二度目に刺される
特にその年の冬は寒かった。
「今年の夏は、例年になく、暑さが厳しいようです」
と、この夏の予想をするニュースを見ていたので想像はできたが、七月の声を聞くとともに、それまでのジメジメした梅雨の時期から一変して、カラッと晴れ上がった。しかし、湿気だけは残ってしまい、暑さは最悪の度合いを示していた。
そんな頃だっただろうか。健太に彼女ができた。
同じ大学の女の子で、名前を姫島玲子という。
健太の方からアプローチしたわけではない。友達から誘われた合コンに参加し、その時に知り合った女の子だった。
合コンに参加した理由は、親友から、
「お前たち、本当に血の繋がりがあるのか?」
と、妹のことを言われてから、少ししてのことだった。
――あまり意識しないようにしよう――
と妹のことを、頭の片隅に追いやろうとした。
しかし、意識しすぎるせいか、なかなかうまくいかない。そんな時、
「合コンやるんだけど、来てくれないか?」
と言われた。
今までも、合コンには参加したことがあり、いわゆる「その他大勢」の一人だった。数合わせと言ってもいいだろう。
そんな合コンだったので、カップルになることはなかった。もしアドレス交換するようなことがあっても、相手から連絡があった試しはない。こちらから連絡するというのも、合コンの時に会話が弾んだのならまだしも、解散間際になって聞かれただけなので、それも何か違うと思えた。
「どうせ、そんな女の子は、他の男性にも聞いてるさ」
そう言われて、当然のことだと思った。
そういえば、高校の学園祭の時にも同じように聞かれたことがあったが、連絡はこなかった。その時の記憶はしばらくは鮮明だったはずなのに、途中から薄れてくると、一気に意識から記憶に移ってしまい、思い出すこともなくなっていた。
玲子がアドレスを聞いてきた時も健太は、
――どうせ、連絡なんかしてこないさ――
と、簡単に交換した。
「ありがとうございました」
と、深々と頭を下げてくれたことには好感が持てたが、それ以上を期待するつもりはなかった。
連絡があったのは、それから二日後のことだった。
「またお会いしたいのですが、よろしいですか? ご迷惑でなければ、予定を合わせますので、ご連絡お願いします」
というメールが届いた。
こんなことは初めてだった。健太はさっそく親友に話に行った。気分としては、鼻高々であった。普段の自分と違っていることは意識していたが、どの程度違っているのかまでは分かるはずもない。
「よかったじゃないか。これを機に付き合うようになればいいって俺は思っているよ」
「そうか、ありがとう。何とか頑張ってみるよ」
と答えたが、今までに大人のお付き合いなどしたことがない健太だったので、どうしていいのか分からない。モジモジしていると、親友はいろいろと教えてくれた。
「ここまで言わないと分からないか?」
というほど、女性との付き合いに関してはウブだった。
逆に親友は慣れたもので、こんな自分にまで親切に教えてくれる。
「小五郎、お前だけだよ」
と、恩に着る気持ちでいっぱいだった。
親友は名前を坂本小五郎という。名前の由来は、明治維新の元勲「桂小五郎」と、名探偵「明智小五郎」から来ているという。母親がミステリーが好きで、父親が歴史、しかもその中でも幕末が好きだということで、命名には二人の意見が通った形だった。
彼はその名前にふさわしく、勘の鋭いところは、「明智小五郎」のようで、決断力に長けているところは「桂小五郎」のようだというべきであろうか。
「女の子というのは、おだてに弱いということと、気を遣ってくれる男性には頼もしさを感じるものだ。まずはそこから考えてみればいいんじゃないか?」
と教えてくれた。
もちろんそれだけではないはずなのだが、最初はそれだけしか教えてくれなかった。
「最初からいろいろ詰め込んでも、混乱するだけだ」
と思ったのだろう。入門編としては、これくらいがちょうどいいと、後から思うと感じる健太だった。
健太は小五郎の「忠告」どおりに、初デートを乗り切った。あまり人に気を遣うことをしない健太には一番の問題だったが、なぜか彼女と一緒にいると、気を遣っているつもりもないのに、勝手に行動していたのだ。
――変に考えない方がいいのかな?
とも思ったが、それでも最初に他人から意識させられたことがよかったとも言えるだろう。
だが、逆に相手をおだてるというところは無理があった。どういっておだてればいいのか分からなかったからだ。
「梶谷さんは、兄妹がいらっしゃるんですか?」
「ええ、妹がいますよ」
「そうなんですね。私は兄がいるんですよ。でも、その兄は私が中学生の時に、東京に出てからほとんど連絡をしてこなくなったんです」
「それは寂しいよね」
「ええ、最初は本当に寂しかったんですよ。だからお兄ちゃんになってくれるような男性を求めていたのも事実なんですが、最近では兄がいないことに慣れてきました。だから合コンに出席しても、いつもただいるだけだったんです。それなのに、今回は梶谷さんが気になってしまったんです」
「僕がお兄ちゃんに似ていたりするのかな?」
「体型も雰囲気も似ているという感じはしないんですが、どこか気になってしまうところがあったんですよ」
「僕はお兄ちゃんの代わりということかな?」
「いえ、そんなことはないですよ」
これ以上、この話を続けるのは無理があると思い、健太は何とかここで話を変えることにした。
「ところで玲子さんは何かご趣味をお持ちですか?」
「私は、これと言ってないんですが、時々思いついた時に詩や俳句を作ったりしています」
「ほう、それはなかなか和風なご趣味ですね。素敵だと思いますよ」
「梶谷さんは?」
「僕は下手な絵を描いたりしています。お互いに芸術的な趣味ということで、合うかも知れませんね」
「ええ、それだと嬉しく思います」
健太は、詩や俳句の世界に興味があるわけではないが、玲子を見ていると、
――ちょっと興味を持ってもよさそうな気がするな――
と感じた。
そういえば、妹の早紀が詩を書いている時期があった。あれは、早紀が中学生の頃だっただろうか。書いているのを見て、
「早紀が詩を書くなんて意外だな」
というと、
「最初は詩を書くなんて、考えたこともなかったんだけど、ある日急に書きたくなったの。何かのきっかけがあったというわけではないんだけど、何かひらめくものがあったと言うのが一番適切な答えかも知れないわ」
「詩を書いていて楽しいかい?」
「ええ、その時は楽しかったわ。でも、数か月で急に興味がなくなったというか、冷めてしまった気がしたのよね。別に他に興味が沸くものがあったわけではないんだけど、今から思うと、どうして詩を書きたいなんて思ったのか分からないの。でも、一つだけ考えていることがあるの」
「どういうことだい?」
「それは、思春期というのは、無性に詩を書きたくなる時期があって、それは私に限ったことではなく、皆そうだって思っていたのよ。私の知っている友達は皆そうだった。だから私もその中の一人だと思って、別に疑問にも感じずに、詩を書いていたの」