二度目に刺される
「そのうちに、何が書きたいのかっていう思いに変わってくる。そして、最後には、『自分に書けるものを書こう』という風に、気持ちは変わってきたの。つまりは、どんどん焦点が狭まっていくというか、対象がまわりから自分中心に移ってくるのよね。最初にまわりが読んでくれるような詩を書いて、専門家に認められると、それを職業にする人が出てくる。でも、それがダメなら、今度は自分発信で、書きたいものをまわりに見せようと考えるのよ。大体、ここまで来て書きたいものが見つからない人は、そこでやめてしまうと思うのよね。でも、私の場合は、そこからもう一つ焦点を狭めて、自分が書けるものという気持ちで考えると、結構気が楽になってきたの。評論家の人たちは、書きたいものを書けばいいというでしょう? 書きたいものってそんなに本当にたくさんあるのかなって私は思うの。自分発信で、まわりを見るのも限界があるって思うのよね。でも、書きたいものがなくても自分に書けるものってあると思うのよ。そう思うと気が楽になって、細々と続けることができたというわけなの」
「なるほど、早紀の言いたいことは分かった気がするよ。僕も絵を描いている時、同じような気持ちになったことがあった気がしたんだ。でも、それを認めるというのは、自分に描きたい被写体がないことへの言い訳のような気がして、描きたいものがなければやめなければいけないというのも、何かおかしい気がしたんだ。でも、早紀にそう言われると、お兄ちゃんも気が楽になってきた。やっぱり兄妹、考えることは同じなんだな」
そう言って、ニッコリと健太は笑顔を見せた。
しかし、その時同時に早紀の顔に翳りが見えたのを健太は分からなかった。いや、違和感は感じていたが、その表情の意味が分からなかったことで、自分では認めたくないという思いから、意識しないようにしていたのかも知れない。
早紀と、そんな話をしたのを思い出しながら、玲子が詩に勤しんでいるという話を聞いていた。
「玲子さんは、詩を書く目的というのは、何かあるんですか?」
健太の質問に訝しそうな表情をした玲子だったが、すぐに気を取り直したのか、いつもの表情に戻り、
「目的というのは、ハッキリとはないですよ。別に詩人になろうとか、詩集を出そうとか、同人誌のサークル活動しようかとまでは思いませんからね。たぶん、ずっと続けていると、そのどれかに当たるか、あるいは、コンクールに発表するような作品を作るかのどちらかになるんじゃないですかね。私はそのどれにも興味はないんですよ」
「じゃあ、趣味として細々とという感じですか?」
「そうですね。どこかに発表しようとも思いませんからね。自己満足の類だと思っていただいていいと思います」
実は、この言葉にはウソがあった。
ウソというよりも、言っていることにウソはないのだが、言葉が足りないというべきか、他に考えることがあるということである。
玲子は、高校時代に付き合っている男性がいたのだが、彼が詩に造詣が深かった。同じ高校だったのだが、彼は文芸部に所属していた。その時に書いていたのが、詩だったのだ。
玲子は文芸部に所属していたわけではないが、彼の詩は知っていた。文芸部で発行している同人誌で初めて彼の詩を見たのが最初だった。
ちょうどその頃玲子は、
「私は何を書きたいと思っているのか?」
ということをずっと考えていた。
詩を書くのをやめようとは思っていなかった。しかし、詩を書き続けるためには、何が書きたいのかハッキリと分かっていないと続けていけないということを、信じていたのだ。
そんな時、彼の詩を見て、規格外の作品に衝撃を受けた。表現も露骨で、掲載ギリギリの表現に、ビックリさせられた。
――一体、どんな人が書いているんだろう?
と、まるで鬼畜のような人が書いているんだろうと思い、想像は妄想に変わっていった。
ふとしたきっかけで、その作者を見ることができたのだが、そこにいたのは、精悍な顔立ちで、笑顔が似合う一目で見て、好青年を思わせた。
――こんな人がどうしてあんな作品を作れるのかしら?
愛欲に塗れていたり、エログロの世界を短い詩に織り込んでいた。
玲子は、自分がエログロな世界の作品を毛嫌いしたから、彼に興味を持ったわけではなく、詩のような短い文章で、いかにして誰もが顔をしかめるような印象を与えることができるのかということに興味を持ったのだということに気が付いたのだ。
最初は明らかに毛嫌いしていたはずなのに、そのうちに彼の才能に魅了されている自分を感じたのだが、少なくとも、彼の雰囲気を見て、自分の見方が変わったわけではないと言いたかった。
友達のつてを頼って、彼に接近した玲子は、やっと話ができる距離まで近づいた。玲子自身、自分がここまで積極的だったということに、初めて気づいた時でもあった。
「あなたの作品に、興味を持ちました」
というと、
「女性からはいつも敬遠されるので、そんなことを言われるというのは複雑な気分ですね」
「あなたは、あの作品を誰に読んでもらいたいと思って書かれているんですか?」
「誰に見てもらいたいかって? おかしなことを聞くものですね」
「なかなかあれだけの刺激的な作品を受け入れてくれる人って、限られているような気がするんですよ」
「でも、あなたは興味を持ってくれたんでしょう?」
「興味を持ったというよりも、詩のような文法や文字数の限られた中で、よくあれだけの発想を与えることができるものだって感じたんですよ」
「なるほど、そういうことですね。私は逆に詩だからできたと思っているんですよ。もしあれが、ショートショートの小説だと難しいと思うんですよね。要はアクセントだったり、リズムだったりするんですよ。考えても見てくださいよ。歌詞のある音楽だって、決められた文法に限られた文字数でしょう?」
「でも、音楽の場合はメロディがありますよね。聴覚に訴えるだけの力が言葉以外にもあるんですよ」
「同じですよ。音楽だって、詩に合うメロディでなければ、印象に残ることはない。メロディがあろうがなかろうが、アクセント、つまり言葉の強弱ですね。それとリズムというところに、文法という発想が結びついてくるんじゃないでしょうか?」
「私は、最近まで詩を書いていたんですが、やめようかと思っていたんですよ。でもやめるのをやめます」
そういうと、彼はニッコリと笑い、
「そういえば、女性は思春期になれば、誰もが詩を書きたくなるというのをご存じですか?」
「いえ、知りません。確かに私の友達は皆、一度は詩に興味を持ったのですが、それは男性も同じだと思っていました」
「確かに、僕のように詩に興味を持つ人もいますが、珍しいくらいですね。詩というのは攻撃的な感覚を持った人にはそぐわないようで、いかに、自分の感情を押し殺して描くことができるかということが一番難しいと思っています」
「なるほどですね。でも、女性にも攻撃的な感覚を持った人はいますよ」