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第五章 騒乱の居城から

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 正義感に満ちた心優しい彼らは、不運にも誘拐されてしまった貴族(シャトーア)令嬢に心を痛め、一刻も早く助けて差し上げねばと必死になっていた。
 大きな屋敷には無数の部屋があり、そのひとつひとつをつぶさに調べなければならない。途方もない作業に思われるが、それでも屋内の捜索を命じられた者たちは、まだ気楽でいられた。
 屋外――広大な庭は、少女ひとりを見つけるのには、あまりにも困難な場所だった。大きな温室は勿論、倉庫のようなものが幾つもある。
 しかし、屋外を任された者たちの足を重くしていたのは、その膨大な捜索範囲よりも、指揮官の「不幸にも死体になっている」という言葉であった。彼らは少しでも不自然なところを見つけては、地面を掘り返していた。その先に貴族(シャトーア)令嬢がいないことを願いながら。
 そんな彼らが、暗い気持ちで花壇にスコップを突き立てていたときのことであった。やにわに門のほうが騒がしくなったかと思うと、発砲音が続き、一台の車が猛進してきた。
 驚きに目を見開く彼らの脇を駆け抜け、車は庭の中央で急停止した。
 ちょうど桜の大木の手前。その根を踏まぬ程度の距離を空けてのことである。その配慮に感謝したかのように、薄紅色の花びらがひとひら、黒塗りのボンネットに清楚な花を咲かせた。
「まさか……?」
 凶賊(ダリジィン)が外部から応援を頼むと厄介なので、門は封鎖することになっていた。しかし現実として、それはどう見ても警察隊の車ではなかった。
「凶賊(ダリジィン)だ……!」
 動揺の波紋が警察隊員たちの間に広がっていく。
「構え!」
 その場にいた者たちの中で一番階級の高い者が叫んだ。はっとした警察隊員たちはスコップを投げ出し、拳銃を手に遠巻きに車を囲む。
 そのとき、天から雷(いかずち)が一直線に落とされたかのような鋭い音が、屋敷中の空気を引き裂いた。
「な、なんだ?」
 耳をつんざく不協和音。
 体を内部から破壊されるような、不快な音の嵐。
 あまりの生理的嫌悪に、敷地内にいた者たちは屋敷の内外を問わず、例外なく両手で耳を塞ぐ羽目になった。
 ……幸運にも、その事態はそれほど長くは続かず、しばらくすると騒音も収まる。さてそろそろ手を外すべきかと人々が思い始めたころに、また別の音が聞こえてきた。
<あーあー。本日は晴天なり。あーあー>
 その言葉通りに青く晴れ渡った空に、呑気なテノールのマイクテストが響き渡った。
<よし、メイシア、繋がったぞ>
<え、あ、ありがとうございます>
<お前ら。今の会話、全部、外に流れているぞ>
 なんとも緊張感のないやり取りが、屋敷中のスピーカーを震わせた。
 すべての者が手を止め、状況を把握すべく耳を澄ませると、すうっと息を吸う音。それが一度止まり、やがて静かに吐き出されるノイズが、まるで穏やかなさざ波のように寄せてくる。
 そして――。
<警察隊の皆様、鷹刀一族の皆様。どうか、お聞きください。私は藤咲メイシアです>
 鈴を振るような透き通った声。
<お話があります。桜の庭にお集まりください>


 執務室にて、警察隊の指揮官は血色の良すぎる顔を白くしていた。
 彼はただ、鷹刀イーレオが逃げられないよう、見張っていればいいはずだった。待っていれば、万事がうまくいくと聞いていた。
 それがなんだ? 追い詰められているはずのイーレオが余裕の顔でお茶を出し、ジャガイモの布袋に収められているはずの少女が庭に来ている――!
「お探しの令嬢が見つかってよかったですね」
 ベッドにもたれかかったままの鷹刀一族の総帥が、にこやかに笑った。いい歳をした爺さんのくせに、まったく忌々しいことに、涼やかな色気すら醸し出している。
 指揮官は脂汗の光る額を拭った。
 ともかく、『八百屋』の作戦は失敗したのだ。
「いえ、ちっともよくないですな。藤咲メイシア嬢は、お前の敷地内で見つかった。すなわち、お前がかどわかしたということだ!」
 指揮官が高圧的に一歩踏み込むも、イーレオは笑みを絶やさない。
「それは早計というものですよ。まずは彼女の話を聞こうじゃありませんか」
 そう言って、イーレオは「チャオラウ」と護衛の男に声を掛けた。呼ばれた男は、さっと窓際に立ち、カーテンを開け放つ。
 いきなり飛び込んできた眩しい光に、指揮官は目を閉じた。
「ここから桜がよく見えるんですよ」
 イーレオの声にそっと目を開ければ、その言葉通り、窓の向こうに薄紅色の世界が広がっていた。ふわりとした風に、花びらがひらひらと、そよいでいく。
 護衛の手を借りてイーレオが立ち上がった。そのまま、緩やかに移動して、窓枠に寄り掛かるようにして眼下を見やる。
「ああ、皆さん、集まってきましたね」
 大きな桜の木のそばに、黒塗りの車。様子を窺うように少し間を置き、その周りを濃紺の制服の警察隊と暗色の衣服を纏った凶賊(ダリジィン)たちが、相容れぬ間柄ながらも隣り合うように、ぐるりと取り囲む。
 まるで野外劇場だ。
 青芝生の客席は大入りで、薄紅色の舞台に上がる主演女優の登場を待ち望んでいる。
「私は動けませんから、ここから見ることにしますが、あなた方は庭に行かれたらどうですか?」
 イーレオが指揮官を振り返る。
「何を言っておる。私はお前を監視する義務がある!」
「そうですか。ではご随意に」
 そう言って再び外へと視線を戻したイーレオの隣に指揮官も立つ。彼とて庭の様子が気にならないわけがない。
『八百屋』が失敗したときの手も打ってあると聞いている。しかし、不安は拭いきれなかった。


<お騒がせしてすみません。――今、外に出ます>
 地面に落ちた桜の花びらを舞い上げながら、黒塗りの車の扉が開く。
 細い足首が優雅に車外へと降ろされた。車内の座位から頭を上げると、長い髪が流れ、彼女の花の顔(かんばせ)があらわになる。艶(つや)やかな黒髪を彩る髪飾りにせよとでも言うように、桜がはらりと、花びらを贈った。
 警察隊員たちは彼女を写真でしか知らなかったが、ひと目で確信できた。
 一度見たら忘れられないほどの、高貴な少女。
 粗末な服に身を包み、白磁の肌は泥で汚れていても、彼女の美しさはちっとも損なわれることはなかった。
 驚嘆とも感嘆とも取れる声が、青芝生の庭に沸き起こった。


作品名:第五章 騒乱の居城から 作家名:NaN