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心理の挑戦

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「過去に戻ってきた人間がいるという事実が、今までの歴史の中で最初から組み込まれているとすれば、過去を変えたことにはならない。もし、過去に戻ったという事実があるなら、今現在の歴史自体は、最初から過去に戻ることを約束された運命であり、その運命には逆らえないとすれば、この矛盾は解決だよね」
「私はその話を聞いて、自分の前と後ろに鏡を置いた時、永遠に写し出される自分の姿を思い浮かべました。皮肉にもここでもキーワードは鏡なんですね」
「僕は、もう一つイメージしているんだよ。それは、一つの箱をもらって、その箱を開けると、その中にさらに一回り小さな箱が出てきた。さらにその中にはもう一回り小さな箱が出てくるんですよ。ずっとその箱を開け続けていくと、いつまで続くのかという思いが浮かんでくる。この場合も鏡と同じで、どこまで行っても、空箱ではないというイメージが頭をよぎるんですよ」
「パラドックスという発想は面白いですよね」
「そうだね。でも、過去に戻って過去を変えないようにするという発想なんだけど、過去の大まかなことは知っていたとしても、細部にわたって変えてはいけないという縛りがあるんだから、絶対に変えていないということは分かるはずないですよ。そうなると、過去に戻る発想自体、ありえないことになるんじゃないだろうか。もし、本当に過去を変えてしまう可能性がゼロでなければ、過去に戻るということは永遠にできないのではないかと思うんです」
「それはそうでしょうね」
「世の中の現象として、デジャブのように、昔見たことがあるような光景だと感じる場合、自分の意識や記憶の中にあるものの辻褄を合わせるための意識だという発想を聞いたことがあります。つまり、何かの現象は、変わってしまったことがあれば、必ずその辻褄を合わせようとするはずなんですよ。それが超常現象であったりするんだと思うんですよ」
「作用と、副作用のような感覚でしょうか?」
「そうそう、副作用という言葉が一番適切なのかも知れませんね。薬を飲んだりした時に起こる副作用、あるいは、僕は発熱なども辻褄合わせだと思ったりします」
「発熱も?」
「ええ、風邪による発熱などは、ウイルス性だったり、細菌性だったりしますよね。これは身体の中にウイルスや細菌が入り込んでしまって身体を冒そうとするので、身体の中の抗体がウイルスや細菌と戦おうとした時に、熱が出るんです。だから熱が出ている間、冷やすのではなく、熱が上がり切ったところで冷やさないと、熱は下がらないんですよ。その目安が発汗だと思うんだけど、熱が上がりかけている間は、身体に熱がこもってしまって、汗を掻くこともない。でも、熱が上がり切ると、今度は汗がドッと出て、汗から毒素が排出されるわけですね。発熱というのも、身体の中で起こるいい意味での副作用なんじゃないかって思いますね」
「話が戻りますけど、過去を変えたのかどうかという発想も、さっき山田さんが言っていた『過去に戻ったということ自体を踏まえた上で、今の世界が成り立っている』と考えれば、その疑問は解決しますよね。僕は前に友達とタイムマシンについて話をしたことがあったんですが、その時に出てきた疑問が今の発想だったんです。一般的に言われている発想をそのまま正しいとして解釈すると、いろいろなところで発想の綻びが出くるんですよね。僕は今こうやって山田さんと話をしていて、もう一つ先の発想をすることで、いくつかの矛盾が消えていくことが分かった気がします。きっと、途中で切断されているロープのすぐそばに、綺麗に繋がった金属でできたワイヤーがあるんでしょうね」
「それを気づかせてくれるとすれば、副作用という発想ができるかできないかなのかも知れませんね」
「タイムパラドックスの話をしていると、パラレルワールドとは切っても切り離せない関係に思えてならないんですよ」
「パラレルワールドは、一言で言えば、次の瞬間には、無限の可能性が広がっているということですよね。それがネズミ算的に増えていき、無限のさらに無限の可能性が、果てしなく繋がって行く」
「でも、おかしな発想ですよね。無限が果てしなく広がるというのは。果てしなく広がっているから、無限というんだからですね」
「それだけ、パラレルワールドというのは、細部に可能性が秘められているということなので、先ほど橋爪君が言ったように、過去に戻ってしまった時、歴史を変えたかどうかという発想で考えれば、歴史を変えたというよりも、違うパラレルワールドに入り込んだということでしょうから、一度道を間違えると、元に戻すことはまず無理です。なぜなら、変わってしまった瞬間から、次の瞬間の無限の可能性の中に、その前の道を進んだ時にあったはずの無限の可能性があるのかどうか分からないからですね」
「じゃあ、無限の可能性と言いながら、行く道によって、無限の可能性が違うのではないかという発想も出てきますね」
「そうなると、パラレルワールドの可能性というのは、無限ではないと言えるかも知れません」
 話を聞いていた典子は、
「友達の言っていた、タイムマシンを使って未来には行けるけど、過去にはいけないんじゃないかっていう発想、今のお二人のお話を伺っていて、何となくですが分かったような気がします。ただ、理解できているのは今だけで、少し経つと、すっかり今日のお話を忘れてしまっているかも知れませんね」
 と、言って、苦笑いした。
 すると、山田さんが、
「いやいや、それでいいんだよ。僕も今までにこういう話をするのが好きで、よく学生時代などは友達と話をしていたんだけど、すぐに忘れてしまっていたりするんだ」
「でも、何かのきっかけで思い出すことがあって、話し始めると、結構話し込んだりするもんなんだよね。話の内容も発展していたりして、もちろん、相手の意見にもよるんでしょうねどね」
 と、こういちは言った。
「これも、一種のデジャブなんだろうね」
「そうですね。以前に同じような話をしたような気がすると思って、他の話であれば、思い出すことはできないんですが、こういうお話をしている時は、必ず思い出して、自分の意見を確固たるものにする」
「でも、前の意見と変わってしまうことって、君にはあったかい?」
「僕はなかったような気がしますが、山田さんはいかがですか?」
「僕の場合は、変わることがあったよ。学生時代には変わるはずないと思っていたはずなのに、思い出してみると、前の考えを否定している自分がいたりする」
「それは相手の話を聞いてから自分で判断してなんですか?」
「そういうわけではないんだ。昔考えていたことを、ハッキリと思い出したのは間違いないことなんだけど、すぐにその思いが薄れていく。そして新たに自分の発想が生まれてくるんだ。だから、厳密に変わったと言えるかどうか分からないんだけど、変わっていないのであれば、記憶が薄れていくはずはないと思うんだ。ゆっくり忘れていくわけでも、一瞬にして消え去るわけではない。忘れたくないという思いが頭をよぎる中で、少しずつ、そしてハッキリと忘れていくんだ」
「僕にはそういうことがなかったので、よく分からないですね」
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次