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心理の挑戦

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――さっきの男は、やっぱり自分だったんだ――
 と、本当は信じていたと思っていたが、どこか半信半疑だった自分の気持ちに確信を与えた。
 しかし、こういちは、この瞬間、自分が夢を見ていることにも確信を持った。夢を見ているのだから、さっきの男が自分だったとしても、潜在意識の中で感じていることだとすれば、別に不思議ではない。さらにもう一つ、
――夢の世界は、本当に自分の思い通りになるんだろうか?
 という思いも頭をもたげた。
 夢が潜在意識の中でしか起こらないことであれば、
――夢だと思った瞬間、目が覚めてもいいだろう――
 と感じた。
 しかし、実際に夢から覚めることはなく、夢を見ているという意識の元に、夢は展開した。
 だが、いつの間にか目が覚めていたので、後から思うと、
――夢を見ているという夢を見ていたのではないか――
 とも感じられた。
――夢というのが「多層性」としても存在しているとすれば、「多重性」は考えられるのか?
 という思いも頭をもたげたが、その答えを前に皆で話をしたような気がした。
――どんな結論になったんだろう?
 思い出そうとしても思い出せなかったので、そのまま、考えるのをやめてしまったこういちだった。
 見ているのが夢だとして、その中でこういちが気になっていたのが、
――自分に似た人の存在を見ることができるのは、自分だけ――
 という感覚だった。
 夢というものが、潜在意識の見せるものだと考えると、もう一人の自分の存在を自分だけが、曲がりなりにも認めているということになる。それがどういう意志から結びついているのか、心理的に気になるのだった。
 こういちは、子供の頃から守護霊のようなものを信じていた(はずである)。
 元々は守護霊というよりも、背後霊の存在を意識していたのだが、小さかった頃は、それが怖いモノでしかないと思い込んでいた。
 なぜ怖いモノだと限定して考えていたのか、今となっては覚えていないのだが、それを守護霊だと思うようになったのは、祖母から教えられたからだ。
「いいかい、こういち。こういちの後ろには自分を守ってくれるご先祖様がいるから、安心していいんだよ」
「ご先祖様なんて、見たことないよ」
 というと、
「いつもご先祖様を感じることができるわけではないんだよ。ご先祖様を感じることができるのは、自分がご先祖様を必要とした時なんだ。たとえば、何か危険に見舞われそうな時、ご先祖様が現れて救ってくれたり、他にも自分が何かの目的を達成したいと願った時など、一人ではできないところを手助けしてくれたりするのがご主人様なんだ。そんな時、ご主人様がひょっとすると見えるかも知れないね」
「じゃあ、その時を楽しみにしておく」
 と、まだ疑うことを知らなかった頃だったので、祖母の話をまともに信じていた。
 だが、強く意識していたのは、それから一定期間だけで、次第に話されたことさえ忘れてしまっていた。そのため、守護霊というよりも、背後霊の方ばかりが意識の中に残っていた。
 こういちが、今まで一定期間だけ強烈な印象として覚えていることを、急に忘れてしまったり、意識すらなくなってしまったりすることが多いのだが、それがなぜなのか、分かっていなかった。
 しかし、この頃になると、それがどうしてなのか、漠然として分かってきたような気がしていた。
――きっと、覚えていたいと思っていることと、対になる意識が自分の中にあって、その二つが頭の中で争うことで、ジレンマに陥ってしまった自分が、負けた方を記憶の奥に封印し、なるべく思い出さないようにしようと考えたのではないだろうか?
 と、思うようになった。
 そのことに気づくきっかけになったのが、守護霊と背後霊という、相対する二つの思いが頭の中にあったのを思い出したからだ。
 そして、この守護霊への思いは、自分に似た人というのが、本当に自分ではなく、自分のご先祖様ではないかと思うと、自分にしか見えないことや、
――夢の中で見たさらにその夢――
 という意識を持たされるという感覚に結びついてくることになったのだ。
 こういちは、そのことを感じながら、祖母を思い出していた。
 祖母の家に、夏休みになるとよく遊びに行っていたが、広い敷地の中に、新しい家が建っていた。そして、庭を挟んでその奥には、まだまだ農業に使うための納屋や、土蔵のようなものがあり、
――同じ時代とは到底思えないものが目の前にあった――
 という意識が残っていたことを思い出した。
 その意識がありながら、もし思い出すとすれば、それぞれの時代のものしか思い出すことができない。ある時は、
――新しい家に広い庭――
 という感覚。
 ある時は、
――農業をするための土地に、納屋や土蔵の光景――
 それぞれを同じ次元として思い出そうとしていた気がした。
 そのため、高校時代から、祖母の住んでいた田舎の家を思い出すことができなくなった。祖母の家に遊びに行ったことすら、記憶から抹消していたような気がするくらいだった。
――古きよき時代――
 そんなものは、自分の記憶の中にはないものだと思っていたのだ。
 しかし、最近、祖母の家を思い出せるようになった。それがいつのことだったのかというと、思い出せるようになったことを自覚したのが、少し後になってからのことだったので、ハッキリとしなかった。
――思い出せるようになったけど、少し前から思い出そうと思えば思い出せたような気がする――
 と感じたのだが、それを感じたのは、以前イリュージョンで山田さんや典子といろいろ話をしてすぐのことだった。それまで気づかなかったのがウソのように、目を瞑ると、祖母の家の面影がよみがえってきたのだ。
「橋爪さんは。今までにどれくらい不思議な経験をされたことがありましたか?」
 友香が聞いてきた。
「そうだなあ。不思議な経験をしていれば覚えているはずなので、覚えている数がすべてだとすると、数回かも知れない」
「それは、皆関連性のあることですか?」
「というと?」
「人間関係が関連しているとか、現象が酷似しているとか、そのどちらもということは考えにくい気はするんですけどね」
「どちらもあったように思うんだけど、でも、今思うと、本当に恐ろしいことは他にもあったんじゃないかって思うんですよ。その根拠は、気になることは一定期間覚えているんだけど、ある瞬間を超えると、記憶の中から消えてしまったかのように思うことがあるんですよね。今まで何か考えていたはずなのに、何だったんだろう? ってね」
「ええ、それは私もあります。でも、それが本当に怖いことだったのかどうか、自分でも分からないんですよ」
 友香はそう言って、少し考え込んでいた。
 少しの沈黙の後、友香は続けた。
「私は、今のお話にあった怖い話を忘れてしまう瞬間に、一緒に何か予知が働いたような気がすることがあるんです。だから、忘れてしまうのは、その予知を働かせるために必要なことではなかったかと感じるようになったんですよ」
 と言われて、こういちも考え込んだ。
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次