同じ日を繰り返す人々
ツトムの話はますます分かりにくくなってくる。
「どこから話を聞いていいのか分からないんだけど、同じ日を繰り返している人とこうやって話をするということは、僕は今日という日が一回目なので、ツトムさんの話を聞くのが初めてになるんだけど、ツトムさんは僕とここでこの話を何度もしているということなんですね」
「そういうことなんだろうね、きっと。難しい話になるけど、一言で言えば、自分の前と後ろに鏡を置いたとしよう。その時、鏡には何が写っていると思う?」
また、ツトムは分からない話を始めた。
「何が写っているって、自分が写し出されているだけじゃないのかい?」
「確かにその通りなんだけど、いいかい? 鏡は前と後ろに置いてあるんだよ。前に写った鏡には、後ろの鏡が写っていることになるんだよ。分かりにくいかも知れないけど、後ろに写っている鏡にも、実は前に写っている君の姿が写し出されているということになるんだよ」
「あっ、そういうことか」
オサムは目からウロコが落ちたような気がした。
――そういえばそうだ。どうして気付かなかったんだろう?
と考えたが、次の瞬間、
――待てよ、そういえばこの発想、以前にもしたことがあったような気がしたぞ。その時のことを覚えていないけど、この感覚は初めてではなかったような気がする――
鏡のことを考えたことは確かに初めてではなかった。思い出してみれば、
――どうして思い出せなかったんだろう?
と思うほど、どう感じたかということはおぼろげなのだが、考えたことがあるというのは、意識の中で次第に明らかになっていくような気がした。
思い出せないというのは、決して記憶の中に押し込められてしまって、引き出すことができない時だけではない。記憶の浅いところにあっても思い出せない時もあるのだ。そのことをオサムは自分の理屈の中で、
――思い出すというのは、記憶から引き出すだけで終わるわけではない。記憶から意識というテーブルに置き換えて、そしてハッキリと辻褄が合うように感じることができるかということで決まってくるんだ――
と、感じていた。
つまりは、記憶の中で燻っていたわけではなく、引き出すのに困難なところにあったわけではないものを、苦もなく意識に持ってきたはいいが、意識の中でハッキリとした形にすることができなかったことで、
――覚えていなかったんだ――
という思いに駆られることになったのだ。
オサムは、鏡の話を聞いて、自分が以前に感じた思いを思い出していた。なるほど、ツトムの言いたいことがおぼろげにだが、分かってきたような気がした。
つまりは、
――永遠に繋がっているものだ――
というのを表現したかったのだろう。口で簡単に、
「同じ日を繰り返しているんだから、そりゃいつも会ってるようなものさ」
と言われても、ピンと来るものではない。
ツトムの方からすれば、それ以外に表現できる言葉はないだろう。何かに喩えて話してみるしか手はないのだ。
そういう意味では、自分の前と後ろに鏡を置いている感覚は間違いではない。オサムはそのことを思い出していると、以前感じた時、少し違ったイメージを持っていたのも、一緒に思い出した。
――あれは確か……
鏡に写っているとは言え、一番前を向いている自分、そして、後ろに写し出された後ろ姿の自分くらいまでは何とか確認することはできるが、次第に小さくなっていく自分の姿が、本当に無限に存在しているのかどうか、疑わしい思いがした。
「写っているものが半分ずつになっていくにつれて、どんどん確認できなくなっていくだろう? 鏡に写っている自分もそうなのさ。そして、同じ日を繰り返している自分のことなんだけど、俺は、同じ日を繰り返しながら、繰り返しているという意識を持っているんだ。つまりは、前の日の俺を意識してしまえば、下手な意識が生まれて、本当に同じことを繰り返せなくなくなってしまう。それは時間の神様が許さないんじゃないかって思うんだ。もっとも、同じ日を繰り返すということ自体、本当に許されることなのかって思うくらいなんだけど、前の日と今日とを寸分たがわず同じ日にしてしまわなければいけないと思うと、前の日の自分は死んでいないといけないことになるような気がしているんだ」
難しい話だったが、落ち着いて聞きながら考えていたオサムは、
「じゃあ、同じ日を繰り返していない人、つまりは普通に先に進んでいる人の過去というのはどうなるんだろう?」
「俺は、その人たちの過去も死んでいるんじゃないかって思ったことがあった。世の中には過去に戻って無数に広がる分岐点を手繰り寄せるように生きているのが時間の中で生きることのように思われているけど、俺は同じ日を繰り返していると思うようになって、過去の自分は誰かによって抹殺されているんじゃないかって思うようになったんだ」
「じゃあ、タイムマシンなんて、本当に発想だけのものになっちゃうね。過去に戻れないんだから」
「同じ日を繰り返しているのは、過去に戻っているという感覚とは違う気がするんだ。一日という単位を一つの人生のように考え、それを永遠に繰り返している。恐ろしいことだけど、考えてみれば、これこそ不老不死なんだよな」
「でも、同じ日を繰り返しているという意識があるんだから、まったくつまらない人生なんじゃないか?」
「それがそうでもないんだ。確かに同じ日を繰り返しているという意識はあるんだけど、一日がリセットされると、その日一日がどんな一日だったのかということが意識の中から消えてしまう。再生不可能になるんだ。ただ、同じ日を繰り返しているという意識があるだけなので、まるで、目隠しをされたまま、一歩間違えれば断崖絶壁に落ちかねない道を歩かされているような感じがしてくるんだ」
「そんなものなんですかね?」
サラリと言って退けようとしたが、実際に指先は痺れ、喉はカラカラに乾いていた。
第二章 「同じ日」と「毎日」
オサムが、
――同じ日を繰り返しているかも知れない――
と、感じた時がいつだったのか、ツトムと出会って話をした段階では、ハッキリとしていなかった。
「俺と君が毎日会っているという感覚は、実は俺にはあまりないんだ。同じ日を繰り返しているという意識があっても、同じことを繰り返しているという感覚とは少し違っているようなんだよ。同じことを繰り返していると、飽きてくるだろう? その感覚がまったく皆無なんだよ」
「ということは、僕と会っているという意識はあっても、同じ日になるんだろうけど、前回の記憶が薄れているということなのか、それともまったく同じということではないということなのかのどちらかなのでしょうか?」
「そのどちらでもあって、どちらでもないという感覚かな? ちょっと難しいかも知れないけど」
またまた、意味が分からない話をしている。
「二つのことがどちらでもあって、どちらでもないということは、完全に一緒ではないということなんでしょうね」
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次