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樹海の秘密

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 と言われるに決まっているが、いくら死を選んだ人とはいえ、初志貫徹できた人のことを、バカ呼ばわりなどできる人はいないだろう。そんな権利は、存在しないのだ。
 いろいろなことを考えていると、
――僕も、おかしくなってきたのかな?
 という気分になってきた。
――死ぬのなんて怖くない――
 と思うようになり、
――どうせ、人は誰もが一度は死ぬんだ。死を覚悟した時に死に切れるのが、一番幸せなのかも知れない――
 とまで考えるようになった。
 年老いて死んでいく時、苦しまないとは誰が言えるだろう。今なら、苦しまずに死ぬ方法さえ見つかれば、その時に死んでしまった方が、覚悟という意味では楽ではないか。
 そう思うと、生きていることの意味がどこにあるのかということを再確認してみたくなった。
――僕は何のために生きているんだろう?
 自分の中からは何も答えてくれない。こんな時に限って、もう一人の自分も沈黙していた。
――人が自殺したくなる気持ち、分かってきたような気がする――
 そんなことを感じた。
 こんなことを考えるということは、自分がネガティブになっているからだろう。何か原因があるのではないかと思ったが、思い浮かばない。
――樹海が呼んでいる――
 次第に自殺への意識が強くなり、ついには、そんな風に考えるようになったのだ。

                 過去の暴行事件

 週末の金曜日の昼下がり。何もなければ、その日は、バーにでも行ってみようと思っていた日だった。以前安藤さんと一緒に行ったバーが気に入っていて、時々行くようになったのだが、なぜか安藤さんと一緒になることはなかった。マスターに、
「最初に来た時、僕と一緒だった人って、この店に来たりしている?」
 と聞いてみると、
「ええ、安藤さんでしょう? ちょくちょく来てくれてるよ。でも、なぜか敦君とは一緒にならないんだよね。別に示し合わせているわけではないんでしょう?」
 と、笑いながら言っていたが、
「もちろん、示し合わせたりしていませんよ。そんなにちょくちょく来られているんですか?」
「ええ、敦君よりも頻繁に来てくれているよ」
 敦は、週に一、二回くらいのものだったが、毎週来ているのは間違いない。たまに週三回ということもあるくらいで、十分常連と言ってもいいくらいだと思っていた。
 そんな敦よりも多く来ているというのに、会わないというのは、本当に示し合わせていると思われても仕方のないことだ。よほどタイミングが悪いのか相性が悪いのからだが、逆にこれほどタイミングが合わないというのは、却って何かの因縁めいたものを感じてしまう。
 敦は、午前中までは、
――今日はバーに行く日だな――
 と思っていた。
 しかし、最近自殺のことを意識するようになってから、さらには樹海が呼んでいるとまで感じるようになると、どうしても、樹海を見に行かないと気がすまなくなっていた。
――本当に、僕は今まで自殺を考えたことがなかったんだろうか?
 今回の自殺を意識した感情は、初めてではないような気がする。以前にも同じような考えを抱いたことがあるのを感じていたが、その時は、自殺までは考えなかった。
「人は誰でも一度は自殺を考えることがある」
 と言っていた飯塚君の話が思い出された。
――本当にそうなのかな?
 と、自殺を考えたことのない自分が、まるで少数派のように思えて、何とか、自殺をイメージしようと努力してみたが、できなかった。
 やはり、自殺などというのは、自分から意識したのではできないものだ。何か外的な影響から、自殺のイメージが頭に沸いてくることで、どうして自分が自殺を意識するようになったのかという疑問から始まって、次第に自殺に向かってまっしぐらになっている自分に気づくものなのかも知れない。
 もちろん、自殺など考えたことのない敦だったので、確証があるわけではないが、飯塚君の手首を見た時や、冷蔵庫に閉じ込められたり、生々しい死の場面に直面したりしたのを思い出すと、自分の気持ちが自殺というものに惑わされているということに気づくのだった。
 その日はちょうど、昼から有休を取っていた。これは前から計画していたもので、衝動的に自殺を意識したことで、急遽休みにしたものではない。
――何か虫の知らせのようなものがあったのかな?
 と思ったが、今までなら、
――そんなバカなことはないよな――
 と言って、一蹴しただろうに、その日は、妙に納得できた。
 仕事が終わって、さっそく樹海に行こうと思ったが、目的地は決まっていた。
 この間首つり自殺が発見された、神社の境内の裏である。仕事を終えてホッとする反面、早く会社を出ようと表に出ると、さっきまで元気だったはずの自分の身体が急に重たくなってくるのを感じた。
――一体どうしたんだろう?
 そう思いながら、歩いていた。
 歩き始めてすぐに、足の裏の土踏まずの部分に痺れを感じた。左足だけだったので、なんとかびっこを引きながらでも歩くことができた。ただ、思ったよりも身体にだるさが感じられ、進んでいるつもりでも、前を見ると、なかなか先に進んでいるようには思えなかった。
――石段、上ることができるかな?
 という一抹の不安があったが、それは取り越し苦労だった。
 何とか歩いて目的の境内の前まで歩いてくると、今度は疲れは取れていた、ただ、足の裏の痺れだけは残っていて、上りながら痛みに耐えていた。だが、痛みに耐えている間、何とか意識が足の裏だけに集中していたからなのか、気が付けば境内の前まで上ってきていた。
 目の前に広がる境内は、左右対称のはずなのに、左側が少し傾いているように思えた。きっと足の痛みから来ているのだろうが、すでに足の裏は熱を帯びていて、感覚が半分マヒしていたのだ。
 ゆっくり石畳を歩いて、百度石のところまで来ると、正面に見える境内が、さっきよりも小さく感じられた。
――こんなに小さかったかな?
 と感じたのと同時に、
――近づいたはずなのに、まだまだ遠いじゃないか――
 と感じた。
 そして、後ろを振り返ると、今まで歩いてきた距離は確かに存在していた。本当ならちょうど半分くらいまで来ていていいはずなのに、まだまだ倍くらいは歩かないと、境内まで辿り着けないように見えた。
 しかし、境内が小さく感じるわりには、目の前にある一対の狛犬が、やけに大きく感じられた。
――今にも動き出して、襲ってきそうだ――
 という思いもあるくらいで、
――襲ってきたらどうしよう――
 という意味のないことを考えたりした。
 元々、自殺を意識してここに来たのに、狛犬を怖がるというのも、不思議なもの。狛犬が死への道筋を立ててくれるとでもいうのだろうか?
 歩きながら、自分に、
「死への覚悟」
 があるのかどうか、考えていた。
――今だったら、もし死んだとしても、後悔はしないかも知れないな――
 生きることへの執着であったり、自殺する時の後悔というのは、何かこの世でやりたいことがあったり、やり残している中途半端なことがあったりした場合に感じるものだ。
 そんなものが敦に果たしてあるのだろうか?
作品名:樹海の秘密 作家名:森本晃次