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心理の挑戦

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 ここが男と女の違いなのかも知れない。
 こういちだったら、相手の言っている話があらかじめ分かっていたら、話を中断してでも、何とか自分が話しの主導権を握るという意味でも、かなり「ドヤ顔」を示すことで、相手を威圧してしまうかも知れない。それが人に嫌われる原因になることは分かっているが、
――低俗な話しかできない連中に嫌われたとしても、別に大した問題ではない――
 と思っていたのだ。
 相手の山田さんを見ていると、もし、こういちが自分の話の腰を折ったとしても、決して悪い気は起こさないような気がした。逆に相手が自分の発想についてこれることを誇りに思うくらいなのではないかと思ったのだ。
 しかし、さすがにこういちには山田さんがどんなことを考えているかなど、想像もつかなかった。もし、典子が分かっているとすれば、ものすごいことになる。
――ひょっとして、ここに集まった三人は、集まるべくして集まった仲間であり、ただの偶然として言い表せないものに違いない――
 と感じたのだ。
 その中に自分も含まれていることを誇りに感じるこういちではあったが、それまでは山田さんの次に中心だと思っていたのが、実は一番遠いところだと思うようになると、気分的には複雑なこういちだった。
「そういえば、少し怖い話なんだけど、この間話した『お前を見た』という言葉で思い出したことがあるんだ」
 と言い出したのは、山田さんだった。
「どんな話ですか?」
 こういちが聞いてみた。
 典子の方を見ると、急に顔色を悪くして、わなわなと震えているようにも見えたのは気のせいであろうか。まるでこれから山田さんが話そうとする内容を知っているかのように感じられた。
「実はね。僕の知り合いに聞いた話なので、どこまで本当なのか分からないんだけど、ある夫婦がいたというんだ。その夫婦の方の旦那さんが、会社に出勤途中に、毎朝会う男がいたらしいんだけど、その男から『お前を見た』と言われたらしいんだ」
「はい」
 山田さんの話は、まだ導入部分のはずの話なのに、何となくこういちにはその話の結末が分かった気がした。
――この話、どこかで聞いたことがあったような――
 確かに聞いたことのある話であり、誰から聞いたものなのか、この話を聞くまでであれば、覚えていたはずだった。
 しかも、典子の顔を見れば分かるはずなのに、分からなかった。実は、典子が最初に怯えてしまったことで、こういちの頭から、元々あった記憶が消えてしまったのだ。
――どういうことなんだ?
 明らかに覚えていたように思っていたはずなのに、話を聞くまで思い出すことができないはずだった。そのせいで、こういちはデジャブを覚えた。なぜこんな感覚になってしまったのかすぐには分からなかった。
 そして、典子とこういちの様子に変化があるのを分かっているはずの山田さんは、話を淡々と続けるのだった。
「その時、『お前を見た』と言っている男の人を、旦那さんは知らなかった。最初に言われた時に初めて見たのだし、毎日のように会うのも、相手の男が『お前を見た』というために偶然を装って近づいてくるだけだったんだ」
「でも、そこまでくれば、偶然なんかじゃないんでしょう?」
「もちろん、偶然なんかじゃないさ。その男がなぜ毎日そんなことを言っているのか分かるはずもなく、旦那さんはその男のことを蔑視していただけなんだ」
「それで?」
「でも、その男が現れるようになってから、旦那さんは体調が悪くなってくる。次第に一人では歩けなくなって、入院を余儀なくされるようになったんだ」
「じゃあ、奥さんも大変だったでしょう?」
 とこういちが言ったが、それを聞いた山田さんはニヤッと笑った。
 それはあたかも、
――引っかかったな?
 と言わんばかりのドヤ顔のようでもあったのだ。
 それを見たこういちは、
――しまった――
 と思った。
 それは、自分が相手の術中に引っかかったというよりも、分かっているはずなのに、どうしてそんな聞き方をしたのか、山田さんに対してしまったと感じたわけではなく、自分自身に対してしまったと感じたのだった。
 そのことは先送りにするかのように、山田さんの話は焦らしにかかっているようであった。
「その男は、入院しても、一日に一度、病室の前を通りかかって、声には出さずに『お前を見た』と言ったそうなんだ。その話を初めて奥さんにしたが、奥さんはそんな男は知らないと言っていた。そういえば、入院前に会社の同僚にも同じ話をしたんだが、毎日のことなので、何回かくらいはその男を目撃しているはずだった。実際に見られたという思いもあったからだ。それなのに、誰も知らないと言ったらしい、実に不思議だよね」
「そうですね」
 ここまでくれば、ラストの内容がこういちには分かりかけていた。
 幸一は続けた。
「その男というのは、もう一人の自分だったんじゃないかな?」
 ボソッと呟いたが、
「僕もそう思うんだ。さすが橋爪君も、想像力は相当に豊かなようだ」
「山田さんと一緒にいるようになって、こういう話をよくするようになったからですよ」
「そうかも知れないな」
 と二人は顔を見合わせて、ニヤッと笑った。
「それでだ。その男のことが気になりだした奥さんは、以前にその男を見たような気がしていたのだけど、そのことを誰にも話さなかっただ」
「どうしてなんですか?」
「理由は三つあって、一つはその人を見たと言っても誰も信用してくれないという考えで、もう一つは、これに関連していることだけど、その人を見ることができるのは、鏡を通してだけのことなんだ。もう一つは、もう少しして、話の展開で出てくることになると思います」
 そのことを山田さんが話すと、典子はゾクッとしたかのように身体を固くした。
「それはどういうことですか?」
 こういちも、何となく分かっているつもりだったが、敢えて何も知らないふりをして訊ねた。
「最初に見たのがどこだったのか、その奥さんには分からなかったらしいんだけど、その人が鏡に写っていたので、反射的に振り向いたらしい。なぜなら、そこには誰もいなかったことを意識していたので、鏡で確認できたことが不思議で振り向いたんです。やはり、そこには誰もいませんでした」
「じゃあ、奥さんはその日から、その人の存在を意識するようになったんですか?」
「最初はしていなかったようです。旦那がその男から『誰かを見た』と毎日のように言われているのを知らなかったし、その時は幻だと思ったからですね。しかも、奥さんはその人の存在を旦那が入院するまで忘れていたんですよ。入院して目の前に現れても、すぐにはその人が誰だったか、思い出せなかったからですね。でも、その男が旦那に向かって無言で何かを喋っているのを見て、やっと思い出した。そして、彼女はその男の存在をハッキリ、自分にとって命取りになりかねない人だということに気が付いたんです」
「えっ、今の話からすれば、何か奥さんは悪い人のように聞こえますが?」
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次