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次元を架ける天秤

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 秋田教授は完全に石狩教授の考えに陶酔していた。それも石狩教授の人間性によるものであることは言うまでもない。
 石狩教授は、普段からあまりまわりの人と話すことはない。自分から話しかけるのが苦手なのだ。
 相手から話しかけられると、本当に気さくに相手をする。いつも人が近づいてくるのを待っているのに、そのことに誰も気づかない。教授の権威がまるで後光のように眩しくて、近寄ることができない。
 秋田教授は、そのことを分かっていた。秋田教授は、どちらかというと人と馴染むのは苦手だった。同じ考えの人であったり、会話を絶やさない話題性のある人間とであれば、いくらでも会話を続ける自信はあるが、大勢の中に溶け込むようなことは苦手で、いつも一人で酒を呑んでいるのが似合っていた。
 秋田教授が石狩教授のところを訪れた時、石狩教授はすでに結婚していた。子供も生まれていたが、それがのちの健一であった。
「妻とは、幼馴染でね」
 と初めて奥さんを紹介してくれた石狩教授の顔は微笑ましかった。
――この人がこんな顔をするなんて――
 と思うほどで、さらに子供の顔を覗き込む時などは、本当にどこにでもいる父親をそのまま演じていた。
 秋田教授は、石狩教授の家に何度も呼ばれて、よく家族同然の扱いを受け、夕食の団欒に付き合ったものだ。
「何もないですけど、たくさん召し上がってくださいね」
 奥さんの手料理が、テーブルの上に所狭しと並んでいた。
「ありがとうございます」
 と笑顔を向けると、今度は、
「じゃあ、まずは駆け付けの一杯」
 と言って、石狩教授がビールを注いでくれた。
「秋田さんも、そろそろご結婚を考える年齢じゃないのかしら?」
 と、無邪気な笑顔を秋田に向けて、奥さんは言った。
「いえいえ、僕はまだまだ研究員としたはこれからですから」
 とは言いながら、最年少に近い形で教授になった秋田の研究員としての実力は、誰もが認めるものだった。
 もちろん、そのことは石狩教授も、石狩夫人も分かっていることだろう。二人は照れながらそう言った秋田を見つめて、微笑んでいた。
 それはまるで兄夫婦が、まだまだ未熟な弟を見るような表情で、暖かさが感じられる。ここではどんなに出世頭の人間でも、二人に掛かれば、
――未熟な弟――
 だったのだ。
「秋田さんにいい人がいるんですけどね」
 と、奥さんが奥から一枚のプレートを持ってきた。
 それを開いてみると、和服の女性が写っている。明らかに見合い写真であった。
「この写真はね。近所の奥さんが持ってきてくださったんだけど、このお嬢さんに似合う男性がいないか、探してらっしゃったのね。地元の盟主のお嬢さんのようで、普通の男性では釣り合いが取れないということで、私のところに持ってきたのね」
 なるほど、大学教授の奥さんであれば、旦那の知り合いも大学教授や、教授予備軍。相手にとって不足はないというところであろう。
 写真を見る限り、清楚な感じのお嬢さんで、今まで女性を意識しても、自分から声を掛けることの苦手な秋田には、女性と付き合ったという経験は、ほとんどなかった。
 秋田は、自分から行くのは苦手だが、相手から歩み寄ってくれるのは嬉しいことだった。別にずぼらというわけではないのだが、
――僕のことを慕ってくれているから、近づいてくれるんだ――
 という思い込みがあった。
 ある意味、恋愛にはまったくの素人と言ってもいい秋田だったが、こうやって家庭もしっかりしているという女性の写真を見せられると、眩しく感じられた。
――まんざらでもないな――
 と秋田は感じたが、その様子を見た秋田教授と奥さんはどう思っただろう。少なくとも奥さんは、乗り気のようだった。
「私も、秋田さんが研究に没頭されていることは分かっているんだけど、研究というのも、奥さんが内助の功を示してこそうまくいくこともあるでしょう?」
 そういって、意識的に石狩教授を見つめた。
 見られた石狩教授は咳払いをしたが、ニッコリと笑って、悪い気はしていないようだった。
 それでも、
「おいおい、いきなり話を進めるようなことはしない方がいいぞ」
 と石狩教授は言うと、
「あら、そうかしら? 秋田さんも、まんざらでもないってお顔されているわよ」
 と言って、微笑んだ。
「ええ、確かに、お二人ご夫婦を見ていると、結婚もいいかなって、僕も思います。微笑ましいというのか、本当に内助の功って大切なんじゃないかなって思うんですよ」
「そうでしょう?」
 と言って、奥さんはしてやったりという表情をした。
 教授はそれ以上何も言えなくなり、
「あなたは黙っていて」
 という一言がダメ押しになったようだ。
 奥さんは、堰を切ったように話し始めた。
「このお嬢さんを紹介してくれた奥さんというのが、今までこの界隈で結婚の斡旋を何十組と成功させてきた、いわゆる『結婚相談のプロ』のような奥さんで、最初はおせっかいと言われていたんだけど、次第に実績が上がってくると、近所ではまるで女神のように言われるようになってきたのよ。人間って面白いわね」
 そういって、奥さんもビールを半分呑みほした。
 ここからが奥さんの真骨頂のようだ。
「それでね。このお嬢さんというのが、地元の盟主のお嬢さんのわりに、決して世間知らずというわけでもないんですよ。花嫁修業としての習い事はもちろんのこと、スポーツでもテニスやダイビングなど、幅広く活動されているようで、そのおかげなのか、知り合いも幅広くおられるのよね。快活な女性ってお嫌い?」
「いえ、そんなことはないですよ。ただ、今まで自分のまわりにそういう女性がいなかったので、なかなか想像するのが難しいです」
「大丈夫よ。仲良くなれれば、すぐに馴染めるわよ。実は私もそのお嬢さんに会ってみたの。その時お話しながら頭に最初に浮かんできたのが、あなただったのよ」
 奥さんの目は輝いていた。
「それは光栄ですね。僕のどこが印象として浮かんできたんでしょうね?」
「それはお嬢さんと面と向かわないと分からないことだったんだけど、あのお嬢さんなら、秋田さんのまだ表れていない可能性を引き出してくれそうな気がしたんです。しかも、今度は秋田さんを思い浮かべながら彼女を見ると、秋田さんも彼女の可能性を引きさせそうな気がしたんですよ」
「つまりは、お互いに相手の可能性を引き出せる可能性を持っているということだね?」
 石狩教授が口を挟んだ。
 この時は奥さんも、チャチャを入れることはなかった。
「ええ、その通りなのよ。あくまでも印象で感じたことなので、信じる信じないは、秋田さん次第ね」
 というと、またしても石狩教授が、
「うちの妻がいうことは本当だよ。今のようなこういう顔をしている時の彼女が言っていることには信憑性が感じられるんだ」
 と言っていた。
 秋田教授も二人にこれだけ言われると、照れくさいという気持ちもあるが、信じないわけにはいかないだろう。
「実は私たちもお見合い結婚だったのよ」
 と奥さんが照れくさそうに言った。
 その横で、さらに照れくさそうにしている石狩教授は、いつも研究所で見ている存在感が薄れていくのを感じた。
――こんな夫婦もいいよな――
 秋田は感じていた。
作品名:次元を架ける天秤 作家名:森本晃次