小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

二度目に刺される

INDEX|21ページ/34ページ|

次のページ前のページ
 

「でも、おかしなものなんだ。僕は気を失っている時、救急車のサイレンを聞いたような気がしたんだ。てっきり救急車で病院に運ばれたんだって思ったけど、まさか救急車を拒否したとは思わなかった」
 そのことが、偶然とはいえ、健太に救いようのない後悔を与えることになったその時、一つの救いになるなど、その時は夢にも思っていなかったのだ。
 美術館のロビーで横になって天井を見ていると、
「こんなにここが気持ちいいなんて思いもしなかった」
 と感じた。
 美術館や博物館というところは、無駄に広くて、音響効果は抜群であるという認識はあったが、それ以外には、
――空調は整っているんだろうけど、どこか空気の流れはあんまりよくなく、息苦しさすら感じてしまう――
 と感じていた。
 しかし、今まで遠いとは思っていた天井だったが、意識して見たことはなかったので、こんなに遠いのに、手を伸ばせば届くのではないかと思えるような錯覚を感じるとは思ってもいなかった。実に不思議な空間なのだ。
 しかも、最初は空気は通らないもので、風は感じないと思っていたが、横になって天井を見ていると、自分の顔を撫でる心地よい風を感じることができる。息苦しさはなく、意識不明の状態から回復していく感覚が味わうことができるので、気持ちいいくらいだった。
「ありがとう、だいぶよくなったようだ」
 そう言って起き上がろうとしたが、
「まだいいわよ。もう少し横になっていた方がいいわ」
 と、手で起き上がる健太を制すると、健太の頭を自分の膝に持って行き、膝枕の体勢を取ってくれた。
「頭に血が昇らないように、こっちの方がいいかも知れないわ」
 後頭部に暖かく柔らかい太ももを感じると、心地よさから、睡魔が襲ってくるような感じだった。
 立ちくらみは何度も起こしていたので、立ちくらみを起こした時の記憶は、落ち着いてくるにしたがって、ある程度までは思い出せる。
 玲子に膝枕されながら、美術館の天井を見つめていると、天井が落ちてきそうな錯覚に襲われ、ドキッとしてしまった。その感覚が意識を取り戻すにはちょうどいい働きになったようで、意識は次第に前に遡って行った。
 表情が少し訝しくなっているのは分かっていたが、記憶を遡らせる時はいつもそうなので、それは仕方がない。玲子も敢えて健太の顔を見下ろすようなことはなく、館内を眺めていた。
――そうだ、携帯の呼び出し音が鳴ったんだ――
 そこまで思い出した時、自分の携帯だと思って取ろうとした時、自分よりも少し早く玲子が取ったので、
――玲子も同じ着信音を使っているんだ――
 と感じた。
 そして、玲子が電話を取るところの意識がないことから、健太はその時すでに意識が朦朧として、その場に崩れ落ちていたに違いない。
――待てよ――
 健太は、通常の着信音など、他にはなかなかいないと思っていたことから、携帯電話の音は自分に違いないと思って、取ろうとした。その時に迷いがあったわけではない。それなのに、携帯を取るのは明らかに玲子の方が早かった。今から思えば、電話が掛かってくるのを予期していたような感じだった。
「さっきの電話」
 健太は、天井を眺めながら呟いた。
 まさか、他の男からではないだろうか?
 そんなことを感じたために、言葉に出てしまったのだ。
「ああ、さっきの電話ね」
 玲子は、館内を見渡していた顔を下げ、優しく健太を見下ろした。
「うん」
 玲子には悪びれたところはないので、健太の思い過ごしだろうか?
「あれは、お父さんからの電話だったのよ。ここの美術館でデートするって話したら、お父さんも絵に興味があるみたいで、どの絵がいいのか分かっていたみたい。それで絵の感想を聞きたかったみたい。でも、本当は私のことが心配だったというのも本音なのかも知れないわね」
 と言って、笑顔で答えた。
 玲子の父親が娘を気にしていることは以前から聞いて知っていた。玲子としては、家族のことを知っておいてほしいということで結構早いうちから教えてくれていたので、意識しないといえばウソになるが、必要以上に気にすることはなかった。
「お父さんは、私が選んだ相手なら、問題ないって口では言ってるけど、内心は心配なんだって見ていれば分かるわ。でもね、お父さんもお母さんと結婚する時、おじいちゃんにも同じことを言われてずっと気にしていたらしいんだけど、実際に家に行くと、優しく迎えてくれたんだって、自分もそうなりたいって、いつも話してくれているわ」
 そういう話を聞くと、少し安心する。
 健太はその話を思い出しながら、玲子の言葉に安心していた。
――相手が他の男だったらどうしよう――
 などと考えてしまっていた自分が恥ずかしかった。
 玲子に膝枕されながら、自分の荷物を確認してみた。横には自分がいつも持っているお気に入りのショルダーバッグが置かれていた。
「あれ?」
 よく見ると、開きかかったカバンの中が点滅しているのが見えた。
――そうだ。あの時、電話に出ようとして、ショルダーバッグのファスナーを開けたんだった――
 すると、そこに光って見えるのは、携帯電話ではないか?
「カバン取ってくれるかい?」
 と、玲子に言うと、
「はい」
 と言って、玲子はカバンを渡してくれた。
 膝枕から起き上がった健太はカバンの中をまさぐりながら、携帯電話を見つけ、取り出した。
 パカっと開けると、そこには着信が一件あった。
「誰からだろう?」
 着信履歴を見ると、それは自分の母親からだった。ビックリして、リダイアルを押した。
着信はしているようだが、すぐには出てくれなかった。
――どうしたんだろう?
 気になって、一度切ったが、それから少しして折り返し掛かってきた。その声の慌てようは尋常ではなく、事の重大さを感じさせるものだった。
「健太、あんたどうして電話に出てくれなかったんだい?」
 血相を変えて食ってかかってきた。
「ごめん、実はちょうど立ちくらみを起こして、意識を失っていたんだ。でも、もう大丈夫だ」
「ああ、それならよかった。大至急、県立病院の救急センターまで来てくれないかい?」
「救急センター?」
 県立病院のしかも救急センターとは、確かに尋常ではない。
 しかし、家族の中に急病で運ばれるような病気を患っている人はいなかったはずだ。誰かが事故にでも遭ったのだろうか?
「ああ、詳しいことは来てから話すが、早紀が交通事故に遭って、病院に搬送されたんだよ。急いできてほしいのよ」
「分かった。とにかくすぐに向かうよ」
 県立病院までは歩いて行ける距離ではない。タクシーを拾うしかないのだが、うまく捕まればいいが……。
 事情を玲子に説明すると、
「それは大変、私も一緒に行くわ」
 と言ってくれた。
 玲子のことは家族皆知っていて、今日がデートだということも分かっていたので、玲子が来ても別に問題はなかった。
「美術館の表にタクシー乗り場があるけど、タクシーがいればいいんだけど」
 時間的に、夕方になっていたので、閉館時間がそろそろだった。タクシーが待機していてもいい時間ではあった。
作品名:二度目に刺される 作家名:森本晃次