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心理の挑戦

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「それが夢の共有?」
「ええ、自分の意志ではない他人の夢をいちいち覚えている必要はないからですね。しかも忘れてしまわないと、夢の記憶領域がすぐにいっぱいになってしまうんですよ」
「夢の共有ということは、自分の夢に他に人が出てきたら、その人は自分の夢として、その夢を見ているんでしょうか?」
 典子が聞いた。
「そこは難しいところだと思います。でも、僕は自分の夢だとして見ているんじゃないかって思うんですよ。そうでなければ、見た夢を忘れるという発想は成り立たないからですね」
「本人は、絶対に見た夢を覚えているわけではないですよね?」
「でも、覚えておこうとは思っているんじゃないかな? 夢の記憶装置があるとすれば、そこには格納されているような気がしますからね」
「でも、『夢の共有』と夢と現実の次元が違うということと、どう繋がってくるんですか?」
 この質問はこういちからだった。
「夢の世界と、現実の世界に確固とした次元の違いがなければ、誰も夢を共有しているとは思わないでしょう?」
「その発想は、夢の共有が先に来ている発想ですね」
「そうですね。でも、最初に発想が浮かぶのは、夢と現実の世界の次元が違うことだと思うんですよ。ひょっとすると、誰もが感じていることなのかも知れない。でも、自分を納得させられるだけの理屈が見つからない。だから、考えようと思わなくなる。でも、僕は夢の共有の発想を思いついた時、次元の違いの発想が、間違っていなかったと自分を納得させることができたんです」
「僕も自分を納得させないと、あまり発想を展開させられない方なんですが、どこか、山田さんとは、考え方の面で違いを感じるんですが、気のせいでしょうか?」
 こういちは、思い切って訊ねてみた。
「それは間違いではないと思いますよ。そもそも、人の発想に間違いというのはないような気がするんです。どこかが誰かと微妙に違っているだけで、どんなに正反対の意見でも、共通点は多いと思うんです。よく言うでしょう? 『長所と短所は紙一重』って、二重人格の人の性格だって、裏を返せば、紙一重だったりする。だから、人の考え方に正しい間違いの発想はないんじゃないかって思うんです」
 と山田さんが言うと、
「その考えには賛成ですね。僕もそもそも人の発想に正しい間違いを決めるのはおかしいと思っていたんですよ。そのわりには、論争を繰り返しますけどね」
 と言って、こういちは苦笑いした。
「夢についていろいろ語ってくると、デジャブについても、いろいろな発想が出てくるかも知れませんね」
 典子はそう言った。
「典子さんは、デジャブというものを、感じることって結構ありますか?」
「私の場合は、それがデジャブなのかってまず考えてしまうんです。デジャブという感覚はもちろん頭の中にあるからですね」
「でも、デジャブというのは、『以前どこかで見たような』というのを感じ、思い出そうとするけど、なかなか思い出せないという現象がデジャブですよね」
「ええ。私の場合は、一度感じたデジャブが、その後同じ状況をまたデジャブとして感じるんです。だから、『デジャブの多重性』とでもいうべきか、それとも、『デジャブの多層性』というべきか、私の場合は後者なんです。一度感じたデジャブが、次に思い出されると思うんです」
「じゃあ、最初に感じたデジャブは、同じ現象であっても、二度と感じることはないと?」
「ええ、私はそう思います」
「そういえば、同じデジャブを何度も感じるということってあるんですかね?」
 と、こういちは聞いた。
「僕は、何度も同じ内容のデジャブを感じるよ。その時は、典子さんと同じ発想で、「デジャブの多層性」を感じるんです」
「どういうことですか?」
「多層性というのは、年輪のように輪の中にさらに輪があって、包み込まれているような感じですね、でも、多重性というのは、二つのデジャブは同じ列にあって、含まれる含まれないという発想や、優劣に繋がることはないんです。同等という発想ですね」
 山田さんの発想に二人は、ただただ頷くだけだった。
「でも多重性のデジャブというのはあるんでしょうか?」
 と、こういちは訊ねた。もうここまで来ると、何が正しいというよりも、
――相手をいかに納得させるか?
 ということに尽きるだろう。
 もちろん、自分が納得していることが大前提になるだろう。山田さんにとって、それくらいのことは熟知のことに違いない。
「僕は、あるんじゃないかって思っているんですよ。信憑性には乏しいんですが、夢に共有があるんであれば、デジャブに多重性があってもいいんじゃないかって思うんだ」
 山田さんも、どう答えていいのか分かっていないようだった。
「デジャブというものが、自分の記憶の中の辻褄を合わせるために存在するものだとするなら、最初のデジャブは二度目のデジャブですでに辻褄が合っていると考えられるんですよ。そうでなければ。デジャブの似たような発想が、二つ存在するようになり、もう一度デジャブを感じると、今度は三つ残ることになるかも知れない。でも、感じるデジャブは一つだけですよね。そう思うと、デジャブの多重性は考えにくいんじゃないかって思うんです」
 こういちの意見だった。
「なるほど、物事を発生の根拠から考えるというのは、いい考えだと思います。物事は根拠があるから存在しているんだよね。橋爪君の考え方は理に適っているよ」
 山田さんも、こういちの発想に賛成だった。
「でも、私は少し違う考えなんです。一回のデジャブですべての辻褄が合ってしまうのであれば、多重性は考えにくいと思うんですが、少なくとも同じデジャブを何度か見るのであれば、一度では解決できない辻褄合わせだったことになりますよね。そう思うと、デジャブの発想が同じ時期にいくつか存在していたとしても、それはありえることだと思えるんですよ」
 そう言った典子は、少しムキになっているようだった。
 そんな典子を見て、こういちは少し気になったようで、
「典子さんの発想ももっともだと思うんですが、最初に話に出た山田さんの『多層性』という考え方も捨てがたいんですよ。僕にはむしろ、最初に出た『多層性』の発想の方がスッキリするんですよ」
 というと、典子が激怒するのではないかと思ったが、別に表情が変わったわけではなかった。むしろ、
――やっぱり――
 という表情だったのが、印象的だった。
 そんな典子の表情の変化に対し、最初に感じたムカッとした表情は、最初からこういちの考えが分かっていたからではないかと思えてきた。
――そういえば、典子は話をしている時、こちらの言葉を予知して話をするような雰囲気を最初に感じたような気がした――
 こういちはずっとこれまでの話の流れから、絶えず山田さんを見ていたことに、あらためて気が付いた。
 しかし、典子はその間、そのことに気づいていて、何とか自分も話の中に入り込もうと努力をしていたができなかったのは、本当は山田さんが言う言葉のほとんどすべてに自分が気が付いていたからなのかも知れない。
――こんなに難しい話を、最初から分かっていたなどと相手に知られてしまうと、気持ち悪がられるとでも思ったのかな?
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次