自分のまわりに今までにいた似たような性格の人の顔が思い浮かぶというのが普通だと思うが、そういうわけではなかった。
 まったく自分のまわりにいたことのないはずの顔なのに、想像できるというのは、一度も会ったことがないというわけではないだろう。知り合いというほどではなくとも、何か印象に残る相手だったから思い浮かべることができたのかも知れない。
 敦が、誰かの話を聞いて人の顔を思い浮かべることができるようになっていくとすれば、そのきっかけはこの時だったと思うに違いない。
 その日は、その後も話をしたのだが、ほとんど覚えていない。そのあたりから酔いが回ってきて、ほぼ記憶が途切れる領域に入ってきていたのだ。敦は酔いがまわるのは遅いのだが、回ってくると、後は早い。
「そろそろペースを緩めよう」
 と感じた時には時すでに遅し、まわりから見ると、かなり危ない状態になっているようだ。
 輝子はそんな敦の状況が分からなかったので、制することができなかったこともあって、気が付けば、ソファーで寝ていた。その日は、他に客は誰もいなかったので、敦の貸し切りだった。
 敦が来る時は、今までにもほとんど他に客がいたという記憶はない。マスターと二人の時は、適当に話をして自分で酔いのまわりも分かっているので、ここまで酔いつぶれることはなかった。
――そんなに楽しいお酒だったのか?
 と、意識が戻ってきている間に考えたが、そんなこともなかった。
 意識が戻ってくると、ソファーに横になっていたのに気づいたが、これは誰かに抱えられてここに来たのではなく、自分から動いてここに来たのだった。意識が戻りかけているのをマスターも輝子も分かっているはずなのに、別に話しかけてこない。きっと完全に意識が戻ったところで、敦の方から話しかけるのを待っているのだろう。敦としても、その方が願ったり叶ったりだった。
「酔っぱらってしまったようだ」
 ある程度意識が戻ってきた敦が、誰に言うというわけでもなく呟いた。
「気持ちのいい酔いですか?」
 最初に聞いてきたのは、マスターだった。
「うん、気持ちのいい酔いだよ」
 と答えたが、もし聞いてきたのが輝子だったら、どう答えただろう?
 きっと違う答えだったに違いない。
「そうだね。でも、ちょっときついかな?」
 と言って苦笑いしていたかも知れない。
 それは、別に気持ちのいい酔いを否定しているわけではなく、輝子に対しては、一歩仲が進んだということを自分に納得させるための自分への言い訳のように思えた。
 輝子の方を見ると、彼女は先にマスターが聞いてくれたので自分の出番はないと思ったのか、テーブルを拭いていた。しかし、敦が、
「気持ちのいい酔いだよ」
 と言った時、ニッコリ笑ったような気がしたのを、敦は見逃さなかった。
 最初から答えた内容に輝子がどんな反応をするのかだけが、気になっていたからだ。
 その日は、考えてみれば、いろいろあった一日だった。
 まだ終わったわけではないが、時計を見ると、もうすぐ一日が終わる時間が近づいていた。
――どれだけ僕はここで眠っていたのだろう?
 結構深い眠りだったように思えたので、二時間近くは眠っていたのかも知れない。
 二人での話が今から思えばあっという間だったように思うのは、考えてはいけないことだが、
――話をしたこと自体が夢だったのではないか――
 と感じたからだった。
 明らかに夢を見たと分かる時と、夢か現実か分からないという時ではまったく心境が違っている。明らかに夢だと思う時は、夢と現実の境目が分かるほど、意識はしっかりしているが、夢か現実か分からない時というのは、色も匂いも時間の感覚も、まったく分かっていない時なのかも知れない。
 その日、敦は自分でも分からないほど酔っていたようだ。いつ家に帰ってきたのか自分でも分からないが、目が覚めてみると朝だった。
「う〜ん、呑みすぎたかな?」
 と、布団からなかなか出られない自分を感じた。自分で感じているよりも寒さを感じる。寒さというよりも、震えが止まらない感覚だ。
――汗を掻いたのかな?
 身体に服がまとわりついている。
「あれ?」
 思わず声が出てしまったが、どうやら、着替えずに眠ってしまっていたらしい。
 しかし、上着はちゃんとハンガーに架けてある。酔っぱらっていながらもハンガーを使うという意識はあったのだろう。やはり、本能というのは、意識が朦朧としている時ほど発揮されるもののようだ。
 カーテンが微妙に開いていて、その隙間から日差しが差し込んでくる。すでに夜は明けているようだ。
 時計を見ると、午前七時十五分だった。そろそろ起きないと、仕事に間に合わない。何とか眠い目をこすりながら意識を戻そうとするが、そう簡単には戻ってくれなかった。
 しかし、不思議なのは、身体が重たいという意識はあったが、酔いが残っているような感じではない。最初に、
――目覚めの悪さは酔いのためだ――
 と思ったが、どうもそうではないようだ。
 身体の重たさは酔いによるものではなく、他に原因がある。汗が噴き出しているのも、それが原因ではないだろうか。思わず、
――熱があるのではないか?
 と感じた。
 まずは体温計を胸に挟んで、熱を測ってみた。
 しばらくすると、ピピッという音がして、胸から体温計を取り出す。
「三十六度一分、平熱だ」
 熱がないと分かると、現金なもので、身体が急に軽くなった気がした。遅刻しないようにするには、さほど時間に余裕はない。何とか身体を起こして洗面所に向かう。まずは顔を洗いたかった。
 洗面所に向かうと、
「あれ? こんなに洗面台が近かったかな?」
 と思ったが、気のせいだと思い、まずは、水で顔をジャブジャブ洗った。
 タオルを取って、顔を拭きながら、まだ眠気の残った顔なのかどうか確かめるために、洗面台の前の鏡を見た。
「えっ? 誰だ、あんた」
 思わず鏡の中の人物に話しかけた。そこに写っているのは、今までに見たこともない人で、それが鏡であるということを、すっかり忘れてしまうほどのショックを受けたに違いない。
 確かに自分の顔というのは、鏡を見なければ確認できないので、意外と自分の顔を普段意識していないものだ。鏡を見て、
――こんな顔だったんだな――
 と、再確認すると言っても過言ではない。
 すぐに自分の顔でないことに気づかなかったのは仕方がないとしても、目の前にあるのが鏡だということすら忘れてしまったというのはどういうことだろう。それだけ自分ではない顔がそこにあったのは、鏡ではないという一種の辻褄合わせをしたのかも知れない。
 ただその意識は無意識だったのだろう。本能によるものだというのが、一番考えられることだった。
 洗面台の鏡に写った「自分ではない自分」を見ながら、いろいろなことが思い浮かんだ。
「もし、このまま表に出ていったら、ここの住民ではない人が出てきたということで怪しまれたりしないだろうか?」
 あるいは、
「このまま会社に行っても、誰も自分だとは信じてくれないだろうから、こちらも警察に通報されるだろう。僕は何と言って言い訳をすればいいんだ?」
作品名:樹海の秘密 作家名:森本晃次