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心理の挑戦

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 だが、それも少しだけの間のことで、話が始まると、興味の方が先に立ち、どんどん話の中に入り込んでしまっている自分を感じた。それこそ、本人とすれば、
――まるで夢の中にいるようだ――
 と感じたことだろう。
「夢というのは、寝ている時に見る夢なんでしょうかね?」
 典子がふっと口を開いた。
「起きている時に見るのは、幻や錯覚として感じるものだとすれば、夢ほど長いものではなく、一瞬のものでしょうね」
 と、こういちが言うと、
「でも、さっきからずっと話題に出てるじゃないか、『夢というのは、目が覚める寸前の瞬時に見るものだ』ってね」
「あっ、そうでした。でも、それがもし本当だとすると、幻や錯覚まで、夢の一種だと思えてきますよね」
 と典子がいうと、
「いいんじゃないかな? 僕はそれでもいいと思っているよ」
 と、山田さんは答えた。
 さらに、山田さんは続ける。
「じゃあ、さっきの言葉を少し変えてみよう、『現実とそれ以外の世界では、違う次元なんじゃないか』という発想にもなれるということだよね」
「少し乱暴な気がしますが、幻や錯覚が夢と同じものかどうかは、これからの話だと思えば、この発想もありなのかって思いますね」
 こういちのその言葉に、典子は頷いていた。
「でも、現実以外をすべて同じ次元だと言っているわけではないんですよ。それぞれに次元が存在していて、多次元の世界が存在するという思いですね」
「そんなにたくさんの次元が存在しているというのは、ちょっと発送できないですね」
 と典子がいうと、
「でもね、考えてみてごらん。今こうやって普通に過ごしている世界の中で、一次元、二次元の世界というのは、共存しているんですよ。もっとも、立体の三次元の世界から、点である一次元、平面である二次元という発想は、人間が創造したもので、それぞれの次元に思考できるモノが存在しているとすれば、我々三次元をどう思うだろうね。我々が四次元の世界をなかなか想像できないように、理解できないと思うんだ。ひょっとすると、その存在自体、まったく知らないかも知れないよね」
 と山田さんが答えた。
「でも、一次元から二次元、二次元から三次元というのは、それぞれに基準があって、基準に何かを足すことで、新たな次元が生まれているという発想ですよね。四次元の世界という発想は、時間を足すという意味だと思うんですけど」
「橋爪君の発想に間違いはないけど、それは、一次元から三次元までを知っているから出てくる発想だよね。ある意味中途半端に知っていることで、余計な制限が入ってくると言えなくもない」
「制限ですか?」
「中途半端な知識が制限になるということも、僕は経験したことがあるんだけど、君たちはどうだい?」
 と山田さんが問いかけた。
 それに対して答えたのは典子だった。
「それはあるかも知れません。中学時代のことだったんですが、小学生の頃から英語教育に力を入れている学校があって、私たちの行っていた小学校は、それほど英語を熱心にしていませんでした。最初は、知識のある人たちの方が成績がよかったんですが、途中から逆転したんですよ。先生はその時、『英語に対して何も知らない人の方が、中学の英語の授業に新鮮な気持ちで向かうことができる』って言ったんですよ」
「でも、それは偏見では?」
「確かに偏見なんですが、子供の私たちにはその通りにしか思えなかったんです。理屈には合っていましたからね」
 すると、山田さんが答えた。
「そうなんですよね。結局は中途半端な知識だったんですよ。元々次元の違いというのは、しょせん人間の発想なんですよね。だから、その発想を発展させるには、発想に制限を付けてしまうと、それ以上の伸びしろは出てきませんからね」
 山田さんは続ける。
「僕が、次元の違いという発想で、一つの結論に達したんですが、それは『夢の共有』という発想なんですよ」
「夢の共有?」
 こういちと典子は、ほぼ同時に声を挙げた。そしてお互いに顔を見合わせて、思わず吹き出してしまうのを、お互いに我慢していた。
「そうです、『夢の共有』です。それは『夢の世界の共有』に限らないという意味での『夢の共有』です」
 理解困難な発想に、またしても、こういちと典子は目を合わせてしまった。
「『夢の世界の共有』というのは、誰もが見ているであろう夢の世界が同じ次元で展開されているという発想ですね」
「僕はそう思っていましたが、そうではない人もいるんでしょうか?」
 とこういちが言うと、
「あら? 私は逆に違う世界のように思っていました」
 と、典子は答えた。
 すると、山田さんが口を挟み、
「そうでしょう。お二人の間だけでも違う発想なんですよね。でも、私が思うのは、橋爪君の発想が普通の発想で、典子さんの発想は、この話の中では違う発想なんですよ」
 というと、典子がその言葉に反応した。
「えっ、そうなんですか? 私は自分の中に出てきた人が、その人の夢の中から抜け出してきたようには思えないんですよ」
 と反論した。
「そうでしょう? その発想自体が、『夢の世界の共有』という発想ではないんですよ。今言った典子さんの発想は、『夢の共有』の話なんですよ」
 というと、典子は頭の中が混乱してきたようで、
「言っている意味がよく分からないんですが」
 と言った。
「そうでしょうね。現実世界というのは、皆同じ次元を共有しているというという理屈は分かりますか?」
「ええ、もちろん、分かります。だから、こうやって会話も成立して、実際に助け合って生活できているんですからね」
「助け合っているという件には疑問がありますが、まあいいでしょう。じゃあ、『夢の世界の共有』というのはどういうことか分かりますか?」
「夢の世界という一つの大きな世界が存在しているということですか?」
「ええ、僕はそう思っています。たぶん、橋爪君も同じ発想ではないかと思うんですよ」
「私には分からないんですよ。夢というのは、単独で見ているもので、その人それぞれだと思うんですよ。だから、夢の世界は、あくまでもその人の現実世界と対を成しているものではないかという考えです」
「確かにその考えであれば、典子さんのいうように、『夢の世界の共有』というのは、そのまま『夢の共有』に繋がってきますよね。だからこそ、両方とも、ありえないことだと思っている」
「そうです」
「この考え方は、夢の世界のグロスの違いこそあれ、橋爪君と結局は同じ考えなんですよね。でも、僕の場合は違う。『夢の世界の共有』と『夢の共有』とは違うものであるんだけど、どちらもありなんじゃないかっていう発想なんですよ」
 山田さんがここまで話したところで、こういちが口を挟んだ。
「でも、『夢の共有』ということは、自分の中に出てきた他人、友達だったり、赤の他人だったりした人も、同じ夢を見ているということになりますが、それだったら、自分が見た夢は、自分の意志で見ていないと言えるんじゃないですか?」
「僕はそうも思っています。潜在意識が見せるのが夢だというのであれば、夢は覚えていてしかるべきだと思うんですよ。それをわざわざ忘れるように仕向けるというのは、何か思惑があるからではないかと考えました」
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次