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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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未来の花

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 聖職者の大半が旧王族に付き従ったので、彼らはかつての信仰を色濃く受け継ぐ結果になった。そのために「古のコルザ」を意味する「コルゼラウデ」が、新しい国名と定められた。
 今もコルゼラウデでは、聖職者の権力は王族並みだと言われている。彼らに与えられた土地は小さいが「神の降りた地」と呼ばれる聖地を含んでいたので、信仰を保つ上では適していたのだ。
 さらに、信仰の特殊性も作用していた。遥か昔、大陸に明確な成立国家が無かった頃、現在のコルゼラウデの聖地に天から神が舞い降りたという。神は三十日を人々とともに過ごし、かつてのコルザの基礎を作った。そして、その三十日と同じ時期には毎年自らの分身を遣わすと約束して、再び天へと帰っていった——と伝説は語っている。
 その伝説が信じられているのは、話の三十日に当たる時期に生まれる子供は、出生数こそ少ないものの、特殊な力を持っている例が多いためだった。多くの場合、それは他人の内面——感情や記憶を読み取るといった能力として現れる。中には夢や精神統一によって未来を予言したり、病気や怪我を癒す能力を現す者もいる。
 そういった者はほぼ例外無く、能力の発現から間を置かずに首都の神殿に入り、聖職者となるべく修行することとなる。その過程で能力を制御する方法を学び、神の分身としての身を清め、粗末にせず生きることを義務づけられるのだった。
 能力者が生まれるのは、現在ではコルゼラウデの領内だけだと言われている。……だが稀に、それこそ神の悪戯とでも言うべきか、国外でも同じような力を持って生まれてくる人間がいるのをカジェリンは知っている。少なくとも二人、そういう相手を身近に見てきた——そして、今ここにもう一人。
 「その力は、子供の時から?」
 というカジェリンの問いに、アディは再び頷いた。物心ついた時にはすでに、周りの人間の考えていることがほぼ「視え、聴こえていた」という。能力が発動するのは身体のどこかが触れ合った場合で、常に視聴きするわけではないが制御できない時もあるので、他人との接触は普段から避けている。数日前の喧嘩は、その態度が癇に障ったらしい相手が先に手を出したためだったとようやく話した。
 しかし幼い頃はそのような思慮があるはずも無く……子供のうちは今よりも力の感度が強く、たとえ触れなくても視聴きしてしまうことが多かったというから、接触に気をつけていたとしてもあまり効果は無かっただろう。
 そのために両親に捨てられたのだと、乾いた声で淡々とアディは言った。正確には、父親は気味の悪い子供を嫌って家を出ていき、母親は五歳の息子を森に連れ出し置き去りにした。その後彼らがどうしたのかは知らないという。母親は父親を追っていったはずだが(本人の思いがそう「聴こえた」らしい)、会えたかどうか知らないし、会えたとしてもやり直せたかどうかは怪しいと——それほどに父親は息子を、そして子供を産んだ母親を疎んじていたからとも語った。
 不幸中の幸いで、置き去りにされたその夜、森の中を彷徨い歩いているところをボロムに見つけられた。それ以後は彼がアディを育ててくれたようなもので、だから傭兵団が組織された時には迷わず志願したという。ボロムへの感謝ゆえに、どうしても彼の役に立つ男になりたいと思ったのだそうだ。
 アディの、ボロムに対する思慕の強さが腑に落ちた。親に見放された少年にとっては命の恩人であると同時に育ての親で、おそらくは彼の能力についての理解も持ち合わせている数少ない人間。
 元々コルゼラウデ出身だというボロムは、能力者に対する知識をある程度正確に持っていた。そして不必要に能力者を恐れたりせず、個人の特性として考えることのできる人物でもあった。
 ボロムだからこそ、アディをその特殊な力ごと受け止め、今まで生かしてこれたのだろう。アディが恩人を慕うと同時に、強く依存しているのも当然のことと言えた。それの是非はまた別の問題として。
 「さっきは、何が視えたの? ——私が子供の頃、姉が鍋をひっくり返して火傷して、さっきのあなたと同じようなことを私がしたのは視ただろうけど」
 踏み込んで尋ねると、それまで一応は全てに答えていたアディは口をつぐんだ。言いたくないというより、言っていいのかどうか迷っているふうに見えた。カジェリンを見る目には同情とも憐れみともつかない感情が入り交じっている。
 「……やっぱり、視たのよね。姉が首を吊って、それを私が見つけたこと。さっきはかなり放心状態になってたから、嫌でも視えたでしょうね」
 断言したカジェリンの口調に、アディは目を見開いた。何故そこまで能力について知っているのか、と言いたげな表情で。
 「ボロムさんに聞いたわけじゃないわ。私の、姉がそうだったから。あなたと同じ……いいえ、能力の種類は同じだけどもっと強かった。成長しても、触れずに視たり聴いたりすることができたの」
 カジェリンの生家は先祖代々、薬師を生業としていた。その家から出る薬師は、知識の豊富さもさることながら、診立てが確かなことでも知られていた。経験の浅いうちでも熟練者以上に働くと評される、病気に対する勘の鋭さを持つ者は、身内の間では先祖返りと呼ばれていた。ずいぶん昔、まだコルザが安定していた頃に、「神の分身」として生まれた聖職者候補の人物が何の理由でか放浪の薬師になったことが、生家の起こりだったという。
 コルゼラウデにおいて、能力は遺伝ではなく、変異的に発現するものと考えられている。大半の能力者は事実その通りなのだが、稀に同じ家の近い世代間で続けて能力者が出ることもあるらしい。
 しかしカジェリンの家系はどういった因果があるのか、先祖が国を離れて久しいにもかかわらず、今も何代かに一人は能力を現す人間が生まれてくるのだった。大叔父がそうだったと聞いているし、双子の姉もその一人であった。
 「……うちに出てくるそういう人たちは、ほとんどはそんなに強い力じゃなかったから、特別に教えを受けなくても自分でなんとか制御できるようになったと聞いたわ。けど姉さんはそうじゃなかった」
 カジェリンの姉は、元々の性質が人一倍繊細な娘だった。加えて、成長に従ってそれなりに感度を弱め落ち着くはずの能力が、より強く鋭敏になっていったのだ。時も場も関係なく他人の内面が「視え聴こえる」ことが次第に姉は耐えられなくなり、家の外へはおろか部屋からもめったに出ることがなくなった。
 ——そして十五歳になる直前の夜中、自室で首を吊ったのだ。
 それを見つけたのは、朝になっても起きてこない姉を不審に思って最初に部屋に入った、カジェリン自身だった。普段は思い出さないようにしているけれど、今も時折夢に見てうなされることがあるし、あの時の衝撃を忘れることは一生ないだろう。
 その後二年も経たないうちに、両親は心痛が元で相次いで亡くなった。カジェリンは縁あって十八歳の時に結婚したが、四年後に別れた。

作品名:未来の花 作家名:まつやちかこ