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心理の挑戦

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 友香は、こういちが交通事故に遭うのではないかと危惧していたこともあって、こういちの後を密かにつけていたのだ。交通事故に遭ってすぐ、救急車と警察に連絡を入れ、何とか病院に搬送し、手術を受けることができた。
「処置が早かったのと、致命的な損傷はないのがよかったです」
 という医者の話で、意識は戻っていないが、命に別状はないということで、ホッと胸を撫で下ろした友香だった。
 翌日昼頃になると、こういちの意識は戻り、ケガの後遺症もほとんどなかった。少しだけ記憶が欠落している部分があるということだったが、
「これくらいなら心配いりません。思い出すことになると思いますよ。生活に影響するほどのこともありませんし、心配はいらないと思います」
 というのが、医者の見解だった。
 友香は、安心して昼からも少しだけ、こういちのそばにいてあげようと思った。
「せっかく、警告してくれたのに、まさか、本当に事故に遭うなんて……」
 とこういちは、後悔と友香への申し訳ないという気持ちが頭の中にあるようだった。
「いいんですよ。それよりも、こういちさんが無事でよかった」
 友香は少し意識が朦朧としているようだった。昨日からずっと付き添っているので、無理もないことだ。
 友香は、すでにこの時から、呼び方を下の名前で呼ぶようになっていた。こういちも、まったく意識していなかったのは、話をしたのが昨日というよりも、もっと前のことだったように思うからだった。
 医者が入ってきて、こういちの様子を見ていた。脈を取ってみたり、血圧を測ったりと、定期的に形式的な検査をしているだけだった。
「あなたの方は大丈夫ですか? 少し横になった方がいいですよ。少し休んでから出ないと、帰宅するのは危ないですからね」
 と、友香に言った。
 こういちは意外そうに思い、
「先生、そんなに彼女は衰弱しているんですか?」
 というと、医者はこういちが何も知らないということを意外に思いながら、
「それはそうだよ。彼女は君のために、昨夜輸血をしてくれたんだからね。あれから寝ていないようなので、今は気が張っているかも知れないけど、気を抜くと、一気に虚脱反応を起こしかねないから、彼女も十分、気を付けてあげなければいけないんだよ」
 こういちは、驚いて友香を見た。
 友香は、下を向いたままで表情は見て取れなかったが、
「そうだったんだね。ありがとう」
 と、こういちは、心から感謝の気持ちを伝えた。
「私のことはいいのよ。こういちさんが元気になってくれれば」
 と、ニッコリと笑った。
 さすがに衰弱しているのだろう。よく見ると、目の下にはクッキリとクマができている。いくら自分が事故に遭ったばかりとはいえ、気づかなかったことを恥ずかしく感じたこういちだった。
 友香の状態も、医者は診てくれた。同じように、血圧と脈を調べていた。
「さすがに若いだけあって、回復も早いのかも知れないね。異常はないですよ」
 と言われて、友香はホッと一安心だった。
 その表情を見たこういちは、
――思ったよりも、本人はきついと思っているのかも知れない――
 と感じた。
 やはり気が張っていると、それだけ表情には出ないのかも知れない。医者の言った、若さというのも理由の一つなのかも知れない。
 心情として、好きな人への一途な気持ちが彼女を奮い立たせているとも思える。本人の意識としては、それが一番強いのかも知れない。
「それでは、お二人気を付けて」
 と言って、立ち上がると、看護婦を制して、次の巡回患者の元に向かった。
「少し、寝た方がいいよ」
 と、友香の体調を気にするこういちは、そう言った。
「ありがとう。こういちさんこそ大丈夫?」
「大丈夫だよ。医者もそう言ってくれたしね」
 そう言って見せる笑顔を見た友香は、睡魔が襲ってくるのを感じた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、少し横にならせてもらうわ」
「どうぞどうぞ」
 病室は二人部屋を用意してくれていた。
 友香が輸血をしているという事実があるのも分かっていることだったので、友香がいる間だけ、二人部屋を使っていいと、病院側から言われていたのだ。
 友香はベッドに潜り込むと、さすがに一気に襲ってくる睡魔には勝てず、すぐに可愛い寝息を立てて、眠りに就いた。こういちも、それを見ていると、自分も睡魔に襲われてくるのを感じ、そのまま眠りに就いていた。
「あなたに似た人を見た」
 またしても、こういちは夢の中にいた。
 今度は夢の中には友香しかいない。典子はどこに行ってしまったのだろう?
 こういちは、その声を聞いて、
――あれ? さっきの由香なのか?
 と感じた。
 どこが違うのかというのは、すぐには分からなかった。だが、何かが違っている。
――ああ、さっきよりも、声のトーンが低く、ハスキーだ。まるで寝起きの時の声のようだ――
 と感じた。
 寝起きというのは、普通機嫌の悪いもので、最初に聞いたその声は、いつもの優しい友香では考えられないような声だった。
 というよりも、感情がこもっていないと言った方がいいかも知れない。
 そう思ってみると、その目にはクマが浮かんでいて、今にも倒れそうな状態を必死で耐えている様子だった。
 さっきまでベッドの横で付き添ってくれていた人と同じ人なのかと思うほどのひどい形相で、本人というよりも、
「あなたに似た人」
 と言った方が正解ではないかと思えた。
――ということは、友香が言っている「あなたに似た人」というのは、自分であって自分でない相手を見ているように感じるのと、もう一つ、友香自身が自分ともう一人の自分が同じ相手を見ることで、感覚的に「似た人を見た」という感覚になると考えるのも無理なことだろうか?
 と感じた。
 友香の場合は、ひょっとすると、後者ではないかとも思えてきた。
 友香は、それ以上何も話そうとはしない。ただ、じっとこういちを見つめているだけで、次第にその友香の顔色が悪くなってくるのを感じた。
 よく見ると、左手の袖がまくられていて、肘を曲げるところに針が刺さっていた。そこから真っ赤に染まった管が伸びているのを感じると、こういちは、思わず自分の腕にチクっとした痛みがあるのを感じた。そこには友香と同じように針が刺さっていて、真っ赤な管が見えていた。
――まだ、輸血されていたのか?
 と思うと、友香の顔色が悪くなってくるのも無理もないことだった。
 顔色は悪くなっているのに、表情は変わらない。元々表情などなく、顔色だけが悪くなっていっていたのだ。
――そういえば、似たような感覚を覚えたことがあったな――
 思い出したのは、事故に遭う前に見たと思っていたおばあちゃんの幻だった。
 おばあちゃんの家に似た佇まいの道を歩いていて、気が付けば白い閃光に見舞われた……。ここまでは意識の中の時系列に間違いはないと思っている。
 おばあちゃんが死んだのは、確かこういちが遊びに行って帰っていてからすぐだったように思う。
「お父さん、おばあちゃんが亡くなったんですって」
「えっ? あれだけ元気だったのに?」
「ええ、今からすぐに私行ってきます」
「分かった。こういちはどうする?」
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次