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次元を架ける天秤

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「ええ、それを教えてくれたのが、雑誌記者でした。彼が言うには、『君は確かに研究所のお金で今こうして研究員として研究できる。自分の夢を叶えたと思っているようだけど、でも少しおかしいと思わないかい?』ってね」
「何となく分かる気がする」
 これまで自分のこととして歩んできた人生の当事者である秋田助手には気づかなかったかも知れないが、話を端折りながら根幹だけ聞いて、さらに他人の目で見ていれば、おのずと見えてくるものもあるというものだ。
「分かるでしょう?」
「ああ、要するにその見舞金が大きすぎることに疑念を浮かべなかったことを言いたいんだろうね」
「そうなんですよ。僕は当事者なんだけど、当時は中学生で大人の世界には首を突っ込んではいけないと思っていたこともあり、そのまま勉強して大学に入り、そのまま研究所に入所できたのは、ひとえに自分の努力のたまものだって思っていました。もう少し自分を客観的に見れば、まわりが見えたのに、それを見なかったというのは、逃げに近い心境があったのかも知れません」
「いや、それは仕方のないことだと思うよ。僕が君の立場であれば、どう感じたのか、自信がない。あまり自分を責めない方がいい」
 そう言って秋田助手を慰めた。
「でも、その話を雑誌記者から聞いた時、確かにその通りだと思ったんですよ。見舞金にしては大きすぎる額、だって一般企業とは桁が違ったそうですからね」
「ハッキリとした金額は確認したのかい?」
「いえ、全額という意味ではハッキリは分からないんですよ。年金のように分割で支払われたいましたからね」
「分割?」
 その話を聞いた時、健一には別の発想が浮かんできた。
「ええ、二十年単位だと思います。だから今も支払われているんですよ」
「それは、本当に見舞金なんだろうか?」
「どういう意味ですか?」
「見舞金というのは、一括で支払われるのが普通じゃないかな? この研究所は確かそうだったと思うけど。それについて、調べたりはしていないのかい?」
「ええ、自分は中学生だったので、母親が見舞金だと言えばその通りに信じるしかなかったんですよ」
「そうかも知れないね。でも、見舞金が分割だということはいつ知ったんだい?」
「雑誌記者と話をした後ですね」
「その時に、雑誌記者は、見舞金について何て言っていたんだい?」
「見舞金にしては金額が大きすぎるという話でした」
「じゃあ、分割という話はその時に出たわけではないんだね?」
「ええ、記者から聞いて、過去の預金通帳を見ると、毎月決まった額、研究所から振り込まれていたんですよ。それも、数十万単位のお金ですね」
 健一はこの会社の就業規則や福利厚生について、そんなに詳しいわけではないが、見舞金という名目に分割はないことを知っていた。それは一度上司が会社の帰りに交通事故で亡くなった人がいて、その人には会社から見舞金と労災が下りた。どちらも一括だったような気がする。
「そういえば、母は会社に労災申請をしなかったような気がする」
 秋田助手は思い出したように呟いた。
「労災には申請が必要で、結構大変だったりするよね」
「ええ、母はそれをしませんでした。今から思えば見舞金という名目のお金が大きかったからなのかも知れないな」
「でも、労災申請をしなかったというのは、本当にそれだけなんだろうか? 何か圧力がかかったとも考えられる」
「圧力? どこからですか?」
「研究所か、あるいは、研究所が委託している保険会社になるのかも知れない」
「保険会社……」
 その時、健一には別の仮説が頭をもたげていた。
「君たちが貰っていた見舞金という表現のお金は、本当に見舞金だったんだろうか?」
「どういうことですか? 母もそう言ってましたし、研究所の人もそう言っていました。そして何よりも、雑誌記者の人も、見舞金という言い方しかしませんでしたし、見舞金の金額が大きすぎるということに疑問は感じているとは言っていましたが、分割であることや、それ以上の話はしていませんでした」
「それがそもそもおかしいよね?」
「えっ」
「だって、その人はいろいろ調べて、見舞金が大きすぎると言ったわけでしょう? ということは最初から分割だったということを分かっていて、敢えて君にそのことを言わず、金額が大きいことだけを強調した。何かおかしいと思わないかい?」
「確かにそうですね」
「君は、うちの研究所の福利厚生についてはあまり知らないようだね」
「ええ、あまり興味もなかったし、会社から見舞金をもらっている立場で、福利厚生というのもないものだって思っていました」
「君がそう感じるのを研究所は分かっていたのかも知れない。つまりは、分割であるということをそれとなく知らせるというね」
「えっ、ということは、あの雑誌記者が僕の前に現れていろいろ話したのは、見舞金が分割であることを、僕に調べさせるため?」
「もちろん、その雑誌記者の本当の目的は分からないけど、一つはそれも目的だったのではないかと感じるのも、無理もないことではないかと思うんだ」
「でも、何のために?」
「君に、この会社の福利厚生に対して、あまり興味を持たせないためさ。ここは興味を持った人には福利厚生に関して公表するけど、それ以外は公表していないからね」
「どういうことなんですか?」
「福利厚生の中でも、今回問題になっているのは保険じゃないかって思うんだよ」
「保険ですか?」
「ああ、この会社はあまり知られていないんだけど、会社の内部に生命保険のような制度があるんだよ。名目は大手生命保険の代理店のような感じなんだけど、実質は研究所独自の保険なんだ。そういう意味であまり広く知られては困るので、そのために福利厚生に関しては、あまり公開していないのさ」
「そうなんですね。興味のないことだし、分割で会社からお金をもらっていると思ったから気にもしていませんでした」
「それが狙いだったのかも知れないな」
「何のためですか?」
「君たちが貰っているお金が、保険から払われているということを知られたくないからさ」
 そこまで言っても、秋田助手にはピンと来ていないようだった。
 秋田助手は、確かに研究員としては天才的なところがあるが、世間一般常識という意味では、ほとんど知らないと言ってもいい。普通の生命保険のシステムも、ほとんど知らないのかも知れない。
「君は生命保険とか入っていないのかい?」
「入っています。担当の人が話に来てくれたこともありましたが、チンプンカンプンでしたね」
「ひょっとして、母親任せのところがあった?」
「ええ、そうですね」
「なるほど」
「ということは、難しい手続きなどは母親が全部自分でやると言って任せていたわけだね」
「ええ」
 少し恐縮していたようだが、
「いや、責めているわけではないんだ。これで少し分かってきた」
「どういうことですか?」
「君たちが貰っていた見舞金というのは、本当は会社の保険だったんだよ」
「それが、大きな問題なんですか?」
作品名:次元を架ける天秤 作家名:森本晃次