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同じ日を繰り返す人々

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 会話に入れなくとも、一人で佇んでいるだけでも常連として成り立つことが、オサムの中には考えとしてなかった。しかし、ツトムには一人で佇むことを、「あり」だと思っているので、別に一人でいることは苦にならなかった。
 オサムは、最初、よかれと思ってツトムに話しかけたが、ツトムにとってはありがた迷惑だった。しかし、それでも何度か話しかけるうちに、ツトムの方がオサムに歩み寄る形だった。これも、稀なケースと言ってもいいのではないだろうか。
 そういう意味では、喫茶「イリュージョン」の客は、
――稀なケースで常連になる――
 というパターンが少なくないということだった。
 それは、マスターの人柄によるものなのか、店の雰囲気によるものなのか、どちらにしても、この店には、人を引き付ける魅力があるように思えてならなかった。
――これと言って、何ら変哲もない店なのに――
 と、誰もが思っていた。
 そんな店に常連がたくさんいるが、常連の中にもグループがあるのが、この店の特徴だった。常連だからと言って、すべての人が仲がいいというのも珍しいのかも知れないが、ここのように、グループがハッキリとしているのも、今時から考えると珍しいのかも知れない。
 しかも、最初は誰もそんなことには気付かない。最初は、
――この店には常連がいるんだ――
 という程度にしか考えていないだろう。店の雰囲気は確かに常連で持っているような昔ながらの佇まいだったからだ。
 昔ながらの常連さんもいれば、最近、常連さんになった人もいる。昔ながらの常連さんのほとんどは、この近くにある商店街で商売を営んでいる店主さんが多かった。仕事の合間に、ちょっと気分転換が、いつの間にか、商店街の寄合のようになっていたというのは、珍しい話ではない。
 ただ、彼らには、他の人を近づけないオーラのようなものがあった。やはり、店を一軒経営しているような人たちなのだから、そこかオーラの色が違うというものだ。サラリーマンとは、同じ悲哀が感じられたとしても、種類が違う。堂々としたオーラが感じられるのではないだろうか。
「背中を見れば分かるさ」
 相手がどんな職業なのか分かる人がいて、その人のセリフがいつもそれだった。
「どこが違うんですか?」
「背筋の曲がり方ひとつで、その人の性格って見えてくるものさ。俺にはそれが分かるんだ」
 きっと、その人独特の感性なのだろうが、オサムにはよく分からなかった。あまり自分が分からないと思っている人には関わることをしないオサムにとって、それ以上の質問はまったく意味のないことだったのだ。
 オサムが常連になってから、
「最近、常連が減ってきたんですよね。オサムさんが常連になってくれたのは嬉しいことですよ」
 とアケミは言ってくれた。
「それまではどうだったんです?」
「常連の出入り?」
「ええ」
「減ったり増えたりはあまりなかったですね。だからこそ、常連の多い店ということだったんですけど、オサムさんが常連になった頃、ちょうど近くの大通りにショッピングセンターができたでしょう? それで商店街の人たちは、結構大変になったんですよ」
「急に来なくなったりしたんですか?」
「そういう人もいましたけど、今までは皆暗黙の了解のように、朝ここで話しこむのが日課だったんですけど、皆それぞれ大変でしょう。皆さん、時間が合わなくなったんですよね。どうしても敷居が高いと言うんですか、少しずつ来る回数も減っていく。そうなると、余計に誰にも会わなくなるので、結局、どんどん常連さんが来なくなったという状況ですね」
 なるほど、理にかなった説明だった。オサムにも容易に理解できた。
 常連が少なくなった理由は分かったが、オサムが来るようになって減ってきたというのは、本当に偶然なのだろうか。偶然以外の何物でもないと思っていたが、アケミはそうは思っていないようだった。
「私も、元々この店の常連だったんですけど、そのうちにアルバイトに入るようになったんです。立場が変わると、面白いもので、今まで見えなかったものが見えてくる気がするんですよ。私が常連になった頃も、そういえば、この店でアルバイトをしていた女性から、今と同じように、あなたが来るようになってから、常連さんが減ったと言われたことがあったんです」
「それじゃあ、常連が入れ替わる時期があるということなのかな?」
「そうかも知れませんね。私が常連になってから、そんなに入れ替わりがあったわけではないんですけど、今回は常連さんはほとんど増えていないのに、減った人の方が多いですので、何とも言えない気がするんですが」
 喫茶「イリュージョン」は、名前からして捉えどころのない店だった。店の中にいる時は、常連さんと話をしていて充実しているように思うのだが、店を離れると、店での記憶が希薄になっている。しかし、すぐに店に行きたくなる衝動に駆られ、気が付けば足が向いているというそんな店だった。
 オサムが今までに常連になった店は、大学の時にいくつかあった。常連と言っても、ほとんどが同じ大学の学生で、大学生相手の喫茶店では、喫茶「イリュージョン」の常連とは、まったく違ったおもむきだった。
 オサムは、喫茶「イリュージョン」に来るようになって、この店にいない時でも自分が何となく変わったような気になっていた。
 それは意識していなかったものを意識するようになったからなのかも知れない。
 一番大きいと思うのは、歩いている時に見る信号機の色だった。
 車に乗っている時に見る信号機を意識することはないのだが、歩いている時は、なぜか信号機の赤い色と青い色をどうしても意識してしまう。
 信号機を意識することは今までにもあった。
 あれは、中学の頃だっただろうか? 塾の帰りに木枯らしの吹く、寒い夜だったのを覚えている。肩を縮めて震わせながら小走りに歩いていると、最初は気付かなかったが、急に目の前に信号機が現れてビックリしたのを思い出した。
 別に急に信号機が現れたわけではない。寒さから、身体を小さくしていたので、前のめりに歩いていため、顔より上を意識できないでいたからだった。
 信号機の青い色と赤い色が、こんなにも鮮やかに感じたことはなかった。まばゆいばかりの光に、思わず目を逸らしそうになったくらいで、それは、あたりの暗さから来るものだけではないことは分かっていた。
 信号機を見つめていると、まわりが暗いだけに、吸い込まれそうになってくる。以前はそれを避けようと、無意識に見ていたので、目をカッと見開くことで、集中を妨げていた。しかし、喫茶「イリュージョン」に行くようになってから、信号を意識しても、その明るさに吸い込まれるかも知れないと思いながらも、凝視を止めようとはしなかった。その時自分が、
――一つのことに集中すると、他のことが見えなくなる性格なんだ――
 と、今さらながらに再認識したのだった。
 オサムは、自分が最近、
――二重人格なのではないか?
 と思うようになっていた。
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次