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心理の挑戦

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 そういえば、少し前、友香がお客さんに話しかけているのを聞いたことがあった。昼の時間なのに珍しいと思ったのだが、小声だったので、内容までは分からなかった。それが典子のことだったなどと、想像もできなかったのだが、今から思えば、その話があの時だったのだと思うと、不思議な感覚になったのだ。
「誰も知らないというのは、典子さんの存在をまったく覚えていないということなの?」
「私も最初、そうなのかって思ったんだけど、よく聞いてみると、存在自体を意識していない人がほとんどなの。少しでも覚えていれば、どこかに気配があるというもので、思い出そうとする様子もないんです。明らかにまったく知らない人の話を客観的にしているという人ばかりでした」
 一人だけなら、からかっているだけなのかとも思うが、皆が皆客観的になっているというのでは、話が違ってくる。明らかに違う発想なのだ。
「それで、私一つ気になったことがあったんです」
「というのは?」
「典子は、同じ時に二つ以上のことができない人だったので、他の人も、典子のことを客観的にしか見ていなかった。ただ、それが短い間であれば、それは普通のことなんだろうけど、長い間、ずっと客観的にしか見ていないというのだから、もうそうなれば、存在というよりも、気配を感じることがなくなったのだと思う方が自然なのかなって思うんですよ」
「なるほど。道に落ちている石を、誰も意識しないのと同じで、そこにあるのに、まったくその存在を感じることのないような感じですね。いわゆる『路傍の石』というのは、自分が気配を消しているのか、まわりが意識していないという客観的な目で見ているから意識しないというのか、どちらなのかで、いろいろ違ってくるのではないかと思うような気がします」
「典子の場合はどっちなんだろう?」
 と友香が言うと、
「僕は、典子さん自身が気配を消しているような気がするんです」
「なぜですか?」
「夕方の時間の典子さんは、存在感がないという意識はありません。まわりから客観的に見られたとしても、気配を感じなくなるほど消えてしまうとは思えないんです。だからもし客観的に見られることがあったとしても、自分から気配を消そうという意識がない限り、『路傍の石』になることはできないと思うんですよ」
 というこういちの言葉に、
「私も、そうかも知れないと思います。大学でたまに会って話をする時も、決して気配が他の人と違うという意識を与えるようなところはないんです。もし、そこに彼女の意志が働いているのだとすれば、気配を消すという難しいことでもできそうな気がするんですよね」
「そうですね。気配を消すというのは、簡単にできることではないですからね。あくまでもさりげなく行わないと、気配が出てしまう。自分の中だけで気合を入れ、表には決して悟られないようにしないといけないというのは難しいです。でも、一つの時間に、二つ以上のことができない彼女に、そこまでのことができるんでしょうか?」
「逆に多重でできないからこそ、気配を消すことに長けているとも言えなくはないですか? 少し都合のいい考えなのかも知れませんが」
 都合のいい考えではあるが、話としては、理に適っているように思えて仕方がなかった。
 こういちは、友香と出会ってそんな話をしていると、ある時、急にゾッとするような身震いを感じた。それは、横にいる友香にも分かったようで、
「どうしたんですか? 身震いなんかして」
「えっ? 僕、身震いした?」
「ええ、肩を竦めているように見えましたよ」
 こういちは、確かにその時身震いをした。何か、ゾッとする視線を感じたからなのだが、その視線の方向を見ると、すぐに視線がキレてしまったことに気が付いた。
 だから、本当に一瞬だったので、友香に自分の身震いが分かるなどということはないと思っていた。それなのに分かってしまうというのは、自分でも気づいていないところで、身体が反応したということになるのだろう。
「う〜ん、そうなんだ」
 と、自分が身震いしたことを認めたとも認めていないともどちらとも言えないという素振りを見せた。
 しかし、それも仕方のないことであった。
 自分が身震いしたことに気づいていないのだから、それも当然のことである。
 すると、間髪入れずに、今度は別の方向から、自分を見つめる視線を感じた。今度は友香にも分かるくらいの衝撃を自分で感じたことを理解していたので、友香にも分かったことだろう。
 しかし、不思議なことに、今度は友香は何も言わない。
――今の衝撃を感じなかったんだろうか?
 とぼけているようには思えない。真面目な顔をして前を向いている友香は、最初にこういちが感じた視線の方向を見ていた。つまり、こういちと友香は、お互いにまったく違った方向を見ていたことになる。
 こういちは、先ほどと同じように、衝撃の方向を凝視した。
――どうせ、今度もそこには誰もいないんだろうな――
 という意識を持って見つめたのだが、今度はそこに明らかにこちらを見ている視線を感じた。
「わっ」
 思わず出てしまいそうな声を必死で抑えた。
 そこにいるのは見覚えのある顔であったが、最初に見た時、
――よく見る顔だけど、誰だったっけ?
 とすぐには分からなかった。
 しかし、一テンポずらして考えると、そこにいる人自体が衝撃の正体であることに気が付いたのだ。
――自分がいる――
 思わず、そう思った。
 しかし、そんなはずはない。きっと、本当によく似ている人がいて、相手が先にこちらを発見し、自分によく似た人がいるということに衝撃を覚えると、どこまで似ているのかを確かめようと、熱い視線を送ったに違いない。
 熱いというよりも、恐怖に近い視線のような気がした。もし、そこにいる人が自分の立場だったら、恐怖を感じながらの視線に違いないからだ。
――まさか、本当に自分だったら?
 と思うかも知れない。
 すぐに打ち消すことになるのは間違いないのだろうが、それでも少しの間であっても、見てしまったことに違いはないのだから、その間、視線を逸らすことはできないに違いない。
「あ、あそこにいるのは……」
 思わず、声に出してしまった。同時に指も差している。
 それに気づいた友香も、反射的に振り返り、同じ方向を見ていた。
「どうしたの?」
 友香は、何があったのか、状況をまったく把握していない。
「いや、あそこに、僕によく似た人が……」
 と言ってさらに指を突き出したが、
「えっ、どこに? 誰もいないわよ」
 と、こういちにはハッキリ見えているはずのその人物を、友香は確認できないようだった。
「そんなバカな」
 と、こういちは自分の目をこすってみる。しかし、そこにいるのは紛れもなく自分で、最初は無表情だったはずなのに、かすかにニヤッとしているのを感じると、またしても、ゾッとするほどの恐ろしさを感じた。
 こういちは、最初に感じた鋭い視線と同じものを感じた。しかし、その二つはかなりの距離である。一瞬にして移動するのは、ハッキリ言って不可能だ。どちらかが錯覚だったと思うしかない。
 しかし、同じように不可解な表情をしているのは、友香だった。
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次