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同じ日を繰り返す人々

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「そう単純なものでもないような気がするんだ。百のうち、九十九までがまったく同じであっても、残りの一つが本当に些細なところで違っていても、その二つは一緒であってはいけないんだよね」
「さっきの鏡の話みたいですね」
「そうだね。鏡というのはまったく同じものを写し出すんだけど、でも、左右対称なんだよね。まったく同じもののはずなんだけど、見ている人の感覚によって、本当に同じものなのかという疑問を抱いて不思議がないように思えるけど、なぜか、誰も不思議に思わない。きっと、疑問を抱いてはいけないと思うのかも知れない」
「常識が邪魔をするというところですか?」
「常識というよりも、理性の問題なのかも知れないね。常識という言葉であれば、人によっては、逆らいたいと思う人もいるだろうけど、自分の中にある理性であれば、逆らうことはできないと思うはずだからね」
「常識よりも、理性の方が信憑性があるということですね」
 ツトムと話をしていると、最初こそ、
――何を言っているんだ、この人。意味が分からない――
 と思っていたが、ツトムが相手であれば、自分の意見を素直に言うことができる。
 他の人が相手であれば、たとえ、相手が振ってきた話であっても、自分の発想が突飛であればあるほど、相手が信じてくれないような気がしていた。
 それは、相手が頑なに自分の意見に固執しているからで、自分から話を振るのも、本当は、
――俺の話を皆に認めさせたいからだ――
 と思っているからに違いない。
 話が難しければ難しいほど、分かる人は少ないだろう。そして、分かるであろうと思っている人に話しをしても、その人が全面的に自分の話を信じてくるとは最初から思っていない。
 だが、全面的に信用してもらえないのであれば、話をするのは無意味だった。話をするのは、この奇抜な話をすることで、自分の存在を相手よりも有利にしたいという気持ちの表れだったりするからで、話をされた相手も、自分なりの意見を持っているとすれば、きっとその意見を通そうとするはずである。
 お互いの自我が衝突することになり、優しい口調で話していても、一歩間違えれば、一触即発の状況に陥ってしまうのは必至だった。
 ツトムもオサムに対して同じような感覚を持っていただろう。しかし、分かってくれる相手がいるとすれば、オサムしかいない。しかもオサムは自分と同じ環境にいることが分かっている。お互いにその状況をいかに感じるかというのが大切なことなのだろうが、同じ感覚でいることはないとツトムは感じていた。
 それはオサムには分からない感覚だった。なぜならツトムは実際に同じ日を繰り返しているという意識を持っていて、オサムにはまだその感覚がないからだった。だから、ツトムはオサムに対して、自分の状況を説明し、少し分かりやすい状況まで感覚を落としてあげれば、ツトムに組みしやすいと思ったのかも知れない。ただ、オサムがツトムの考えをどこまで咀嚼できているのか、ハッキリと分かってはいなかった。
「君は、自分が同じ日を繰り返しているかも知れないという感覚を持っているんじゃないかって、俺は思っている。しかも、それをいつから感じるようになったのか、自分でも分かっていないと思う」
「それはどういうことですか?」
「まだ、君が本当に同じ日を繰り返しているわけではないということさ。自分でも実際に繰り返しているという意識はないだろう? それは、まだ実際には繰り返していないという証拠だよ」
 この言葉は意外だった。
 てっきり同じ日を繰り返してはいるのだが、自覚がないだけだと思って、不安に駆られていたが、自覚のないことは、本当は入り込んでいないという証拠だと言われると、ホッとした反面、違う不安もこみ上げてくるからだ。
「今の僕は前兆状態にいるということですか?」
 こみ上げてきた不安をストレートにぶつけてみた。
「そうだね。ある意味前兆状態だと言っていいかも知れないね。でも、同じ前兆と言っても、少し違うかも知れないと思うんだ。一つのことが起こる時の前兆というのは、決まった形があると思うんだよね。前兆で、実際に起こることが分かるというような決まったものがね。でも、今の君の前兆は、同じ日を繰り返すという意味での前兆に違いないんだけど、これからの状況によって、同じ日を繰り返すことになった時、どの道に入りこむかというのは、まったく分からない」
 この話を聞いて耳を疑うほどビックリした。
「えっ、ということは、同じ日を繰り返している人には、いくつかのパターンというものが存在しているということですか?」
 というと、ツトムは即答することなく、少し考えていた。今までのツトムはすべてに対して即答してきたのに、どうしたことだろう。
 それだけ、理由を説明するのが難しいということなのか、これ以上の話は、話し方によって、相手の捉え方一つで、取り返しのつかないことになることを示唆しているということなのか、オサムは頭の中で試行錯誤を繰り返していた。
「俺はそう思っている。だから、同じ日を繰り返している人はきっと俺だけではないと思うようになったのさ。もっとも、俺が同じ日を繰り返しているということも、他の人から聞かされたことで、人伝えになっているところもあるようなんだ」
 と、ツトムは話した。
 ツトムはさらに続けた。
「俺の場合は、まったく同じ日を繰り返しているなんて思いはなかったんだよ。ただ、そのことを教えてくれた人がいたから自覚したようなものだったんだ」
「でも、それなら、実際にツトムさんが自覚するまでにかなり大変だったんじゃないですか?」
 オサムは、自分の身になって置き換えてみた。
 自分は、最初から前兆のようなものがあって、意識は何となくあった。しかし、そのことを指摘されると、今度は頑なに否定して見たくなるから不思議だった。それでも、最初から何も聞いていないツトムにとって、かなり大変だったことは想像に値するものではない。
「それはそうだよな。最初は確かにそうだったけど、一度、『待てよ』と思ってみると、分からなくもない気がしたんだ。不思議なんだけどな」
「そうですよね。でも、今の僕は逆なんですよ。何となく分かっていたはずなのに、改まってツトムさんからその話を聞かされると、却って頑なに否定してみたくなる自分がいるような気がするんですよ」
 感じていることを言ってみた。
「その気持ちは分からなくもない。俺がさっき言ったいくつかパターンがあると言ったのは、そのことも含んでいる。だから、君のように前兆を感じている人でも、君とは違って、人から聞かされると、すぐに納得してしまう人もいるんだよ。でもね、いつかはどこかで壁にぶち当たって、信じていたはずのことが音を立てて崩れていくのを感じるように思えてくることもある。そんな人を俺は知っているんだが、また後で話してやろう」
「その人もツトムさんが教えてあげたんですか?」
「いや、それはできない。なぜか一人の人に教えられるのは一人に限られているようなんだ。というよりも、最初からこの人も同じ日を繰り返していると感じるのは、一人だけだということになるんだ」
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次