二度目に刺される
「でも、男と女は絶対的に違うんです。男性にはなくて女性にあるものは結構あるでしょう? 例えば母性本能などそうですよね。つまり、子供を産むことができるのは女性だけなんですよ。そして、母親になれば、まずは子供を守ろうと考える。ここが男性とは違うところですね。女性が攻撃的になるのは、子供に危害が加わりそうな時、危害が加わらないように、外敵に対して攻撃的な態度に出るんですよ。でも、それは稀なことですよね。普段は子供のため、子供ばかりを見ていて、保守的になる。決して自分から攻撃はしない。ここでいう僕の『攻撃的』という意味は、『相手に対して攻撃する』という意味に限られるんですよ。だから、女性で攻撃的な人というのは、ありえないように思えるんですよね」
彼の言うことは極端な話ではあったが、説得力には十分だった。少なくとも、玲子を納得させるだけの十分な説得力であった。
そんな話をしているうちに、玲子は彼という人間に自分が興味を持っていることに気が付いた。
彼には彼女はおらず、まわりからは少々変わり者と思われていることも分かった。
もっとも、あんな詩を書くのだから、当然であろう。それだけ、彼のことを表面上しか見ていないという証拠であり、彼に限らず、世の中の女性は、皆表面上しか見ていないのではないかということを裏付けているように思えてならなかった。
玲子が彼に興味を持ったのは、自分よりも女性のことを知っているからだった。それは彼が過去に何人かの女性とお付き合いがあったということかも知れない。少し嫉妬もするか、興味の方が大きかった。
付き合い始めてから、やはり無理があったようだ。玲子の方から一方的に好きになり、彼はそれを拒否することもなく受け入れ、猜疑心がいつの間にか募っていることに気づいた玲子は、またしても自分の方から一方的に別れを切り出した。これに対しても彼は何も言わなかった。すべてが玲子の独壇場である。
しかし、付き合っている時、ずっと玲子が主導権を握っていたわけではない。むしろ彼の意見が結構通っていた。我がままなところもある彼の意見をしっかりと聞いていて、献身的な面を持っていたくせに、その反面猜疑心や嫉妬を表に出すこともなく、密かにためていたのだった。
そんな二人が付き合っていたと言えるのは、半年ほどだった。玲子の方では、
――自分で感じているよりも、長かったような気がするわ――
と思っているが、彼の方ではどうだろう?
長かったような気がするということは、まるでホットプレートの上に敷かれたクレープの生地のように平べったく、薄っぺらいものだったに違いない。
玲子は、彼と付き合っていて、一つだけ知ったことがあった。それを、健太に話してみた。健太には、秘密にしたくなかったので、彼がいたことは話していた。
「前にね、付き合っていた人と一緒にいた時、一つだけ知ったことがあったんだ」
「それはどういうことなんだい?」
「私は彼の影響もあって詩を続けているんだけど、その時『女性というのは、思春期には誰もが詩を書きたい』と思うらしいって聞いたの」
「それは、僕も妹の早紀から聞いたことが話だな」
健太はそのことなのかと思ったが、どうやらそうではない。玲子はさらに話を続けた。
「それでね。どうして女性が詩を書きたいと思うのかということよりも、まず、どうして女性だけなのかということを考えてみたの」
「それで?」
「女性と男性の大きな違いは、子供を産むか産まないかということでしょう? つまりは母性本能とつながりがあるのかなって思ったの。そして、詩を書きたいと思う時というのは、そのほとんどが思春期に共通していることだということで、その時の感受性と、自分の感性が一番養われる時だと思ったのね。感受性は持って生まれたものなのかも知れないけれど、感性は思春期のような成長期とともに一気に開花する。もちろん、その後もどんどん磨きが掛かってくるものだって思うんだけどね。そして、ここからは、彼と別れてから感じたことになるんだけど、女性というものは、男性に比べて、何かモノを作ろうとする『創造力』が強いと思うのよ」
「なるほど。だけど、男性にも『創造力』に突出した人はたくさんいるよ。芸術家にしても、研究家にしてもそうじゃないかな?」
健太の言う通り、そんなことは分かっているつもりだった。しかし、玲子の考え方は少し違っていた。
「ええ、あなたのいう通りなんだけど、でもそれは個々の人間という意味ですよね。男性と女性という比較になると、男性全体に比べて女性全体の方が『創造力』に長けているということなんだって思ったんです」
「ということは、女性のほとんどはその『創造力』を持っているということですよね。でも、その力が表に出てきていないということは、せっかくの力を見逃しいているということなんでしょうね」
「ええ、気づいていないんですよ。そして男性のように貪欲になることができないので、せっかくの力を表に出すことができないでいる。そこも、女性と男性の違いと言えるのかも知れませんね」
「僕は、自分の中にあるかも知れない『創造力』を信じているつもりです。だから絵を描いているんだし、芸術家のほとんどは、『創造力』が自分の中にあると信じていないと、長くはやっていけないと僕は思うな」
「そのくせ、健太さんは新しいものに疎かったりしますけどね」
と、皮肉たっぷりに笑顔で言った玲子に対して、苦笑いを返すことしかできない健太、ここでこの話はお開きになった。
そんな話をしていた数日後、今年の暑さにうだりながら何とか、七月を乗り切った。まだまだ夏という季節は半分も過ぎていないというのに、健太は夏バテに入っていた。
今までにも夏バテは何度か経験がある。小学生の時にも、中学時代も、そして高校時代にも一度はあった。大学に入って一年目はなかったのだが、二年目の今年のこの暑さには、健太でなくとも夏バテをしている人はたくさんいたのだ。
夏バテをすると、今までもそうだったが、健太の場合、食欲がなくなってくる。それも極端で、それでも段階を経ての食欲低下なので、あまり目立たない。それだけに、人から指摘されることもあまりなかった。
第一段階としては、米の飯を食べなくなる。米の飯というのは、口の中ですぐに粘ってくるので、それが夏の間には苦しくなるのだった。しかも、毎日食べていると飽きるというのも、辛いところであった。
健太の性格的に、好きなものを集中的に食べて、それは飽きるまで続く。飽きてしまうと見るのも嫌になる性格なので、他の人に比べると、飽きるのも少し早くなっているのかも知れない。
ハッキリ言って、夏のように食欲が低下する時期は、毎日食べているものは、すぐに飽きが来ていた。それが一番序実に現れたのが、米の飯だったのだ。
「もう、見るのも嫌だ」
と思いながら、目を逸らしていた。見てしまって今までおいしそうだと思っていた匂いが今度は咽る原因になってしまうのだから皮肉なものだった。
「まるでつわりのようじゃないか」