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心理の挑戦

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「やっぱり、何かのきっかけがあれば、人は変われるということなんだろうか?」
「そうかも知れないわね。でも、お父さんのようなケースは稀かも知れない。そううまくいくということはなかなかないものよ」
「それだけお父さん自体の芯が強かったということなんでしょうね。きっといいお父さんなんだって思うよ」
「ありがとうございます。私はどちらかというと男性が信じられない方なんだけど、最初にそう思わせたのは、暴力をふるっていたお父さんだったの。でも、途中で変わってくれて、少しは私も男性を信じることができるようになるかも知れないって思うようになったんです」
「人間、そう一人の人だけを憎み続けるというのは難しいことなのかも知れないね。特にまだ大人になり切れていない時のことで、女性の場合の思春期というのは、特別な時期なんじゃないかって思う」
 もちろん、男性の自分に分かるわけはない。思春期には、何度となくまわりのフェロモンに自分の意志を曲げられそうになって、必死で抑えたことがあったのを思い出した。反応してしまう身体には逆らえなかった。
「私は、お父さんのことを信用できるようになってから、面白い話を聞いたことがあるの」
「それはお父さんからかい?」
「ええ、お父さんは、家では仕事の話はしなかったけど、会社の人の話までしなくなったわけではないのね」
「面白い話というのは、会社の人の話なの?」
「ええ、お父さんは当時よく出張に行っていたんだけど、どうやら、会社内の支店を回る仕事をしていたようなのね。そんなある日のことだったんだけど、いつも泊まるビジネスホテルで、一人の男性を見たんだって、その人というのが、その翌日に訪問する予定の支店の営業係長だったらしいんだけど、お父さんはその人に話しかけようとしたらしいの。でも、この話は面白いというと、不謹慎かも知れないですけどね」
「うん」
「その時というのは、ちょうどビジネスホテルの通路で、ちょうど角を曲がるところの後姿を見たんですって、距離的にはそれほど離れていなかったので、ちょっと歩いてその角を曲がれば追いつけるはずだと思って早歩きをして、その角に向かったらしいの。でも、角を曲がると、そこにその人の姿はなくて、お父さんは『幻を見たのかな』と思ったのよ」
「それはそうだろうね」
「ちょうどその時、目の前に鏡があって、その鏡に自分の顔が写っていたんだけど、どの時の形相が恐怖に歪んでいるようで、その表情が自分でも怖かったって言っていました。そして、その翌日になって、その支店に行くと、営業係長が変わっていたらしいの。どうしてなのかと支店の人に訊ねると、その係長は、一か月前から病気で入院していて、いまだに入院中だっていうのよね。お父さんはやっぱり幻だって思ったらしいの。でもあまりにも気になったので、お見舞いに行ったのよ。まるで虫の知らせのようで気持ち悪いと思ってね。すると、病室に入ると、その営業係長は、かなり精神的に参っているようで、お父さんを見た瞬間、『お前を見た』と言ったというのよ。お父さんはビックリして病室から飛び出したんだけど、その時付き添っていた係長の奥さんにそのことを話すと、『あれがあの人の口癖なんです。私も何度も言われました』と言われたんだって、その次の日に支店にもう一度顔を出した時、前の日に聞いた人にそのことを話すと、自分は言われたことはないけど、言われた人はその次の日、誰かが亡くなるのを見るらしいのね。奥さんだけは別らしいんだけど、何か因縁めいたものを感じたんだって」
「何か共通点があるのかも知れないですね」
「ええ、そのこともお父さんに聞いてみたんだけど、どうやら、係長にそう言われた人は皆その後トイレに行って、洗面所で鏡を見たらしいの。その時の形相が怖かったって言ってたわ。お父さんはその時にトイレにはいかなかったんだけど、ビジネスホテルで最初に見ていたので、これも共通点の一つですよね」
「鏡というのが、一つの共通点ですね」
 鏡という言葉を口にしたその時、こういちは、背中に寒気を感じて、ゾッとした。
――そういえば、この間、鏡に写っていない山田さんを見たんだっけ。そして、その鏡自体、存在していなかったことで気持ち悪いと感じたんだった――
 あの時のことは、幻だったと思って忘れかけていたのに、嫌なことを思い出したものだと思い、少し忌々しい気がした。
 しかし、それだけに、この話は中途半端に聞くわけにはいかない続きがあるなら、最後まで聞いておく必要があると感じた。
「そのお話はそこで終わりなの?」
「いえいえ、そこからがこのお話の怖いところなんですよ」
「怖い?」
「ええ、ただここからはオカルトというよりもミステリーに近いお話なんですね」
「ミステリーというと、推理モノや探偵モノのような?」
「そうです。この後実は、奥さんが逮捕されてしまうという事件に発展したんです。どうやら奥さんは他の男性と不倫をしていて、その人に唆されたのか、毒素の低い薬品を、毎日微量に摂取させていたらしいんです。その不倫相手というのが、薬品に詳しい人で、奥さんも、うまくいくとタカをくくっていたんでしょうね。でもやっぱり素人のすること、専門家の医者から見ればすぐに看過されたようで、奥さんは不倫相手とともに逮捕されたんです。結局、奥さんはその後、警察の目を盗んで服毒自殺したらしいんです。不倫相手だけが刑に問われたというんですけどね」
「じゃあ、営業係長さんが、『お前を見た』と毎日言っていたのは、毎日自分に毒を盛っているということを看過していたということになるんでしょうかね?」
「そうかも知れません。奥さんの遺書には、そのことも書かれていました。毎日『お前を見た』と言われるのが怖かったってね」
 なるほど、話を聞いてみると、面白い話というには、不謹慎だ。それでも最初はオカルトっぽい話から、最後はミステリーのオチが付くという意味では面白い話と言えるかも知れないだろう。
「実は、面白い話というのは、ここまでなんですが、リアルに恐ろしいのはこれからなんですよ」
 と、典子は小声になった。
 その声はトーンが下がっただけではなく、恐ろしさを演出するだけの力があるようで、その表情にも心なしか不気味さが宿っているようだった。
 固唾を飲んで聞いていると、
「お父さんね。それからしばらくして亡くなったんだけど、それは自殺だったの」
「えっ、何か自殺の原因でもあったの?」
「ううん、そんなことはなかったのよ。警察も自殺の原因についていろいろ調べたみたいなんだけど、原因はハッキリしない。結局、仕事のストレスということで、片が付いたんですけどね」
「自殺で片が付くということは、遺書とかあったのかい?」
「父は、断崖から海に飛び降りたんだけど、遺書は飛び降りたと思われる場所に、靴と一緒に置かれていたの」
「断崖から飛び降りたんだったら、亡骸の捜索は困難だったんでしょうね」
「ええ、潮の流れが速いところで、遺体は上がっていないの。かなり捜索に時間を割いてくれたんだけど、結局、遺体なしで自殺ということになってしまったの」
「遺書というのは?」
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次