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次元を架ける天秤

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 従うしかなかった麻美は、石狩教授についていく。その時も、
――気持ちは拒否しているつもりなのに――
 と、身体が動かないことを訝しく思っていたが、前を歩く石狩教授の顔は見えないのに、見つめられて金縛りに遭っている自分しか想像できなかった。
 石狩教授が招き入れた場所は、寝室だった。
 Wベッド並みの大きさのベッドが二つ、部屋には置かれていた。部屋自体も大きいので、ベッドがそんなに大きくは感じられないが、今まで二人で通ったホテルのWベッドを思い出し、目の前にあるのがWベッドであることに対し、一点の疑問も抱かなかったのだ。
 さすがにこの部屋に入る時、麻美はたじろいでしまった。それでも吸い寄せられるように入ったのは、ベッドを見たからだろう。
――心では拒否しながら、身体は……
 と、自分の身体が昔の自分を思い出していることに気づいて、戸惑っていた麻美だった。
――あの時の想いはすでに消えてしまったはずなのに――
 身体が覚えているということは、もしここで彼に愛されるとすれば、まるで昨日のことのように感じることになるだろうと麻美は思った。
「麻美」
 石狩教授は、それまでの紳士の皮を一気に剥いで、オオカミになった。羽交い絞めにされた麻美の顔に、石狩の顔が覆いかぶさってくる。完全にオオカミと化した石狩を、麻美は凝視できなかった。
「いや」
 と、手で払いのけるようにして腕を突っ張ったつもりだったが、これが男と女の力の差なのか、抵抗らしい抵抗はできていなかった。
 いや、それともこれこそが、
「女の性」
 なのかも知れないと感じた。
 もし、そうであるとすれば、女の性というのは、
「これほど悲しいものはない」
 と言えるのではないかと感じていた。
 この思い、以前にもした記憶があったのだが、それがいつだったのか思い出せない。相手があってした思いなのだとは思うが、それが石狩教授だったのか、それとも夫の秋田だったのか、はたまた、他の誰かだったのか、それによって今感じている女の性が、これからの自分の運命を左右するものになるのではないかと思っていた。
 ベッドに押し倒された麻美は、あっという間に、着ているものを剥ぎ取られ、あらわな姿になった。
「綺麗だよ」
 と言って身体中にキスの嵐を浴びせる石狩教授の愛し方は、懐かしさしかなかった。
――まるで昨日のことのように思い出せるのに――
 さっき感じたことをやはり感じた。
 昨日のことのように思い出せたということだが、それなのに、懐かしさを感じるというのもおかしなものだった。
 ただ、この懐かしさは、どれほど前の懐かしさなのか分からない。身をゆだねる想いで思い出した感情だったのに、その感覚を分析しようとすると、ベールに包まれてしまう。
――神秘的なことに対しては、分析などいう野暮なことをしてはいけないのかも知れないわ――
 と、感じた。
「ああっ」
 麻美の中の血が逆流を始めた。
 静かな部屋に響く二人の息遣い。普段よりもハスキーに聞こえたのは、それだけ部屋が閑散としているからなのだが、それとは別の感覚が、その時になって初めて感じられた。
――そうだわ。この屋敷全体が乾燥しているんだわ――
 という感覚だった。
 ベッドの中で貪るように愛し合っているのだから、淫靡な匂いが部屋全体に蔓延っていてもいいはずだった。それなのに、どこか感情を高ぶらせるような匂いを感じることができない。そのせいで、
――いつもの感情の高ぶりには、あの時の淫靡な匂いが大きな影響を及ぼしているんだわ――
 と感じたのだ。
 この部屋の乾燥に気づくと、最初に感じたカビ臭さが脳裏によみがえってきて、それを感じると、今度は違う意味での興奮が麻美を襲った。
「あああ、私を自由にして……」
 思わず叫んでしまったその言葉を感じた麻美は、我に返って、カッと目を見開いた。
――私は何というふしだらなことを言ってしまったんだ――
 と、感じ、とっさに横で自分に抱きついている石狩教授を見つめた。
 彼は、何もなかったかのように、麻美に貪りついていた。
――どうしてこの人は、何も反応しないの?
 まるで麻美がそんなことを口走る女だということを分かっていたかのようではないか。麻美は、それを見た時、なぜか悔しいと思った。
 それでも、一気に駆け上がった快感は、次第に頂点が見えてくる。二人は同時に達した頂点で、何かを叫んだと思ったが、気が付けば、憔悴した状態で、二人は息を切らせていた。
 石狩教授は何も言わなかった。
――ここまで憔悴している彼を見たのは初めてだわ――
 それだけ麻美を必死で愛したということなのか、それとも、最近していなかったことで、ペースが分からなかったから、疲れが倍増したからなのか、麻美は前者であってほしいと願った。
 そんな麻美が横から自分の顔を見ているのを知ってか知らずか、石狩教授は、そのまま眠りに就いてしまった。
――どうやら、深い眠りのようだわ――
 寝息というよりも、鼾に近い声だったので、麻美もそれを見ていると睡魔に襲われるのを感じた。
――こんなに激しかったのって、今までにあったかしら?
 と思えるほどで、本当なら満足していていいはずなのに、さすがにそこまでは感じていなかった。襲ってくる睡魔に身を委ねるようにうたたねていると、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
 その時、夢を見たような気がしたが、意識があるだけで、まったく覚えていない。覚えていないということは少なくとも怖い夢ではなかったということで、怖い夢を見たという感覚が身体に残っていないので、そこは安心していた。
 かといって、幸せな夢でもなかっただろう。もし幸せな夢を見ていたのだとすれば、目が覚めて我に返るまで早かったはずだからである。幸せな夢から覚めるのは、現実を最初から意識していたという証拠で、
――一番目覚めが早いのは幸せな夢を見ていた時だ――
 という感覚は、今まで持っていたものだった。
 麻美が、目を覚ましてから石狩教授が目を覚ますまでにどれほどの時間が経っただろう? 麻美は石狩教授の寝顔を見ながら、昔の不倫時代を思い返していたはずなのに、石狩教授が目を覚ました時、麻美は自分が考えていたことを忘れてしまっていた。そのせいで、どれほど時間が経ったのか、意識がないのだろう。
 本当の時間は分かっても、意識というものがないと身体が覚えていない。
 これは身体が覚えていないから意識がないのか、それとも意識がないから身体が覚えていないと思うのか分からないが、少なくとも、身体が覚えていないということが根底になることには違いないだろう。
「う〜ん」
 石狩教授が目を覚ましそうだった。
 彼が目を開けるまでに時間が掛かることは分かっていた。徐々に意識を取り戻そうとしている姿を見ていると、
――私も同じなのだろうか?
 と、自分は少し違っているように思えた。
 それは、自分が他の人と違うのか、彼の方が他の人と違うのか、それとも、二人ともそれぞれに違うのか、考えてしまう麻美だった。
「おはよう、麻美」
 この時になって初めて麻美のことを呼び捨てにする。
 それまでは、ほとんど名前を呼ぶことはなく、呼ぶとしても、
「麻美さん」
作品名:次元を架ける天秤 作家名:森本晃次