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心理の挑戦

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 こういちは分かってきたようだが、典子の方はまだまだ分かっていないようだった。
「医者の男が『お前を見た』というのは、きっと不倫相手に対しての嫉妬心から、その男の前に現れて、『お前を見た』という言葉をぶつけることで、相手にプレッシャーをかけていたんでしょうね」
「でも不倫相手は、その医者のことを知っていたんでしょうか?」
「そこは何とも言えないけど、医者の方は、自分のことを知らないと思っていたんでしょうね。きっと奥さんが二股をかけていたというよりも、その男に誘惑されたと思ったに違いないからですね」
「どうしてですか?」
「それだけ、医者が真面目だったともいえるでしょうね。もっとも、二人が計画した中で、騙せるような誠実そうな医者を探したのだろうから、そういう流れになっても、ありえることだと思いますよ」
「そうですね。医者としては、苦肉の策だったのかも知れませんね」
「苦肉の策というよりも、浅はかではありますね。まるで子供のような発想ですからね」
「その時に、不倫相手は、その医者の言った『お前を見た』その言葉に何も感じなかったんでしょうか?」
「感じていないと思いますよ。これだけの大それた計画を立てているんだから、少々のことは感覚がマヒしてきているはずだからですね」
「でも、その医者が旦那さんの前に現れて、『お前を見た』と言ったのは、どういうことだったんでしょうね」
「それは分かりません。何か幻か錯覚なのか……。でも、『お前を見た』というキーワードは、相手が死に近づいているという暗示であることは間違いないことですからね」
 そこまでいうと、今度は典子が口を開いた。
「えっ、ということは、不倫相手というのも、死に近づいていたということですか?」
 それに答えたのは、意外にもこういちだった。
「そういうことになりますね」
 こういちも、そこまで先回りして分かっていたようだ。
 山田さんが付け加えた。
「不倫相手が死んでしまうことは、実は不可抗力だったんですよ。旦那が死んで、四十九日が済んだあと、いよいよ相続の問題が奥さんに湧き上がった時、ふいに不倫相手が交通事故で死んだ。そこまでは不倫相手と奥さんの計画通りに進んでいて、医者もうまくやったんです。しかし、不倫相手が交通事故で死んでしまったことは、旦那さんの死の計画に対して、まったく関係のないものとして処理された。普通の交通事故で、事故を起こした人と、奥さんや旦那さんの関係はまったくなかったからですね」
「じゃあ、奥さんの計画通りになったわけですね。でも、医者はビックリしたでしょう?」
「さすがに医者も、不倫相手が死ぬに至って、これ以上奥さんに関わることが怖くなった。だから、お金を貰って、海外に逃亡したようです」
「じゃあ、奥さんの一人勝ちのような感じですか?」
「そうでもないんですよ。奥さんは、それからノイローゼになって、その後、気が狂ってしまった。結局最後は思い詰めて自殺してしまったようですね」
「何とも後味が悪いですね」
「そうでしょう? ホラーの話としても、どこか納得のいかないところがありますよね。この話を聞いた人は皆、どこか納得がいかないというらしいんですが、皆それぞれに納得のいかない部分が違っているんですよ。それは皆が皆、同じ話を聞いているはずなのに、解釈が違っている。だから、納得のいかない部分が絶対に出てきて、その部分が皆違っているんですよ。それがこのお話の特徴なんですよね」
「ということは、私が感じていることと、橋爪さんが感じていること、そして、自分なりに感じたことを話している山田さんと、それぞれに違った解釈を持っているということになりますね」
 と、典子は言った。
「たぶんそうだと思います。このお話の本当の怖さは、実はここにあるんですよ。そして、やはりキーワードは、『お前を見た』という言葉になるんですよね」
 そう言いながら、話し終えたことで、一気に疲れを感じているであろう山田さんの姿を見て取れた。話を聞いていた二人も同じように疲れからの脱力感があり、少し落ち着いた時間が必要であると感じていた。
 山田さんや典子にとっては、今まで他の人から聞いた「お前を見た」という言葉が呪縛のようになっていることは、それぞれから今までに聞いた話で分かっていた。しかし、今回のこの話を聞いた時、こういちにも呪縛のようなものが訪れたが、自分に呪縛として残ることはないような気がした。
 理由としては、一つの話を例として山田さんが話してくれたが、一人で考えていては理屈が通らずに、自分を納得させることができなかったことを、今回、皆で話すことでそれぞれ納得できるようになり、残ってしまっていた呪縛から解き放たれたのではないかと思ったからだ。
――もし、自分の中で呪縛として残ってしまっていたら、どんな気分だったんだろう?
 と考えてみたが、やはり考えられることとしては、話を聞いてもらえる人を探して、一緒に考えてみるということしか、解決方法はないだろうと思われた。
 しかし、まともに話して、こんな話を信じてくれる人がそうはいないだろう。同じような経験をした人、人から話を聞かされて、納得できないという呪縛だけが残ってしまった人しか信じてくれる人はいないはずだ。その人を見つけるのは、非常に難しい。本当に自分のまわりに、同じような経験をした人がそう簡単にいるとは思えないからだ。
 それでも、実際にはいたではないか。
 ということは、黙っているだけで、思っているよりも、日常的に皆が感じているものではないかと思えた。
「お前を見た」
 という言葉は、いきなり言われたとすれば、何も覚えがないとしても、ビックリさせられる言葉である。むしろ、覚えがない方が、余計な気を遣ってしまって、不安に駆られてしまうのが人間というもの、
「叩いて埃の出ない人なんて、いないに決まっている」
 と言っていた人がいたが、まさしくその通り、誰もが人には言えない何かを心の奥に秘めて毎日を暮らしているに違いないのだ。
――僕だって、埃塗れの身体だよね――
 と感じていた。
 人間というのは、矛盾の中で生きている。
 人が一人では生きられないというのは、誰もが思っていることだし、テレビドラマや漫画や小説などの媒体を通しても言われていることだ。
「こちらを通せば、こちらが通らず」
 特に自分の意見を持たず、まわりの意見に振り回されている人は特に、この言葉が身に染みているだろう。
 誰かの意見を通せば、もう一人から文句が来る。逆であっても同じこと、それだけ人それぞれに性格も違えば、育った環境、そして今置かれている立場、すべてが違うのだ。そうなれば、敵対する気持ちが生まれてくるのも必至であり、同じ考えを持った人の中でも、それぞれに、やり方や進め方の違いから、仲たがいをしてしまうことも、往々にしてあるというものだ。
 こういちも、今までの経験から、同じようなことがあった。
 まずは、身近なところで、親同士の対立を見ればよく分かる。いわゆる夫婦喧嘩というやつだ。
「夫婦喧嘩は犬も食わない」
 と言われるが、今であれば、納得できるのだが、子供の頃は、どちらについていいのか困り果てたことが何度あったことだろう。
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次