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次元を架ける天秤

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「僕は潜在意識というのを科学の分野から考えたことがありましたが、特にロボットのように電子頭脳を埋め込まれたこれからの自分が理想とするロボット、つまりは『成長するロボット』にとっては、『ロボット工学三原則』の埋め込みになるんだって思っています。三原則は、ロボットが人間に対しての法律のようなもので、決して破ってはいけない戒律なんですよ」
「それは、安全装置のためなんだね?」
「ええ、そうです。ロボットに頭脳を埋め込むということは、心を持つと、いかに残虐性を持つかも知れないという発想ですね」
「でも、それって本当は虚しいですよね」
「どういうことですか?」
「だって、ロボットというのは、『疑似人間』であったり、人間のできないことをロボットに補ってもらうという意味で、考える心を埋め込むという発想ですよね。結局は人間が楽をするためのもの。SFなどではそのせいでロボットが人間に反旗を翻し、人間を襲うようになる。だけど、人間もそれに対抗するロボットを作って、結局はロボット同士の戦いに持ち込もうとする。しかも、ロボットには完全な善悪の違いがあるわけですよね。そこまで来るとテーマは勧善懲悪ですよね。『正義は必ず勝つ』ということになる。でも、これって完全に焦点の差し替えですよ。悪いロボットだって最初から悪かったわけではない。何かの問題が発生して悪くなっただけなんですよね。人間のエゴが作り出したと言っても過言ではない。そう思うと虚しいよね」
「……」
「人間だけに置き換えると、こんなことはありえないでだろう? 悪いロボットを自分の子供と考えた時、反抗期にぐれてしまって不良化してしまう。それを正義の味方がやってきて、勧善懲悪で懲らしめるなんて話、絶対に誰も見ませんよね。非難を浴びておしまいですよ。逆に人間に対してはできないことなので、架空世界のロボットに対して勧善懲悪を押し付ける。そして、そのおかげで見る人にはスカッとしたものを与え、ヒーローが生まれることになる。それって本当にいいんでだろうかね?」
「倫理や道徳という意味ではいいとは言えないでしょうね。でも、ロボット研究においては、そういう話を作ってもらってくれているおかげで、自分たちの研究にも役立てることができる。一種の『必要悪』なのかも知れませんね」
「医学の副作用という考え方も、同じ発想なのかも知れないんだ。小さくて影響がないものも副作用にはたくさんあります。この世にある薬のほとんどに副作用というものは存在するわけですからね。逆にいえば、完全に人間の身体に合致するものでなければ、副作用というものは免れないと言えるのではないだろうか?」
「精神的な面もですか?」
「精神的なものは逆ではないかと思っているんですよ。精神的な副作用はすべての感情に含まれていて、人間の考え方に合致してしまうと、さらに感情が膨らんできて、表に出てきてしまう。それを副作用とするならば、精神的な副作用は、稀なことなのかも知れないですね」
「そこなんですよ。ロボット研究においても、そのほとんどが架空のことなので、事例があるわけではありません。だから、目に見えているものだけが先行してしまい、見えていないものを考えるということは、果てしなく無限に近いものを追いかけてしまうことになる。それが堂々巡りであって、ロボットにおける副作用なんですよ」
 秋田教授の口調は少し興奮気味だった。
 石狩教授も会話をしていてツボに嵌ると、後で思い出しても思い出せないようなことを口走っていることも珍しくはない。後で指摘されて、
「俺がそんなことを?」
 とビックリすることもあったが、冷静になって思い出すと、
「言ったかも知れないな」
 と呟くこともあった。
 その間はあっという間だったように本人は思っているが、その間の時間は本人が思っているよりも遥かに経っているものだった。
 秋田教授の発想には、石狩教授についていけないものを感じていた。どうしても、自分が考えていることが架空の空想であるという発想に違いないからだ。大きな壁があったとしても、その壁は透明である。知らない人が見ると、そこにい壁があるなどと分からないだろう。
 その壁を秋田教授は、結界だと思っている。
 しかし、結界を感じているのは石狩教授も同じで、しかも先に感じていたのは石狩教授の方だった。
 秋田教授はまさか石狩教授も結界を感じているとは思ってもいなかったが、石狩教授の方は、秋田教授が結界を感じていることを分かっていた。
 そこに二人の間に優劣性が生まれていた。
 石狩教授の方は、下に見下すような気持ちはなかったが、秋田教授の方は、明らかに相手を見上げて見ていた。そのことを二人とも分かっていたが、別に口にすることはなかった。
 石狩教授は、二人の間のこの関係を悪い関係だとは思っていないし、上を見上げている秋田教授にしても、悪いとは思っていない。むしろ秋田教授の方とすれば、自分は上を見上げていても、見下ろされているわけではないので、ある意味では一番ありがたい関係にあると言ってもいいのではないだろうか。
 秋田教授と石狩教授はすっかり仲良くなっていた。研究のことでいろいろ相談に乗ってもらうこともあった。
「まったく分野が違うのに、面白いものだね」
 と石狩教授が言うと、
「いえいえ、そんなことはないですよ。お互いに共通点は多い。石狩教授も分かっておられるでしょう?」
 と含み笑いを浮かべた秋田教授に、石狩教授も不敵な笑みを浮かべた。
 二人の間の笑みは、ほとんどが、
「含み笑いを浮かべる秋田教授と、不敵な笑みを浮かべる石狩教授」
 という構図が出来上がっていた。
 それは、やはり二人の間に存在する、
「優劣な関係」
 のたまものではないだろうか。
 それでも、二人の間には結界が存在していた。結界というのはこの二人の間だけではなく、他の人にも存在する。
 しかし、他の人は気づかない。この二人の間に存在するような透明の結界ではなく、本当の壁だからだ。
 壁になっているということは、それ以上向こうを見ることができない。見えない部分は自分が感じることのできない部分なので、相手とは関係のないところだとして自分で納得してしまうことだろう。
 納得できてしまうのだから、二人の間に結界が存在しているなどということを考えるよりも、よほど理解できるものであり、それ以上考える余地などない。だから、結界があっても、その存在に気づくことはないのだ。
 この理屈は石狩教授には分かっていた。自分に結界があることも、他の人との間には、壁という意識のない結界が存在していることもである。
 分かっているが結界の存在を必要以上に考えることはなかった。考えることがまったくの無駄だと分かったからだ。
 無駄だというのは、考えてもまた同じところに帰ってくるという思いがあるからで、まるで結界という壁に当たって返される感覚だ。
 超えることのできない壁にぶつかるだけ損だというものだ。
――人間には損をしてでも繰り返さなければいけないものがある――
 という発想はあったが、結界に関してはその限りではないのだ。
作品名:次元を架ける天秤 作家名:森本晃次