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心理の挑戦

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 小学生の頃の市場では、通路がそのまま入り口に繋がっているので、中がよく見えた。店の奥に上り口があり、障子を開けると、居間が見えそうだったのだ。
 今だったら、表から覗かれるのは嫌だが、子供の頃は、覗かれるのが自分の部屋でなければ、店舗と家が繋がっているという利便性を自慢できるような気がしていたのだ。
 友達の家に行くのでも、本当なら裏に回って、勝手口から入るのが本当なのだろうが、友達は気にせず、店舗側から、堂々と中に入る。
 親もそれを戒める様子はない。その様子が、余計に羨ましく見させるのだった。
「お前の家はいいよな、すぐ目の前でいろいろ揃うんだからな」
 アーケードが一つの集落のようで、そのうちの一つを自分の家が形成していると考えると、仲間意識が高まってくるだろう。サラリーマンは一戸建てを目指して、まずはアパートから始まるが、どんどんまわりから孤立していくようで、寂しさが感じられた。
 今だったら、大人の世界の煩わしさを知っているから、家くらいは自分の城のように思いたいと感じるのも無理もないことだ。
 そういう意味で、市場や商店街というのは好きだった。そのうちにコンビニエンスストアーなるものが現れて、店が閉まっている時間でも、必要最低限のものなら揃うという時代に入った。
――年から年中、休みなし――
 そんな触れ込みだった。
 確かに正月など、年始は五日か六日くらいまで、店がお休みというのは当たり前だった。今でこそ、正月朝から百貨店が開いている時代、あの頃には、信じられないことだっただろう。
 そのうちに大手スーパーチェーンが、郊外型の大型スーパーを作るようになって、昔からある商店街は大打撃だった。
 二十年前も、ちょうどそんな時期だった。
 街の活性化どころか、チェーン店を展開していた店は、どんどん撤退していく。撤退すればすぐに他の業種の店が入ってきていたものが、どこも入ってこなくなる。昼間になってもシャッターは閉じたまま、少しずつシャッターが閉まっている店が増えてくると、ほとんどの店がシャッターを閉めるようになるまで、そんなに時間は掛からなかった。
 そのうちに夜の店が路地裏のビルの一角に看板を出すようになる。怪しげなネオンサインは男の理性を狂わせた。
 次第にインターネットなどの検索で、このあたりが夜の街として生まれ変わったと宣伝されると、夜はそれなりに活性化されていた。商店街とすれば苦肉の策だったのだろうが、客が寄ってくるのはありがたかった。
 それでも、昼の街には閑古鳥が鳴いていて、どんどんシャッターを開ける店が少なくなった。
 それまで、アーケード内だけで、一つの街を形成できるほど、何でも揃ったのに、今では何も揃わない。同じ系列の店が、二つも三つもあって、ライバルとして凌ぎを削っていたのは、
「今は昔」
 であった。
 こういちが、イリュージョンの常連になった頃というのは、商店街の昼間の店舗のシャッターが少しずつ開かなくなり掛かっていた頃だった。
 それ以前から、商店主たちは、将来を危惧して、イリュージョンで毎日、善後策を考えていたようだが、いいアイデアがそう簡単に生まれるはずもなく、時間だけがいたずらに過ぎていく。
「どうにも困ったものだ」
 誰もが口にしたいと思っていただろう。一人が口にすると、皆頷いて、そしてため息をつくしかなかったのだ。
 街が変わっていく姿は、小学生の頃から目の当たりにしてきたが、気持ちの中ではほとんど変化はなかった。
――便利になるんだな――
 と漠然と感じる程度で、便利になる代わりに、店に置いてあるものが本当にほしいものだと限らないことが分かると、
――どっちでもいいな――
 と思うようになってきた。
 コンビニエンスストアと言っても、スーパーなどよりも本当に小さく、陳列棚もものすごく狭い。子供が見るコーナーとすれば、お菓子コーナーくらいのものだが、自分の好きなものが置いてあった試しはない。
 そのうちに、
「コンビニエンスストアというのは、いつも開いていて便利なんだけど、売れ筋を見極めて、それ以外のものは置かないようにしている」
 という話を聞くと、
「ただ、開いているという便利さだけじゃん」
 と思うようになっていた。
 主婦層にしても、今まで買い物をしているスーパーや市場での方が、品揃えがいいらしく、コンビニで買い物をすることはない。今までと変わらない生活だった。
 しかし、コンビニが潰れることはなかった。
 売れない店舗は早々に撤退し、売れそうな場所をリサーチして新しい店舗を作る。そうやってコンビニ業界は、流通業に大きく進出してくるのだ。
 しかも不思議なことに、あれだけコンビニで買い物などすることはないと思っていたのに、気が付けば、コンビニで買い物しない日はなくなっていた。
 朝ジュースを買ったり、パンを買ったり、大学生の頃は特にそうだった。
 大学生というのは夜更かしである。田舎から出てきて一人暮らしをしている友達の部屋に泊り込んで、夜通し話をすることなどしょっちゅうだった。当時はまだ存在していた「銭湯」に行った帰りなど、コンビニでビールを買って呑んだりするのが楽しみだった、
「数年前までは、ビールは自動販売機にしか売っていなかったのに、今はコンビニがあるから、一緒につまみも買えるんだ。今日みたいに二人で銭湯に行った帰りに歩きながらビールを呑もうなんて、もしコンビニがなかったが、考えることもなかっただろうな」
 と言っていた。
 部屋に帰れば、ビールのストックはある。おつまみもそれなりにあるというのだが、風呂上り、夜風に当たりながら呑むビールは、また格別だった。星空を眺めながら呑むビール、会話も弾むというものだ。
「これこそ、大学生活の醍醐味だよね」
「もっともだ」
 そう言って、笑顔で話したものだった。
 その時、二人で見た夜空は、いつになく星が綺麗だった。
「どうして、今日は星があんなに綺麗なんだろうな」
 というと、友達は、
「うん、こんなに星の数が多いのは見たことがない。まるで田舎に帰ったようだ」
 と言っていた。
――そうか、星の数が多いんだ――
 友達は、自分が答えてほしいことを答えたわけではないのに、その一言で十分だった。都会の空でも、タイミングによって綺麗な空を見ることができるのか、それとも、その日が特別な日で、綺麗な空を見せてくれたのか、そのどちらでもあるような気がしてきた。
 公園に立ち寄って、二人でブランコに揺られた。
「まるで子供の頃のようだ」
「そうだな。子供の頃だったら、これくらいの星が見えることもあったかも知れないな」
 子供の頃、こんな夜中に歩き回ることなどなかったので、もちろん見たわけではない。そうあってほしいという願望が口に出ただけのことだった。
「まるで空に無数の鏡を置いたみたいだ」
 友達は、不思議なことを言いだした。
「普段より二倍の星の数だったら、星の横に鏡があって、隣の星を鏡に写しだしているような気がしてね。片方は本物の星なんだけど、片方は鏡に写った偽物……。ひょっとすると、君が見えている僕は、鏡に写っている僕の方なのかも知れないよ」
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次