同じ日を繰り返す人々
オサムはミクに対して、最初の出会いから違っていたような妄想を抱くようになっていた。
最初は喫茶「イリュージョン」で気になる女性として意識し始めたことだったはずなのに、まったく違うシチュエーションを思い浮かべていた。
むしろ、妄想の方が知り合うきっかけとすれば、自然なのかも知れないと思ったが、そんな出会いをしてみたいと思いながらも、一歩踏み出すことのできない自分に、却って妄想でしか抱けないシチュエーションを、どう自分なりに解釈すればいいというのだろうかを考えていた。
オサムは、ミクとの最初の出会いを、合コンで知り合った相手だという位置づけをしてみた。
今まで、合コンには何度か参加したことがあったが、そのほとんどはメンバーが足りないからという「人数合わせ」にしか過ぎなかった。
そんなことは自分でも分かっていた。最初は、
――人数合わせでも何でも、意地でもカップルになって、主催者に一泡吹かせてやろう――
と意気込んだものだが、さすがに慣れていない合コンで圧倒されてしまうと、一泡吹かせるどころか、舞い上がってしまって、
――一刻も早く、この場から立ち去りたい――
と声にならない声を挙げていた。呼吸も安定せず、胸の動機も半端ではなかった。そんな状態で、どうして一泡など吹かせられるというのだろうか。
そんな苦い経験しかない合コンなのに、誘われるとついついついて行ってしまう。
――あわやくば――
という気持ちが心の中にまだあるからなのだが、いい加減、目を覚ましてもいいんじゃないかと思っている自分もいる。
合コンとなると、自分から話しかけることは、妄想であってもできなかった。そうなると、相手から話しかけられるのを想像するしかない。ミクには妄想の中で自分に話しかけてもらった。喫茶店では自分から話しかけることができるのに、不思議なことなのだが、設定は喫茶店とまったく逆のものだった。
つまり、ミクには自分に対して、歴史が好きだという会話を引き出させるような妄想を巡らせなければいけない。
そんな妄想はそう簡単にできるものではない。妄想は確かに想像の延長線上にあることなのだが、実際の自分にできないことでも、すべてができるというわけではない。むしろ、妄想でもできないことがあるということを思い知らされることも少なくなく、それがどうしてなのかを理解していないと、なかなか妄想を巡らすことは難しい。
一つ一つの小さなことから、結びつけていくしかない。かといって、目の前だけを見ていたのでは、目的地を見誤って、あらぬ方向へ進んでしまわないとも限らない。
そんなことばかり考えていると、
――誰か、自分を導いてくれる人がいないと、妄想も難しい――
と感じるようになった。
そんな時、ちょうど適任に思えたのが、横溝の存在だった。
あれから出会うことはないのだが、毎回のように会って話した内容は、奇抜なものが多く、さらに驚かされるものばかりだったが、不思議と一緒にいる時は、それほど印象深いものではなかった。会わなくなって次第に印象深くなってきたことを不思議に感じていたが、むしろ、印象深く感じられる方が自然ではないかと思えるようになっていった。
妄想の中に出てくる横溝は、今まで自分の知っている横溝だった。
妄想の中のミクは、自分の知っているミクというよりも、かなり自分の中で着色した部分が多く、その中には願望が含まれているのは言うまでもないことだった。
それなのに、横溝に対しては、自分の思っている横溝以外の何者でもない。
――それ以上でもそれ以下でもない――
という表現がピッタリ当て嵌まっているに違いない。
横溝を気になり始めたというよりも、
「毎日を繰り返しているのは、気が楽なんだけど、薄っぺらい平面でも、いくつも重なってくると厚くなる。それが重苦しく感じられるようになるんだって言ってたんですよ。どういう意味なんですかね?」
と、いう言葉を気にしていた。
アケミに話したというが、その言葉を最初は、
――平凡な毎日を繰り返している――
というだけの、
――愚痴のようなものだ――
と解釈していたが、
――本当は、実際に同じ日を繰り返しているのではないか?
という思いにいつの間にか変わっていた。
もちろん、そんなことを信じられるわけもない。同じ日を繰り返している人がいるなど、まるで夢のようなお話だ。だが、それを信憑性のあるものだという意識に変えたのは、オサム自身が、
――同じ日を繰り返せたらいいな――
と考えるようになったからだ。
自分がミクのことを気になり始めて、本当はどんどん好きになっていくので、次の日に会えるのが楽しみなはずだった。
毎日、どんどん相手を好きになっていくという感覚に酔っていたと言ってもいいだろう。
しかし、その逆の気持ちもあった。
元々、一つのことに集中すると、それ以外を見ることができなくなる、
――猪突猛進――
と言ってもいいような性格の持ち主なだけに、オサムは自分がミクに対してどんどん好きになることは別に気にならなかった。ただ、急に我に返って考えてみる機会がなぜか今回はあり、その時に考えたのは、
――あまり自分だけが先に進んでしまうと、気が付いて後ろを見ると、見える範囲には誰もいない――
ということになっていないかという思いであった。
それは、まわりが自分のスピードについてこれないというよりも、波長を合わせ損なって、違う世界に飛び出してしまったかのような思いを抱いたからだ。
その違う世界を、
――同じ一日を繰り返している――
と、感じたことで、それは、あたかも横溝が、
――消える前――
に話をしていたことだったのだ。
正確には横溝の言葉を思い出したというよりも、
――自分の発想が、横溝さんと同じだった――
ということであり、それは、急に自分を我に返らせるに十分な発想であったことに間違いはないだろう。
それだけに、オサムは横溝という男に言い知れぬ恐怖を抱いていたことを思い知らされた。
いなくなったことも、不気味だったが、最初から違和感があったような気がする。何よりも自分が来た時は必ず横溝はいたのだ。
「毎日来ていますよ」
と言っていたので、毎日来ている横溝に、自分が合わせるような格好になっていると思っていたが、
――ひょっとすると、逆だったのではないか?
と思うと恐ろしくなった。
なるほど、横溝が自分に合わせていたのだとすると、同じ時間の同じ曜日にやってくるオサムに合わせることは、それほど難しいことではない。しかし、それが何を意味するというのだろう。しかも、横溝はそんな素振りを一切見せなかった。オサムが横溝のことを他の人に聞いても、他の人も修と横溝の関係について不思議に感じる人はいなかったではないか。
それを思うと、急に来なくなったことも気になってしまう。
――なぜ、急に来なくなったのだろう?
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次