二度目に刺される
「でも、数か月で冷めてしまったんだろう?」
「ええ、書きたくなったのもいきなり、冷めてしまったのもいきなりだったのよ。どうしてなのか分からないけど、友達に話してみると、『それは、恋愛感情に似たもので、好きになるのもいきなりなら、冷めてしまうのもいきなり、それがあなたの場合の恋愛感情なのかも知れないわね』って言われたの。ちなみにその友達は、今でも詩を書いているわ。冷めかかったことはあったらしいんだけど、いきなりではなかったので、またすぐに書きたくなったんだって」
その気持ちは健太にも分かった。
健太も絵を描くようになって何度か、
「やめてしまおうか」
と考えたことがあった。
しかし、やめなかったのは、冷めかかった情熱が急激ではなかったので、冷めかかっている中で、描き始めた時の楽しみさがよみがえってきたからだ。
「やめなくてよかった」
とは、全面的には思っていないが、絵を描いている時、どんどん楽しくなっているのは事実だった。
「楽しければそれでいい」
という思いが、絵画を趣味にしている一番の理由になっていた。
しかし、人から、
「どうして、絵を描いているんですか?」
と聞かれた時、
「楽しいから」
と答えることに抵抗があった。
もし、この同じ答えを、詩を書いている妹がすれば、
「それが一番だ」
と答えるであろうが、自分のこととなると、この返事はまるで何かの言い訳にしか聞こえない。それが嫌だったのだ。
「でも、僕は思春期に詩を書きたいなんて思ったことはないよ」
「そのことなんだけど、私のお友達だから、皆女の子なんだけど、思春期に詩を書きたくなるのって女の子ばっかりじゃないかって思うようになったのよね。実際に、最初にお友達と話をしている時、彼氏のいる友達もいたんだけど、彼氏さんは詩を書いたりはしないって言っていたわ」
「じゃあ、思春期に詩を書きたくなるというのは、女性特有の感覚なのかな?」
「私も最初はそう思ったんだけど、それからしばらくして、他の友達から、その友達の弟が思春期になって詩を書くようになったんだって、それで、友達がその弟に、どうして詩を書きたくなったのかって聞いたらしいの。そしたらね、自分でも分からないって答えたらしいのよ」
「ということは、女性だけに限ったことではないということなのかな?」
「そこが分からないの。その友達のところは、姉と弟が仲が良くて、特に弟はいつも姉の後姿ばかりを見ていたっていうのよね。だから、詩を書いているお姉さんの後姿を見ていて、弟も詩を書きたくなったとしても、それは不思議のないことだって思うのよ。だから、その友達のところが例外であって、本当は、思春期に詩を書きたくなるのは、女性特有の本能のようなものなんじゃないのかな?」
「男と女は、肉体的にまったく違ったものだよね。特に違う部分というのは正反対だったりする。でも、その二つは凸凹の関係であって、合わせると一つになる。それは、一足す一が二になるという単純な算数の計算では説明できない何かがあるような気がするんだ。女性にだけあるそういう習性というのは、男性の存在なくしてありえないものだと考えるのは、お兄ちゃんの考えすぎかな?」
少しきわどい話になったのを、うまくごまかしながら話したつもりだったが、早紀はその時考え込んでいた。
「確かにお兄ちゃんの言う通りだわ。私もその意見には賛成なのよ。でも、女性には男性にない絶対的なものを持っている。それは良くも悪くも女性だけのものなのよね」
「子供を産めるのは、女性だけだからね」
「でも、そのために、男性には分からない苦しみがあるのよ。月に一度の生理もそうだし、子供が生まれる時の陣痛だったり、産みの苦しみだったりというのは、男性には分からないっていうわ」
「それだけ、女性は男性よりも肉体的には強くできているんだろうね」
「ええ、だから、精神的にも男性よりも女性の方がデリケートにできていると思うの。特にバランス感覚というのは、男性よりもいいんじゃないかな?」
「そのバランス感覚というのは、平衡感覚というだけではなく、精神と肉体のバランスだったり、精神の中でも相反するもののバランスであったり、ジレンマなんかもそうかも知れないね」
「だから、詩を書くという行為が、女性の中で神聖なものとして考えられるのも、不思議なことじゃないって思うの。詩を書く時というのは、目の前にある情景をまず自分ですべて受け入れて、そこから必要なものだけを抜き出すような気持ちになった時に書けるんじゃないかって私は思っているわ」
「僕は絵を描いている時も、目の前の光景をまず遠近感とバランスで考えるんだ。そして省略できるところがあるかどうか、考えるようにしている」
「絵を描くのって、省略しちゃいけないんじゃないの?」
「そんなことはないさ。必要ないと思ったものを省略して描くことだってある。逆に、省略してしまうと、見えていないところを想像して描くことになるので、そのあたりが、個性の発揮できるところではないかって思うんだ」
「お兄ちゃんは、最初に絵をどうして描きたいと思ったの?」
「その時は、何かのきっかけがあったと思うんだけど、今となって思い出そうとすると、どうにもハッキリしないんだ。それに絵を描きたいと本当に思ったのかどうか、怪しいものなんだ」
「でも、どこかで、本当に描きたいと思わなければ、描き始めることはなかったのよね?」
「それはその通りだと思うんだけど、本当に最初に思ったのは、絵を描けるようになれるといいなって感じた程度だったんだ。しかも、それはもっと小さな子供の頃で、そう感じた時もすぐに意識は薄れていった。そのくせ、その時のことは鮮明に記憶しているんだよな」
「その時の記憶が鮮明だから、絵を描き始めるきっかけになったことが曖昧なんじゃないの?」
「そうかも知れない。いや、きっとそうなんじゃないかって、最近はそう思うようになってきたんだ」
健太は妹を正面から見つめて、そんな話をしたことを思い出していた。
「私も、実はまだ詩を書いているのよ」
てっきり書くのをやめたのだと思っていたので意外だった。
「細々と書いているんだね?」
「ええ、書き始めた最初は、結構楽しくて、お兄ちゃんにも見てほしいって思っていた李したでしょう? それって結構恥ずかしいものだったのよ。でも、どんな顔されるんだろう? って思うと、ドキドキしていたの。だから見せた人の最初にどんな顔をするかというのが、一番の興味だったのよ」
さらに妹は続けた。
「私が詩を書き始めた時、これは他の人も皆同じなのかも知れないけど、最初は、どんな詩を書けば皆が読んでくれるのかって考えるのよね」
「うんうん」