心理の挑戦
「これも一種の副作用のようなものなのかも知れない。デジャブが何かの辻褄を合わせようとするものなら、副作用によって、作用のクリ意を元に戻そうとするものなのかも知れない」
山田さんの話を聞いていた典子が、また口を挟んだ。
「山田さんのご意見、私分かる気がします。少し話が変わるかも知れませんが、見た夢を覚えていないというのも、どこかで発想が繋がっているような気がするんですよ」
「デジャブと、夢の関係について、自分なりに考えたことがあったんだけど、デジャブも夢も、忘れてしまうという意味では同じようなものに感じられたんです。そういう意味で、先ほど話に出た『辻褄合わせ』も夢と結びつけてもいいんじゃないかって感じがしました」
典子も、二人の話を聞いていて、何か感じるところがあったのだろう。こういちは山田さんと目を合わせてアイコンタクトを取ったのは、典子に対して同じことを感じているということが分かったからなのかも知れない。
「お二人のいろいろなお話を聞いていて、私も入ってみたいと思ったんですよ。でもなかなか難しくて入れなかったんですが、夢のお話だったら少しは私も入れるかも知れません」
そう話した典子に対し、山田さんが答えた。
「さっきの自分たちの話に無理にくっつける必要はないので、自分の意見で入ってきてもらっていいですよ。僕たちも話を聞いて、感じたことを話していきますからね」
そう言って、こういちを横目で見た。
こういちも同意見なので、黙って頷くと、
「ありがとうごます」
と言って、典子は二人を交互に見た。
二人を見て、典子の言葉を待っているようだったので、典子も思っていることを話し始めた。
「さっき、デジャブも夢も、忘れてしまうという意味で同じだと言われていましたが、私は少し違うと思っているんです。実は夢に関して今まで友達といろいろ話をしたことがあったんですが、その中で気になったのが、『夢というのは、どんなに長いと思われる夢であっても、目が覚める寸前の瞬時に見るものだ』って聞いたことがあるんですが、どうなんでしょうね?」
「その話は、僕も聞いたことがあります。目が覚めてからすぐに忘れてしまうのは、夢自体が薄っぺらいものだからではないかと思っていたのですが、その話を聞いた時、『なるほど』と感じたんです」
こういちがそう言うと、
「僕の場合は少し違っていますね。夢の世界というのは、現実世界とは違う次元のものだと考えていたからなんですよ。そう思うと、いろいろ面白い発想も出てきます」
と山田さんが言った。
山田さんは続けた。
「まずは、橋爪君の発想からいろいろ考えていこうじゃないか。夢というのは、確かに目が覚めるにしたがって忘れていくものだよね。でも覚えている夢というのもあると思うんだけど、どうだい?」
その問いかけに対し、すぐに答えたのがこういちだった。
「僕の場合は、怖い夢ほど覚えているんですよ。楽しい夢は、見たという意識は残っているんですが、具体的にどんな夢だったのかまでは覚えていない。漠然としているんですよ」
すると、典子がそれに対して意見を挟んだ。
「私も、怖い夢ほど覚えているんですけど、楽しい夢は忘れてしまったというよりも、肝心なところを忘れてしまっているので、話が繋がってこないんです。だから、漠然と覚えているというよりも、話が繋がらないことの方が気になってしまい、覚えているという感覚ではすでになくなっていますね」
「なるほど、それも一理ある。でも、僕には、その理由、分かるような気がするんですよ」
と、山田さんが言うと、典子とこういちが顔を見比べるようにして、アイコンタクトを取った上で、頷いてから、
「どうして分かるんですか?」
こういちが代表して聞いた。
「君たちは感じたことがないかな? 夢から覚める時というのは、覚める寸前に、『目が覚める』って感じるんだよ。しかも、その時、ちょうどいいところを見ているので、心の底で、『覚めないでくれ』と思っているんだよ。怖い夢であれば、目が覚めてほしいという思いと半々なので、その気持ちがそんなに強くはない。だから、目が覚めた時、怖い夢だけは覚えているんだって思うんだ。さっき、典子ちゃんが肝心なところを忘れていると言っただろう? それがこの辺りの発想を頭の中に描いているからなんじゃないかって僕は思うんだ」
山田のその答えに、
「うんうん」
と頷きながら納得していたこういちに対し、典子は驚愕の表情を浮かべ、その心の奥には、今まで燻っていたハッキリしないモヤモヤが、晴れてくるのを感じていた。
それも、次第に晴れてくるのではなく、一気に靄が解消されてしまうような強力な力を感じたのだ。
「山田さんの一言で、いくつかの途中で切断された糸が、一本に繋がったような気がしてきたのは、気のせいかしら?」
典子がそういうと、
「いやいや、そんなことはない。僕もビックリだ」
と、こういちも答えた。
「人の意見を聞きながら、自分の日ごろ考えていることを照らし合わせると、僕にとっても繋がっていなかった線がたくさんあって、それが繋がってくることもある。時には、自分が話している間に思いついたことだって少なくもない。やっぱり、人と話をするというのは、いろいろな意味で大切なんだって思うよね」
山田さんはそう言って、コーヒーを口に含んだ。
「僕は、夢を見ていてもう一つ感じたことがあったんですが、あれは、会社に入ってすぐだった頃のことなんですが、夢の中で大学のキャンパスが出てきたんです。つい最近まで通っていた大学だったので、まだ大学生だという意識なのかって思ったんですが、意識の中には、自分がすでに社会人だという思いは確かにあったんです」
「それで?」
「実はお恥ずかしい話なんですが、自分の中で卒業できるかどうか、気になっている時期があったんですよ。四年生になっても、習得すべき単位が残っていましたからね。でも、就職は内定をもらっていた状態だったんです。きっと、その頃の意識がまだ頭の中に残っていたんでしょうね。一種のトラウマのようなものだと思うんですが、夢の中で、僕は図書館にいたんです。テラスのようになったところで、学校内の通路が見えるところですね。まわりの人は皆知らない人ばかりだったんですが、図書館の中から見ていると、スーツ姿の人が数人、仲良く歩いてくるのが見えたんです。よく見ると、一緒に卒業した連中で、それぞれの会社の封筒を持っていました。『あいつらは、卒業できて、今は社会人なんだ』って思ったんですが、そう思うと、自分が卒業できずに、大学の中でうろうろしているのが分かったんです。ショックで声も出ません。目が覚めたのは、ちょうどその時でした。汗をグッショリと掻いていて、目が覚めるまでにどれだけかかるか分からないと、その時は真剣に感じました。このまま目が覚めないかも知れないとも思ったほどで、目が覚めているにも関わらず、夢と現実の間で、彷徨ってしまい、抜けられなくなっているような気がして仕方がなかったんです」
「まだ、その時君は、目が覚めていないんだよ」
と、山田さんは言った。
「僕にはそれが分からなかったんですよ。どういうことだったんでしょうね?」