同じ日を繰り返す人々
来れない何か理由でもあるのか。もしあるとすれば、それは、店には関係のない横溝自身のことなのか、それとも、店に直接関係のあることなのかで変わってくる。店に直接関係のあることであれば、その理由がオサムにあるのではないかという思いに駆られるのも無理のないことだった。
ただ、オサムは被害妄想的なところがあった。一つのことに集中して、まわりが見えないということは、自分に降りかかりそうなことは、
――すべてが気になってくる――
ということに繋がってくる。
被害妄想だけであればいいが、そこに自意識過剰が関わってくると、まわりに対しての印象もよくない。被害妄想は内に籠るものだが、自意識過剰は表に発散されるものだ。そう思うと、どちらにしても、あまり横溝のことを意識しすぎるのはよくないことに思えてくるのだった。
横溝のことを気にしないようにするには、ミクのことを意識していればいいと思えばいいのだが、そんな単純なものではないような気がしてきた。
オサムは、今まで女の子からモテたことがない。モテた経験がないということは、
――モテないのが当然――
という諦めの気持ちが強いということだ。
しかし、諦めの気持ちが強いまでも、一縷の望みがないわけではない。今までに趣味が合う女性と巡り合ったことがなかったからだ。
歴史という接点が、ミクと自分を結びつけてくれた。今まで合コンに誘われても、ほとんどが人数合わせ、他の連中から、
――安全パイ――
と見られていたことは当然分かっていた。
その通りの「働き」をしていた。まわりに満足されて、それでも最初は合コンの誘いに乗っていたのは、
――あわやくば――
という思いがあったからで、そういう意味では、オサム自身も人並みに下心は持っていた。
それでも、何回行っても、結果は同じ。まわりに対しての評価通りの働きをするだけで、決して自分の身を結ぶことはない。次第に合コンとは妄想のようになってきて、
――行っても、そこにいるのは、自分ではない――
という思いが強くなってきた。
他人事として見ると、これほど情けないものはない。
――俺はこんなに情けなかったのか――
と、愕然とした自分を思い浮かべると、さすがに合コンにこれ以上参加するのは精神的にきついと感じていた。
「今度、ナースとの合コンがあるんだがな」
と、いつも一緒にいる二人が計画し、実行する。
――それにしても、こんなに毎回毎回合コンをするというのは、自分たちも成功していないんじゃないか?
と思うようになったが、実際は違っていた。
「俺はいいよ」
というと、
「お前がいないと盛り上がらないんだよ」
――一体何が盛り上がらないんだ?
と思いながらも、
「そんなに毎回よく合コンをセッティングできるな。自分たちで計画しているくせに、毎回うまくいっていないということか?」
と訊ねると、二人は顔を合わせてニンマリとした表情になり、
「俺たちがそんな間抜けなわけないだろう」
と、さらに厭らしさを含んだ顔になった。
――こんな顔、二度と見たくない――
と思いながら、
「どういうことなんだ?」
「そんなの、女なんて、とっかえひっかえに決まっているだろう。一人に縛られるなんて、まっぴらさ。合コンなんて、一晩だけの女を探すのにちょうどいい。それに女の方も同じような考えの人も多いのさ。だからお互いさまなのさ」
そんな話を聞かされると、冷めるのも無理のないことだ。その時から合コンとは、オサムの頭の中では、妄想でしかなくなってしまったのだ。
ただ、冷静に考えると、彼らの話にウソはない。女の方でも、同じように考えているのだと思えば納得できるような素振りの人も結構いた。
――俺は結局手の平の上で転がされていただけなんだな――
と思うと、今度は開き直りからか、バカバカしいからなのか、今までの自分が情けないとは思わなくなってきた。
そういう意味では、本当のところの話が聞けたのは、悪いことではなかったのだろう。別に淡い夢を見ていたわけではないのだが、
――あわやくば――
と思っていたのは事実だ。もうそんな思いを抱くことはやめようと思う。あわやくばなどと思うくらいなら、彼女がいなくても、別に問題はない。あわやくばなどという気持ちで女性と付き合ったとしても、すぐに気持ちに亀裂が走り、別れることになる。きっと、最初から考え方のレベルが違っているに違いなかった。
それは、相手のレベルが違うというよりも、合コンという席では、オサムのレベルが違うのだ。それでも、
「どちらが正常に近いのか?」
と聞かれれば、
「俺の方じゃないか」
と、オサムの中では、かなりの自信を持って答えられるに違いない。
合コンを妄想として考える分には結構楽しかった。自分を主人公にし立てることもできるし、相手の女性を自分のいいなりにすることもできる。妄想とは、それほど恐ろしいものだった。
何が恐ろしいと言って、
――妄想し始めると、やめられない――
まるで怪しい薬を飲んで、意識が別の世界に飛んでしまったかのように感じていた。
――自分ではいられなくなる――
それが妄想というものだった。
しばらくの間、合コンの妄想はしなくなっていた。それなのに、なぜかミクと知り合った時、合コンのイメージを思い浮かべてしまった。合コンで今まで相当悲惨な思いをしてきたことでのリベンジが頭の中にあったからだろうか? それとも、合コンで知り合っていれば、こんな惨めな思いをしなかったという思いから来ているものなのだろうか? どちらにしても、今さら合コンを思い浮かべている自分を、少し他人の目で見てしまっている自分がいたのだ。
ミクへの妄想は膨らんでくるが、横溝への妄想は、いなくなってから湧いてくることはない。
横溝を忘れてしまったわけではなく、むしろ気にはなっている。しかし、妄想を抱くわけではなく、どちらかというと、
――いつも、同じ場所にいて、同じイメージしか湧いてこない――
そんな雰囲気を感じさせる人だ。
目立たないが、いつもそこにいることで、存在感が他の人よりも強いと感じさせる人が、仲間が多い人には、一人くらいいるのではないだろうか。友達がほとんどいないオサムだからこそ、余計に横溝のことは気になってしまうのだ。
――俺は、同じ日を繰り返しているのではないか?
と感じるようになったのはいつからだったのだろう?
以前、テレビドラマで同じ日を繰り返しているストーリーを見たことがあった。
――あの時、主人公はどうなったんだっけ?
見たのがいつだったのかハッキリとしないくらい前だったように思う。小学生の頃か中学の頃、まだ自分が大人になったという感覚がなかった頃のことだった。
ドラマを見ていても、どこか他人事のように思えたのは、主人公がすべて大人だったからだ。中には主人公が子供のドラマもあったが、それでも他人事に感じるのは変わりなかった。同じ子供だからこそ、余計に他人事に思えてくるのだ。やはり、画面に映し出された光景は、現実ではないという思いが強いからだろうか、いかにリアルな内容でも、自分とは違う世界だという思いを拭い去ることはできなかった。
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次