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樹海の秘密

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 仕事、プライベート、どちらを取っても、やり残したことや、やりたいことがあったようには思えない。
 そういえば、
「死んだ気になれば、何だってできるじゃないか」
 と、テレビドラマなどで自殺しようとしている人を止める時の定番のセリフである。
 敦は、
――白々しい――
 と思いながらも、そんなテレビドラマを見るのが好きだった。
 それは、自分に自殺という影がまったくなく、自殺する人など、完全に他人事だと思ったからだろう。
 確かに、そのセリフは説得力が感じられる。しかし、それはドラマを見ながら、他人事だと思うから感じられるものであり、次の瞬間には、白々しさがよみがえってくる。説得力は一瞬だけのものなのだ。
 しかし、自分が自殺の覚悟を固めた時はどうなのだおる?
 自殺の覚悟には二種類ある、
「実際に、死にたいと思うほどの何かがあって、生きることに失望した時」
 もう一つは、
「いずれは死ぬのだから、いつ死ぬのが一番楽に死ぬことができるだろうか?」
 と感じた時に、できる覚悟である。
 ほとんどの人は前者しか思い浮かばないだろう。敦もそうだった。
 しかし、死というものを実際に意識してしまうと、
――いかに楽に死ぬことができるか――
 ということを考えるようになって何が悪いというのだろう。
 もちろん、生きている間に、やりたいことや、達成を目指しているその途上である時はそこまで考えないかも知れない。
 しかし、目標を達成してしまって、その次のことを何も考えていなかったり、何も思い浮かばなければどう感じるだろう?
「もう、この世に未練なんかないよな」
 と思うかも知れない。
 その時にできた覚悟は、生きていると苦しいだけなので、死ぬしかないと思っている人よりも、強いものではないだろうか。
 目標を達成した人は、死に対して怖いとは思わないかも知れない。
「痛い、苦しい」
 ということだけを考えるなら、躊躇もあるだろうが、この世に未練がないと思っている人には、
「痛い、苦しい」
 を凌駕したものが存在していると言っても過言ではないだろう。
 ただ、敦には、何かを達成したという思いも、
「この世に未練はない」
 という思いもない。
 中途半端な思いだけで、死というものを意識してしまっている。
――こんなことを考えるのは僕だけなのかな?
 と思ったが、敦はそうでもないという根拠のない気持ちが、心の中にあるのを感じていた。
 敦は、、何とか狛犬のところまで辿り着き、その表情を見ているると、恐ろしいというよりも、
――どこに逃げても、こいつらからは逃げられない――
 という思いがあった。
 しかし、顔は穏やかなもので、狛犬に対して穏やかな表情を感じるなど、今までにはなかったことだ。
――いよいよ死が近いのかも知れないな――
 そう思って、狛犬から離れると、さっきまで重たかった身体が急に軽くなり、マヒしていた足の裏も回復していて、痺れも消えていた。
「狛犬が治してくれたのかな?」
 と、苦笑いをしながら呟いたが、境内を振り返ることなく、裏に向かった。
 さっきまでカッと照っていた日が刺さなくなると。まったく無風だったはずの今日の昼下がり、境内の影に入った瞬間に、冷たいと思えるほどの風が吹いてきた。
 掻いていた汗が、一気に乾いてしまうほどで、
「このままなら風邪をひいてしまう」
 と思った。
 さっきまでの身体のだるさは、まさしく風邪を引いた時のだるさだった。
「ここに来て風邪の症状が治まるなんて、逆じゃないか」
 と思った。
 さすがに、表の明るさから一変して、影となっている境内の裏は、目の前に広がる樹海の入り口の壮大さもあってか、明るさはまったく感じられなかった。
 しかし、夜という雰囲気でもない。目が慣れてくると、徐々に見えてくるものがあることは分かっていた。
――一体最初に何が見えるというのだろう?
 最初に見えてきたのは、怪しく光る二つの光。
 それは自分の背よりも明らかに低いもので、真っ赤に光っているように見えた。
 風が強かったので最初は気づかなかったが、風に慣れてくると、
「うぅ〜」
 という呻き声のようなものが聞こえた。
「犬でもいるのか?」
 と思ってみると、どうやらオオカミのようだった。
「こんなところにオオカミが?」
 考えてみれば、樹海には、誰も入り込む人はいないのだ。中に何が住んでいるのか知っている人はいない。
「入ってはいけない」
 という場所で、研究する人もいない。
 樹海の生態系は一体どうなっているというのだろう?
――まさか、次元の違う世界では?
 富士の樹海を思い出していた。
「入った人は見つからない?」
 違う次元に入り込んでしまって、行方不明になってしまったのかも知れない。
――それとも、サルガッソーやブラックホールのように「宇宙の墓場」と呼ばれるような場所が、こんな身近に存在していたということなのか?
 ワームホールなどはすぐに消えてしまうが、樹海は消えることはない。ひょっとすると、樹海の中には、ワームホールが発生しやすい場所が至る所にあったりするのではないかとも感じられ、樹海を目の当たりにしているだけで、こんなにも想像力が高速回転でたくさん浮かんでくるものだとは思ってもいなかった。
「やはり樹海には、信じられないような力があるんだ」
 と感じさせられた。
 今は科学が発展しているので、富士の樹海であっても、今まで言われていたような都市伝説が、
「そうでもない」
 と、科学的な根拠のないウワサとして言われるようになったあが、昔はいろいろな話があった。
「一度入ったら、出られない」
 であったり、
「方位磁石が通用しない」
 などもそうだが、今の研究では、そこまではないようだ。ただ、それは富士の樹海のことだけであって、地方にあるあまり知られていない樹海には、却って何があるか分からないだけに、不気味さもあった。
 特に、自殺の名所として噂にならなければ、それほど危険なものだと言われることもない。一人か二人、別の時代に行方不明者がいたくらいでは、誰も気にしないだろう。
 もちろん、樹海も捜査対象になるのだが、そんな時に限って、樹海に入った人は、別に何もなく、普通に出てこれたりするものだ。
 一度捜査が入って何も異常がなかったり、不可思議なものが発見されなければ、二度とここを怪しく思う人はいない。ある意味、自殺の名所としては、死角になるのかも知れない。
 忘れた頃に、首吊り自殺者が見つかったと言っても、樹海でなければいけないという死に方ではないので、
「人知れず死にたい」
 という気持ちが強かったことが、自殺の場所を樹海にした理由だと思う。
 ただ、この街の人間ではないということなので、どこでこの街の樹海の話を聞いたのか分からないが、彼女の自殺と、樹海の神秘とを結びつけるのは、無理があるような気がした。
 重たい身体で、彼女の死体が見つかったというところまで来てみた。すでに捜査によるロープは取り外されていて、そのロープの跡が、木に残っているようだった。
「こんなところで一人で死んでいったんだ」
 と思うと、さっきまで自殺を考えていた自分が信じられない気がしてきた。
作品名:樹海の秘密 作家名:森本晃次