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次元を架ける天秤

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 もちろん、自分が麻美の前では結界という発想を否定したなどということは一言も言っていない。言ってしまうと、秋田に余計な考えを抱かせないとも限らないと感じたからだ。
「それなら、最初から秋田に結界の話と麻美の関係をしなければいいのに」
 と思われるかも知れないが、言わなければいけないという理由が坂口の中にはあったのだ。
 それは、相手が秋田であり、麻美の夫だったからだ。
 麻美という女性は、一人だけで考えてしまうと、その発想はとどまるところを知らず、妄想が想像に繋がり、そのまま創造してしまいかねかいからだ。
 麻美は今までも、何もないところからの発想が、麻美発信で、形になって現れたということが何度かあった。
 普通の人にもないわけではないが、一生のうちに二度あればいい方だろう。しかし麻美の場合は二度どころか、しょっちゅうそういうことがあるのだ。
 麻美が他の女性と発想も違えば、現実世界で創造させてしまう力を持っていることに気づいているのは、坂口だけだった。そのうちに気づく人もいるのだが、それが秋田少年であることは、その時誰も分かっていなかった。
 秋田少年は、麻美のことを好きでも嫌いでもなかった。
 普通、自分の母親に対しては、好きか嫌いかのどちらかであろう。今までもこれからも関わりなくして生きていくことなどできるはずはないからだ。
――この子は、何か不思議な力を持っている――
 と麻美は思っていたが、その想いには間違いはなかった。
 父親も分かっていて、分かっているだけに、秋田少年には余計に「型どおりの人間」を演じた。秋田少年が父親を「反面教師」として感じたのも、このあたりに原因があるに違いない。
 秋田教授は自分の子供も、麻美も愛していた。この気持ちに変わりはない。それだけに余計に気持ちの中に入り込もうとしたのだが、どうしても入り込むことのできないエリアがあった。
――やっぱり、息子は母親似なんだな――
 と秋田教授に思わせたが、その思いに間違いはなかった。
 秋田少年もそのことを分かっていて、
――母親に似てよかったな――
 と感じていた。
 秋田教授もそれでいいと思っていたので、それなりに悪い家族関係ではないはずなのに、どうしてもぎこちなくなるのは、それこそ人間臭さのたまものであろう。人間臭いという言葉、秋田教授は嫌いではなかったが、秋田少年は嫌いでたまらないくらいだった。あくまでも二人の間には結界があり、決して交わることのない平行線を描いていた。
 夫婦間がギクシャクするのは確かに子供の教育にはよくないが、ギクシャクさせたくないからと言って、表面上を取り繕うのは、もっといけないことだ。
「子供って、見ているのよ。分かっていないようでも、見ることで理解しようとする。理解できなくても、善悪の区別くらいはついてしまうのよ。しかも、そこに妥協はないので、悪いことだと思うと、とことん悪いことに思えてくる。大人のように都合を考えたり、まわりを考えたりしないの。だから、子供って怖いのよね」
 と話している奥さんがいたが、その話を麻美は他人事のように聞いていた。
 本当は、一番自分が身近に感じているはずなのに、感じないのだ。やはり他人事だと思うことが一番楽だったからだろう。
「うちの子に限って」
 何かあった時、お母さんが最初に口にする言葉である。
 意識するしないにかかわらず、たいていのお母さんは、最初にこの一言を口にするに違いない。
 麻美は口にこそ出さなかったが、息子が反抗期の態度を見て、心の中でそう呟いていたことだろう。そういう意味では、麻美もその辺のお母さんと変わりはなかった。
 そのくせ、
――自分は他のお母さんたちとは違う――
 と思っている。
 小さな頃から習い事をさせたり、有名幼稚園に入れたりするお母さんとは違って、自由にさせてきた。だから反抗期であっても、親に逆らうことはないと思っていたが、実質父親を反面教師と思い、父親には露骨に対抗意識を燃やしている。
 秋田教授も、研究者としては立派だったが、父親としてはどうだったのだろう?
 何も言わないことが教育だとまで思っていた。余計なことを言うと、余計卑屈になることだろう。
 しかし、実際には子供は親を見て育つもの。型どおりの家族を「演じていた」のでは、一番子供に分かることであって、デリケートな気持ちは傷ついてしまう。それが秋田青年であり、この時の経験が、いずれは自分の運命に何かしらの影響があることになると、思っていたようだ。
 具体的には分からない。分かったところでどうすることもできないのだが、自分が親になった時、どうすればいいかくらい、今のうちから考えていたいと思っていた。
――このままなら僕も子供から反面教師にされる――
 それだけは避けたかった。

                  「失踪」と「死」の真相

 秋田が父親の死に疑問を持ったのを知った麻美は、石狩教授のところを訪れていた。
「息子が、夫の死に疑問を抱いたようなんです」
 と麻美が切り出した。
 場所は石狩教授の屋敷、石狩教授の奥さんは体調を崩して入院していた。大学には妻の入院を理由に、休講を増やしてもらったり、午後から病院に通うため、休みをもらうように心がけていた。
 この頃になると、仕事第一時代だった頃に比べ、
「家庭の事情」
 を重視するようになっていた。
 社会的には、
「有給休暇を有意義に使って、福利厚生も積極的に利用して」
 という風潮が多くなってきた。
 政府の狙いは、
「休みを増やして、その間に消費をさせることで、経済を活性化させる」
 ということだった。
 実際に、有休を使う人が増えて、一時的に消費が増えたのも事実だったが、給料が上がるわけではないので、消費も頭打ちになった。それでも、一旦有休を使うことを奨励したことで、その流れを止めることはできず、以前であれば、
「仕事も終わっていないのに、有休を使うなんて」
 と言われていたのが、
「当然の権利を行使して何が悪い」
 という形で、従業員の力が強くなったのだ。
 その一番の原因は、少子高齢化が深刻に進む中、
「人手不足」
 という問題が大きく頭をもたげてきたのだ。
 それまでの会社が圧倒的な強さを誇っていた時代は鳴りを潜め、
「従業員を大切にしない会社に未来はない」
 とまで言われるようになってきた。
 そこに持ってきての、政府の休みを使うことを奨励したことで、余計に従業員の力は強いものになった。以前のような労働組合の結成などしなくても、個人で会社にモノが言える時代になってきたのだ。
 優秀な社員の離職率は過去最高になった。
「自分を正当に評価してくれる会社にいく」
 というのが彼らの言い分であった。
作品名:次元を架ける天秤 作家名:森本晃次