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二度目に刺される

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――忘れてしまった。覚えていない――
 というのは、忘れてしまいたいという自意識が、無意識のまま記憶を封印させてしまうのか、あるいは、
――墓場まで持っていくんだ――
 と言い聞かせているのか、そのどちらかの意識が、自己防衛に繋がり、記憶と意識を都合よく結びつけることに成功するのかも知れない。
 健太は最近、自意識で圧し潰されそうになっている夢を見ることがある。それは怖い夢であり、どうしてそれが怖い夢なのかが分かるのかというと、
「もう一人の自分」
 が出てくる夢だからである。
 小さい頃から、もう一人の自分が出てくると、起きた時にもう一人の自分が夢に出てきたことを覚えていることで、背筋が寒くなるのを感じるのだ。
 夢を見ていたのが子供の時であっても、もう一人の自分が子供だったとは限らない。大人の人が現れて、一言も口を利かず、自分を見つめている。恐怖に身体を動かすことができないでいると、相手は
「してやったり」
 という表情になり、そこから表情が変わることはなかった。
 もっとも、その表情が出た時が夢の終わりの前兆であり、普段の怖い夢であれば、夢から覚めるのを待っているのだろうが、もう一人の自分の出現の時だけは、夢から覚めても怖い気持ちは完全には抜けないことが分かっていた。だからこそ、
「怖い夢の代表が、もう一人の自分が夢に出てきたのを感じた時だ」
 と、常々思っているのだった。
――ハチに刺されると痛いんだろうな――
 早紀の言葉が頭に残っていて、自分の気になる人が味わった辛さを、自分も分かち合いたいと思うことがあったが、気になる人の代表が早紀であり、玲子と別れてから、
――自分が気になっているのは早紀以外にはいない――
 と思うようになっていた。
 ただ、健太には医学の知識が少しだけだがあった。スズメバチに刺されたというのがどういうことなのかも、分かっているつもりだった。
「スズメバチに刺されると、一度ではなかなか死なないが、二度目以降の死亡率は格段に上がる。だから、二度目は危ない」
 と言われているのも、もちろん知っている。
 身体の小さな鉢の毒くらいでは、なかなか人間くらいの大きさの動物に対しての殺傷能力は低い。二度目以降に刺されると死亡率が格段に上がるのは、
「人が死ぬのは、ハチの毒によるものではないからだ」
 ということであった。
 では、一体何によって死ぬのか?
 それは、アレルギーである。
 ハチの毒にもアレルギーがあり、一度ハチに刺されると、人間はハチの毒に対しての抗体を作る。
 二度目以降に刺された時は、一度目に刺された抗体がハチの毒を追い出そうとする。その時にハチの毒と反応して、アレルギーを引き起こすのだ。
 それを、
「アナフィラキシーショック」
 というのだが、これが人間を死に至らしめるのだ。
 早紀は一度スズメバチに刺されている。だから次回は本当に危険であった。
 考えてみれば、以前ハチに刺されたことを忘れていたというのは恐ろしいことだ。いくら子供だとは言え、親には説明しているはずである。
 ただ、健太の親は、時々肝心なことを忘れてしまうところがあった。それが早紀にも影響しているのかも知れないが、健太にはそんなところはなかった。それだけに、客観的に見ても恐ろしい限りだ。
 健太は執事を別部屋に招いて、二人きりで話をした。
「あなたは、早紀が以前ここでハチに刺されたというのをご存じだったのですか?」
 悪びれることもなく、直立不動の状態で聞いていた執事は、
「もちろん知っております。あれはお嬢様が家政婦の手を離れて、お庭の花壇に入った時のことでした。急に泣き声が聞こえ、その声が尋常ではないことで、ビックリして皆庭に飛び出しました。腕を抑えて苦しんでいるお嬢様のお手を見ると、真っ赤に腫れあがった状態が見えましたので、すぐに氷で冷やして、医者の手配をしました。こちらに来た時の救急にということで、近くの病院を主治医のような形で手配しておりましたので、すぐに来ていただきました。スズメバチに刺されたということで、緊急手当てを施してもらって事なきを得たんです。その時にできる最善の治療だったと思います」
「そうですね。スズメバチと言っても、最初なら刺された時は痛みは数日続きますが、命に別状はありませんからね」
「よくご存じですよね。確かにその通りです。だから、必要以上に騒ぎ立てなかったのを覚えていますよ」
「僕は、おじさんから以前、唐突にハチの毒について教えてもらったことがあったんだ。その時は、『どうして今こんな関係のない話をするんだろう?』って思いましたけど、今から思えば、早紀のことを考えて、僕に教えてくれたんでしょうね。ちょうど僕も中学生になっていましたから、理解できないことではないと思ったんでしょう」
「なるほど、その時、おじさんにはお坊ちゃんが、この時の事情を知らないとは思っていなかったんでしょうね」
 と言いながら、執事の少しため息交じりだった言葉が気になった。
「僕はどうして一体覚えていないんだろう?」
「本当に覚えておられないんですか?」
「ええ」
「じゃあお教えしましょう。あの時坊ちゃんは、お嬢様の制止を聞かずに、ハチの巣に近づいて行ったんですよ。お嬢様はその時、本当は大人の人を連れてきたかった。でも、坊ちゃんは自分の尊厳を見せたかったんでしょうね。果敢にも近づいていった。でも、一匹出てきた瞬間、恐ろしくなって、お嬢様を置き去りにして逃げ出した。もちろん、ハチは追いかけてきます。坊ちゃんはそのまま池に落ち込んだので、ハチに刺されることはなかったんですが、お嬢様が刺されてしまった。坊ちゃんは、池で溺れたその時に、一時的な記憶喪失になったんですよ」
「そんな……」
 子供ならあり得ることかも知れないが、今までの自分たちの関係を考えると、自分の人生が覆されそうな話だった。
「坊ちゃんには辛いお話ですが、これが真実です」
 健太は、それ以上、何も言えなくなってしまった。
 いくら子供だったとは言え、自分の軽率な行動が妹をひどい目に遭わせた。しかも、そのことを覚えていないという自分勝手な事実に驚愕とともに、何をどうしていいのか分からないパニックに陥ってしまった。トラウマというには、都合がよすぎる。これから妹にどう接していいのか、考えれば考えるほどド王道巡りを繰り返すことは分かっていた。
「しばらく一人にしてくれないかい?」
「分かりました。私も坊ちゃんなら大丈夫だと思ってお話いたしました。だから、坊ちゃんも自分に自信を持ってください」
「分かった。ありがとう」
「では」
 執事は扉を閉めて出て行った。部屋に一人取り残された。いや、一人閉じこもった健太は、一人で考えていた。
――このまま同じことを考えていては、後悔が堂々巡りを繰り返すばかりだ――
 そのことが分かっていたので、健太は少し考え方を変えてみた。
――その時の状況というのを覚えていないので何とも言えないが、自分なりに想像することはできる――
 と思い、なるべく客観的に考えるようにしようと思った。
作品名:二度目に刺される 作家名:森本晃次