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心理の挑戦

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 友香は、最初にこういちが見ていた場所に目が釘付けになっているようだ。こういちが自分の姿を確認した瞬間から、おかしな気分になったのと同じように、今の由香の顔は、いかにも幽霊でも見たかのような表情をしていた。
「どうしたんだい?」
 今度は、こういちが訊ねる番だった。
「えっ」
 友香はこういちの声に反応はしたが、視線は相変わらず、こういちが最初に見つめていた方向を向いている。しかも、わなわなと震えていて、自分から何かを喋れる雰囲気ではない。ただ、その様子を見ている限り、ただ事ではないことだけは分かった。
――まさか、友香にも、自分に似た人が見えているんじゃないだろうか?
 友香に、こういちが見てほしいと言った場所を見せても、友香はこういちに似た人を確認することができなかった。つまり、こういちにしか見えていなかったということである。友香も自分が見つめているところに、友香にとてもよく似た人を認めて、あまりにも似ていることで、金縛りに遭ってしまったのかも知れない。ただ、その驚きは尋常ではない。いくら女の子と言っても、ここまで固まってしまうのは、おかしい気がした。
「私……」
 顔は相変わらず、一か所しか見ていないのだが、何とか声を発することができた友香は、消え入りそうな声ではあったが、何かを言いたいという気持ちは、こういちにも伝わってきた。
 こういちは、友香が自分から言い出すのを待っているしかなかった。下手に促そうなどとすると、せっかく口を開く勇気を持てたのに、自分の手でくじいてしまいそうで怖かったのだ。
「私、今目の前に、自分によく似た人を見ているんです。さっき、橋爪さんが言ったように、私にも見えるんです。でも、さっき私が見えなかったように、橋爪さんには私のそっくりな人は見えていないでしょう? 実はこれとまったく同じ経験を、以前にしたことがあったんです」
 友香は、ゆっくりと話し始めた。
 その口調は、言葉を選んでいるというよりも、どういえば伝わるかということを考えているようで、結果としては同じなのだが、微妙に気持ちの持ちようが違うということだけが、こういちにも分かっていた。
「それはいつのことだったんだい?」
「いつのことというよりも、さっきまでは、時々思い出してはいたけど、記憶に残っているだけで、ありえないことのように思っていたんです。でも、やっぱり、記憶に残っていることは、ありえないことではなかったと、今はそう思っています」
「記憶に残っていることが、いつのことだったのかというのを聞くのは、ナンセンスなことのように思えてきたよ」
 というと、
「それも少し違うような気がするんですが……」
 と前置きを入れた後で、本題に入り始めた。
「その時に見た人というのは、実は自分に似た人ではなかったんです。その人は、自分の親戚の人で、本当なら、そんなところにいるはずのないと思う人だったんですよね」
「それで?」
「地元から出たことのない人で、見ていると、普段は絶対にしないような服装をしていたので、やっぱり、他人の空似だって思ったんですが、どうしても気になったので、連絡を取ってみたんです。実際にはかなり長い間、連絡を取っていなかった人だったので、電話にも出てくれなかったんです。でも、やっぱり気になったので、その人の近くに住んでいる別の親戚に様子を聞いてみたんですが、ビックリしたことに、その人はその前の月に、交通事故に遭って、病院で寝たきりだったらしいんです。最初は命には別状ないと言われていたんですが、ちょうど私が見たその頃に容体が急変して、そのまま亡くなったということでした。病院でも何が起こったのか分からない。しかも、死因も特定できなかったというオカルトめいた話だったらしいんですが、そこに私が見たという話をすると、さらに話が飛躍してしまって、虫の知らせというのは、こういうことなのかって、考えさせられた事実だったんです」
「本当に虫の知らせだったのかな?」
「そうとしか考えられないんですよ。だから、自分にしか見えない相手を見てしまった時、あの時の記憶がフラッシュバックして、金縛りに遭ってしまったんです。今は金縛りから解き放たれて、だいぶ楽になったんですが、やっぱり、虫の知らせだったんじゃないかって思うと、恐ろしくなってしまいました」
「しかも、当事者にしか見えないというのも、オカルトだよね」
「そうですね」
 そのことが、今のこういちには一番怖いことのように思えていた。
 こういちは、今まで夢の中で一番怖いと思った夢が、
――どうして一番怖い――
 と感じたのかということを、最近まで分からなかった。
 しかし、大学を卒業する頃くらいから、その理由が分かってくるようになったのだ。
――もう一人の自分が見ているからだ――
 その夢には、もう一人の自分が出ていた。
 そのおかげで、自分が夢を見ていることをすぐに看過できたのだが、なぜすぐに看過できたのかというと、誰もまわりの人が驚いていなかったからだ。
 視界に入るくらいの距離のところに瓜二つの人がいるのだ。まわりにいる人の誰か一人くらいはビックリして、何らかの反応をするはずである。
 それなのに、誰も反応しないのはなぜなのだろう? 一人が反応すれば、他の人も反応するはずである。それが連鎖反応というもので、すぐに、そのあたりはパニック必至だったはずである。
 目の前の自分は、まったくの無表情で、こちらを見ているはずであり、目も合っていると思っているのに、何も反応を示さない。凍り付いた様子に見えた。そう思っていると、自分も金縛りに遭っていることに気づき、顔が引きつっているのを感じていた。
――もしかして、相手も同じ状態なんじゃないか?
 と思うと、自分も同じように無表情で、何を考えているのか分からない様子なのかも知れないと思った。
 そう思っていると、さっきまでまわりにいたはずのエキストラが、どんどん少なくなってきていた。気が付けば、誰もいなくなっていて、歩いていたはずの道が、まったく違った場所になっていた。
 そこは小部屋のようなところだった。パッと見ただけでは小部屋だとは思わない。なぜなら、そこには空気以外何もなかったからだ。
 その場所に自分と、そして無表情のもう一人の自分がいるだけだった。足元から伸びている影を確認し、どこから光が当たっているのか、まわりを見渡そうとしても、首を動かすことができない。
――ライトがどこかにあるはずなんだが、存在しているようには思えない――
 と感じていた。
 こういちは、その部屋で思い切り声を出そうと思い、息を吸ってから吐き出したのだが、とても声になりそうな気がしなかった。実際に声を出してみたが、声になっていない。本当なら、響いてきてもよさそうな物音も、まったくしなかったからである。
 そう思って目の前にいる自分を凝視すると、いきなり、目の前から消えてしまった。ビックリして、その男が立っていた場所の足元を見ると、何と、存在していない人の影だけが、足元から伸びていた。
 反射的に自分の足元に目線を送ると、今度は自分の足元から伸びているはずの影が、どこにも存在していない。
 それを見た瞬間、
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次