心理の挑戦
「確かに、僕も予知が働いているような気がしたことはありました。でも、それが実現したという記憶はないので、気のせいだって思っていたんですよ」
すると、友香が答えた。
「じゃあ、そのことを誰かに話をしたことってありましたか?」
「いえ、なかったですね」
というと、
「なるほど」
と言って、今度は友香が考え込んだ。
「実は予知能力というのも、ある一定の時期を過ぎると忘れてしまうものなんです。だから、誰かに話をしていれば、それが的中した時に、自分が予知したということを、話をした相手から聞かされるので分かるんですが、話をしていなければ、自分の中だけで終わってしまって、結局記憶から消えてしまうことになるんですよ」
「じゃあ、友香さんは誰かに話してそのことを教えられたんですか?」
「ええ、私はおしゃべりですからね。それに、話の内容が誰かにとって危険なことで、話をすることで助けることができれば、いいと思うからですね」
「でも、どうして、相手のためになったって思ったんですか? もし、話をした相手が予知を信用してくれなければ、そこで終わってしまうことではないですか。しかも、予知を通告したから、その人が助かったというれっきとした証拠のようなものがあったんですか?」
「それがあったようなんです。私の予知は交通事故が多いようで、普通に歩いていれば、その人が交通事故に遭っていても不思議のない状態だったので、信憑性は確かなものになりました」
「なるほど、でも、交通事故ばかりというのも、少し怖い気もしますね。だって、それだけたくさんの交通事故を助けているということでしょう?」
「でもね、交通事故なんていうのは、秒刻みで必ずどこかで起きているものなんですよ。これはいくら注意しても減るものではない。だから運命のようなものを感じませんか? それを予知できるということを運命と考えれば、予知というのは決して不思議な力でも何でもないような気がするんですよ。ただ、運命自体を不思議なものだと考えれば、不思議な力になるんでしょうけどね」
友香の言葉には説得力があった。
友香は続ける。
「でも、私は最近、その力が欠如してきたんですよ。実際に自分の知り合いが交通事故に遭ったことがごく最近あったんですが、私はその時運命を感じることはなかったんです」
「それは、力が衰えたと見るべきなのか、それとも、運命というものが、何かの拍子に変わってしまったのか、はたまた、他に要因があるというのか、難しいところですね」
とこういちが言うと、
「そのどれかかも知れませんね。でも、私は運命というものがどういうものなのかって、気にし始めてから、急に予知ができなくなったような気がするんです。実際の運命と私が考えようとした運命が違っているからそうなったのか、それとも、私の想像が本当の運命に近づきすぎたことで、運命の方が遠ざかって行ったのか、どちらかではないかと思うんです」
「友香さんはどっちだと思います?」
「私は、後者ではないかと思うんですよ」
「どうしてですか?」
「前者ということになると、違っていれば共通点がないのだから、二つの別の考えが頭の中にあるというだけで、別に問題はないはずだと思うんですよ。でも、私の予知が当たる瞬間、自分の意識の中に予知したという思いがないことでも分かるように、運命は、私の中にある意識とは一線を画したいんじゃないかって思うんですよね。だから、後者ではないかって思うんです」
友香の発想に、またしても説得力を感じた。
これだけの発想ができる人なので、予知能力が備わっていたとしても、不思議はないような気がした。運命の方も、元々意識の中に素質のある人を選んで入り込んでいると思うと、理屈にも合うような気がするからだ。
「橋爪さんは、典子さんのことをどう思っています?」
いきなり話を変えてきた。
「えっ、いきなり何の話なんだい?」
「橋爪さんが典子を意識しているのが分かっていたので、私は少し気になっていたんです」
彼女の方からの愛の告白とみてもいいのだろうか?
特にさっきまで、難しい話をしていたと思ったのに、急に砕けた話で、しかも恋愛関係の話。砕けたというよりも、男女の会話としては重要な会話であることに違いはない。どう答えていいのか、困惑してしまったこういちだった。
「それはどういう意味での気になっているということなの?」
こういちは、自分の顔が紅潮しているのを感じた。
典子に対しては、
――綺麗な人だ――
というイメージと、難しい話ができる他の女性にはない魅力を秘めた女性だという意識であった。
友香に対しては、今までは真面目で几帳面な性格というのは分かっていたが、何しろ忙しい時間帯だったので、お店で話をすることはほとんどなかった。意識していなかったと言えばウソになるが、典子と話をするようになってから、頭の中には、典子への思いが強いのは事実である。
しかし、気にしていないとは言え、意識の中では、
――典子が綺麗なタイプなら、友香は可愛いタイプの女性だ――
という思いが強く、できれば話をできる機会が訪れるのを心待ちにしていたというのが本音だった。
その友香とバッタリ出会って、ここまでの話ができている。こんな幸福ってないような気がする一日である。
――待てよ? これって本当に偶然なのだろうか?
彼女の話には運命が根底にあった。
運命という言葉への意識が強くなりすぎると、今日の出会いは、完全に、
――偶然という運命だ――
ということになる。
果たしてそうなのだろうか?
話の主導権も完全に友香が握っている。制空権を握られた対戦国は、身動きが取れないのと同じで、相手の話に思い込まされていると言えなくもない。ただ、これが偶然ではなく運命でもないとすれば、こういちにとって光栄なことではないか。
こういちに対して、典子の話をしたのも、運命という言葉を印象付けた後だったこともあって、こういちの考えが幅広くなったのは間違いない。柔軟な考えができることで、こういちの本音に近づくことができると考えたのだろう。
果たして、典子はどういう意識を持って、こういちに典子の話を敢えてしたというのだろう。
「私は、正直橋爪さんのことをずっと気になっていました。元々橋爪さんは、先輩に連れられてイリュージョンに来られたんですよね? その先輩さんと私は、結構お店でもお話したんですよ。その時に、橋爪さんのお話を時々してくれたんですね。それが気になっていたので、実際に来てくれるようになってから、なかなかお話もできていなかったことが少し寂しく思っています」
「僕は、カウンターの奥で一生懸命にお仕事をしている友香さんを見ていて、話しかけてみたいけど、悪いなと思いながらずっと見つめていたんですよ」
「そうだったんですね。先輩さんは、実は橋爪さんが私に声を掛けやすいように、わざと私に話しかけることはなかったんですよ」
「そうだったんだ」