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次元を架ける天秤

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 恋愛すらうまくいかなかった麻美である。
 しかし、麻美は肝心なことを分かっていなかった。
――結婚と恋愛は別物――
 ということである。
――恋愛の延長が結婚であり、結婚は恋愛からしか生まれない――
 という意識を強く持っていた。
 その考えに間違いはないのだが、麻美の考えは強すぎるのだ。考えに遊びの部分がないため、余裕がない。その理由は、
――恋愛も、結婚も、それ相応の時期があるんだ――
 という思いであった。
 恋愛をする時期も、結婚の時期も決まったものであり、誰もその時期に逆らえない。つまりは、適齢期があるというのだ。
 恋愛は、学生時代から三十代前半くらいまで、結婚は、二十歳過ぎから三十代中盤くらいまでだと思い込んでいた。しかも、恋愛も結婚も一度きりという考えも頭の中にあった。確かに何度も恋愛をする人や、今はバツイチやバツニも珍しくはない時代だという認識はあったが、最初にうまくいかなければ、その後いくら恋愛しても結婚しても、最初に比べてうまくいくわけはないという思いであった。
「最初で躓いたら、二度目がうまくいくはずなんかないのよ」
 と、嘯いていた。
 もちろん、友達の中に反対意見もある。
「そんなことないわ。最初に出会った人がたまたま最悪の人なら、その後はそれ以上ひどい人はいないわ」
 と言われると、麻美もムキになって反論する。
「でも、それって結局最初の自分の目が狂っていたってことでしょう? 最初に躓いたら自分が信用できなくなるんじゃないかしら?」
「そんな人ばかりじゃないわ。最初に躓いたということは、その時に自分なりに学習したということでしょう? 二回目は最初に失敗した同じつては踏まないわよね」
「そうは言っても、二度目の相手は最初の人とは違うのよ。同じ考えが通用するとは思えないわ」
「だから、学習って言っているじゃない。自分が思い込んでいたことが違っていたということを認める気持ちになったり、今まで知らなかったことを受け入れる気持ちになったり、そんな思いが大切なことだと思うのよ」
 二人とも、負けていない。会話は白熱し、最初は意見が割れていても、次第に歩み寄るようになる。
「そうね。あなたの言う通りだわ」
 と、最後は笑顔で理解し合うのだが、麻美の場合は、そんな時でも、
――交わることのない平行線――
 を感じ、そこに結界を見るのだった。
 結界は透明であり、知らない人なら、そこに結界があるのを分からないだろう。麻美という女性は、そんな結界を持っていて、その結界は誰もが知らず知らずに身についているものだと思っていた。
 麻美は秋田と結婚したのは、ちょうどその時が自分にとっての適齢期だと思ったのと、秋田の人間性が悪くないと思ったからだった。秋田の人間性が一番だったわけではない。
 秋田が麻美のそんな性格を分かっていたのかどうか、本人が死んでしまったことで、永遠に確認することはできなくなってしまった。しかし、麻美が自分のことを決して嫌いではなかったことは分かっていたし、そのうちに心が通じ合えると思っていたのも事実だった。
 秋田は、麻美の中に結界があるのを分かっていた。
 秋田は、科学者である。人間の心理を読み取ることは難しいように思えるが、一つきっかけさえあれば、心理のメカニズムを読み取ることは容易なことだった。
「心理学者でもない科学者に、人の心が分かるはずはないわ」
 と、思っている人もいるが、秋田は決してそんな気持ちはなかった。
「自分たちが開発しようとしている機械は、いかに人間の心理に近づけられるかということがテーマであり、ロボット開発などは、永遠のテーマなんだ」
 と思っていた。
 人間は人間しか見ていないから、自分の想定外のことが起こったりすると、その人と距離を置いたり、二度と話をしなくなったり、さらには憎み続けることにもなるのだ。
「人間というものが、まわりの中ですべての頂点であり、人間中心に世の中が回っているなどと考えていることで、そこに驕りが生まれ、他のことを決して認めようとしない思いが、必要以上の限界を自分の中で作ってしまう」
 それは、科学者が考えたことではない。考えたのは、心理学者だった。
 秋田の知っている心理学者は決して心理学を考える時、自分の見えている範囲だけを見て判断することをしない。絶えず、そのまわりに、
「他に広がっているものはないか」
 ということを思い浮かべている。
 秋田の信頼のおける学者は科学者だけにとどまらず、むしろ心理学者に多かったりする。彼らは、自分たちよりもより人間に近いところで研究をしている。その貴重な考えを、秋田は自分の研究に役立てようとしていた。
 それは、心理学者でも同じことだった。
 彼らは、科学者の中にある、
――いかに人間に近づけるか――
 いわゆる、
――人間臭さ――
 を求めてやまないのだ。
 そんな秋田の尊敬する心理学の教授に坂口教授がいるが、坂口教授は麻美のおじさんに当たる人だった。
 坂口教授は、他の心理学者の中から、少し離れたところにいた。
「異端児」
 という言葉が当て嵌まるのかも知れない。
 坂口教授とは、麻美と知り合う前から知り合いで、それを知った秋田は、次に麻美に会った時、
「君は、坂口教授と親戚だったんだね?」
 と訊ねると、
「ええ、叔父さんに当たります」
 と、答えたが、その時少し警戒しているようにしていた麻美の態度に、すぐには気づかなかった。
 後になって気づいたのだが、結局、麻美がどうして警戒しているような態度を取ったのか分からなかった。もし、その時に気づいていれば真相に近づくことができ、ひょっとすると、二人が離れ離れになることもなかったのかも知れない。麻美は本当であれば、絶好のチャンスを逃した形になったのだ。
 もちろん、その時にそこまで分かるはずもない。分かるとすれば予知能力のような特殊能力を持っていなければ無理であろう。しかもただ予知能力を持っているだけではなく、相手の気持ちを思い図ることのできる人でなければ無理なことである。
 坂口教授は、麻美が話をした「結界」という発想を麻美の前では否定した。
「麻美ちゃんは考えすぎなんだよ。結界なんて発想を持っていると、何もできなくなるよ」
 そういって笑った。
「いいもん。私、一生結婚できなくてもね」
 売り言葉に買い言葉、麻美も負けていなかった。
 しかし、坂口教授は秋田の前ではまったく逆の発想を語っていた。
「僕は、結界という発想を持っているんだよ」
 と、秋田の前で、麻美が考えているのと同じような発想の話をした。しかし、知らない人が見れば、
「それって、麻美さんの考えをそのまま口にしているだけじゃないのかい?」
 と言われがちだが、よくよく聞いてみると、若干違っていた。
 しかも、坂口本人は、麻美の話した結界の発想とはかなり違ったところで結界という発想を持っていたのだ。
「同じような考えを、麻美ちゃんも持っているんだけどね」
 と、秋田の前では正直に答えた坂口だった。
作品名:次元を架ける天秤 作家名:森本晃次