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樹海の秘密

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 惨劇のシーンをくどくどと書き連ねる気もしないが、いかにその惨状を表現できるかということを考えると、やはりモノクロの場面をイメージしてもらうのが一番だと思う。実際に忘れていた記憶を引っ張り出した本人である敦も、モノクロのシーンが最初に思い浮かんだのだから、その時見た映像を、
――これは夢なのではないか?
 と思いたい一心から、心の中で色を消してみたが、実際に色を消してしまうと、これほど惨劇を脚色するものもないことに、今となって気づいたのだった。
 人は、この世のものではないと思えるようなものを見ると、
「夢であってほしい」
 と思うものだ。
 例えば幽霊を見たり、人の死に立ち会ったりすると、そこから逃げたい一心から、夢に逃げようとする。
 しかし、夢というのは、本当に逃げることで、救われる場所なのだろうか?
 実際に夢の世界を見てきた人はいない。夢の世界からは帰ってこれるので、死の世界とは違うものだと思っているが、本当に夢の世界からは帰ってこれるのであって、死の世界に入り込むと、絶対に帰ってこれないと言い切れるのだろうか?
 子供の頃から、
――帰ってこれないところに入り込むのが一番怖い――
 と思っていた。
 小学生の頃、家の近くに廃工場があった。自分が物心ついた頃にはすでに操業しているわけではなかったが、不気味な感じもなかった。一年、また一年と、さびれていく跡地には、雑草が生い茂っていた。
 友達の中には、わざと廃工場を選んで鬼ごっこをしようと言い出すやつもいたが、怖がりだった敦には、とても廃工場で遊ぶ気にはなれなかった。
 廃工場跡には、大きな冷蔵庫があった。人が二、三人くらいは言っても、まだスペースがあるくらいのものだったが、傾いていて、扉が半分開いていた。
――間違って入り込んで、もし扉が閉まっちゃったら、どうなるんだろう?
 恐怖の原因はそこにあった。
 一番の恐怖を想像しておきながら、
――本当の怖さは、まだ他にあるのでは?
 と感じていた。
 今だと、本当の恐怖が分かる気がする。
 入り込んでから、扉が閉まってしまうと、真っ暗な中に閉じ込められる恐怖、そして、誰にも気づかれることはないという果てのない言い知れぬ恐怖。そして、すぐに死んでしまうのではなく、いずれ、水も食べ物もなく、酸素もまともに供給できないその場所で、もがき苦しみながら死んでいく恐怖。
 実際に想像することは不可能だった。
 テレビドラマなどで、殺人の場面をボカシながら映しているが、閉じ込められて、苦しんでいる姿というのは、ボカス以前に、テレビでの放映に耐えられるものではないだろう。
 しかし、人の想像力というのは、人それぞれではあるが、果てしないものである。想像しようとすればできなくはないが、誰もが想像することの恐怖を知っているからなのか、想像することをしない。
 そのことについて、考える余地もなく、考えないようにしているが、敦は敢えてそのことを考えようとしている。
 それは、子供の頃に見た目の前で起こった惨劇を、少しでも和らげて思い出そうとする表れなのかも知れない。
 しかし、本当の恐怖を想像しようとしている自分に気づき、ハッとして、想像するのを止めようとする。
――何かの力が働いて、恐怖へといざなおうとしているのではないだろうか?
 と、余計なことを考えてしまう自分は、どうかしてしまったのではないかと思うようになる。
 夢もデジャブも、自分の中に持っている記憶の奥に封印した恐怖体験を、少しでも和らげるために見るのではないかと思えてきた。
――ということは、生まれ持った恐怖が、最初から記憶の奥に封印されていたのではないか?
 という想像も成り立つのではないか。
 夢とデジャブは、共通点が多いと思いながらも、そのことに気づかないのは、それぞれを一つにして考えると、恐怖が相乗効果をもたらして、現実世界との結界が破れてしまうのではないかと考えてしまう。
 敦は、
――死体を目の当たりにした時の恐怖――
 あるいは、
――冷蔵庫に閉じ込められる恐怖――
 その二つを、いつも心の底に秘めていたのかも知れない。
 余計な想像をすることもなく、今まで生きてきたが、絶えず不安と背中合わせだったような気がしている。この街で出版会社に就職したことをあまり深く考えないようにしてきた。
 もし、この街に樹海がなければ、ここまで意識もしなかったかも知れない。しかし、現場責任者として安藤さんが入社してきてから、敦の考え方が少し変わったのも事実だった。そんな時、樹海から自殺死体が発見されたという話を聞いた時、しかも、それが神社の裏手にある空き地から少しだけ入ったところだと聞いた時、少し不思議な気がしていた。
 最初はその不思議に感じた思いがどこから来るのか分からなかったが、よく考えてみれば、確かにおかしい。
――樹海の中で自殺するのであれば、富士の樹海のような、一度入ったら出られないと言われるようなところですればいい。しかし、わざわざ、ここの樹海を選び、自殺方法も首を吊っての自殺だったというのは腑に落ちないんだな――
 そう考えた。
 首吊り自殺であれば、別にこの場所でなくともいいではないか。
 しかも、後から聞いた話では、自殺した女性は、この街の住民ではないという。少し離れたところに住んでいて、別にこの街に会社があるというわけでもない。縁もゆかりもないこの街でわざわざ自殺する理由もないだろう。
――ひょっとして、彼女の自殺の原因が失恋にあるとすればどうだろう?
 とも考えた。
――失恋の相手がこの街の男で、当てつけにこの街で自殺を試みた――
 そう考えてみたが、これもおかしい。
 だとすれば、遺書に相手の男に対しての恨み言を書いておくべきだろうし、相手の男の部屋の近くで自殺をすればいい。わざわざこんな入り込んだところで、いくら樹海の浅いところで自殺したとはいえ、すぐには発見されないこんなところを自殺の場所に選んだというのが不思議だった。
 この自殺に関しては、不思議なことが多すぎる。
 遺書の内容からも、自殺の原因に繋がるようなことは何も書いていなかったという。ただ、自殺することに決めたので、ここで死にますと書かれているだけだった。
――死ぬということが恐ろしくなかったのだろうか?
 敦の友達の飯塚君も自殺を試みたことがあったというが、その時の躊躇い傷を見せてもらったことがあった。
「自殺しようと思っても、なかなか思い切れるものではない」
 と言っていたのを思い出した。
 確かに、自殺しようと思った人が、本当にその場で自殺できるのであれば、もっとたくさんの人が自殺しているに違いない。
「人って、誰だって一度くらいが、自殺を考えるものさ」
 死にきれなかったが、自殺を考え、未遂に終わったとしても、覚悟を一度は決めた人間がいうのだから、説得力はあった。
 そういう意味では、一思いに死ぬことのできた人を、
――潔い――
 と思うこともできる。
 さすがに尊敬まではできないが、初志貫徹という意味では、立派な最期だと言えなくもない。こんなことを言うと、
「バカなことを」
作品名:樹海の秘密 作家名:森本晃次