同じ日を繰り返す人々
女性のほとんどは歴史など興味のないものだという意識が強い人が多い中で、最近は「歴女」などと呼ばれる歴史好きの女子もいて、女性に対して歴史が好きなことを意外に感じるという態度を見せるのは、冒険に近かった。
下手をすると、
「女性が歴史に興味を持って何が悪いの」
と、態度を硬化させる女性もいるだろう。しかし、彼女がそんな態度を取る女性ではないという思いがあったことのも事実で、聞いてみることにした。
その際にポイントになるのは、
――さりげなさ――
である。
言葉通りのさりげなさでなければ、下手をすれば、白々しさを相手に植え付けてしまう。それでは完全に逆効果なのだ。
それでも、同じものに興味を持っている人間なので、やはり会話ができるのなら、それに越したことはないはずだと思うに違いないと感じていた。その思いに間違いはなかったようで、
「ええ、学生時代からずっと好きなんです」
という返事が返ってきた。
――彼女も、自分が最近の「歴女」のような俄かファンではないということを、強調したいんだな――
と感じた。さりげなさが功を奏したのか、彼女はオサムに興味を持ってくれたようだ。それから少しの間だったが、結構歴史の話に話に花を咲かせることができた。何よりも時間を感じさせることのなかった会話に、オサムは満足している。時間を感じさせない会話とは、内容の濃い会話で、内容の濃い会話をするには、会話が上手でなければ成り立たないだろう。相手が話しているのに、割って入って相手の話の腰を折ったり、反対意見をそのまま相手にぶつけたりしてしまっては、相手の面目は丸つぶれになってしまう。そうなれば会話どころではなくなってしまい、最後に遺恨を残すことになってしまう。かくいうオサムは学生時代、時々友達との間で遺恨を残してしまったことがあったので、会話には気を付けるようにしていた。
彼女の名前は、高橋ミク。近くの短大の二年生だという。雰囲気は大人っぽく見えたので、自分と同い年くらいかと思ったが、まだ二十歳ということを聞いて、再度見返してみると、
――なるほど、まだまだ幼さの残った顔立ちだ――
と、再認識させられ、その再認識させられた部分に彼女の魅力が隠れていたことが、オサムの中でミクは忘れられない存在になってしまったのだ。
オサムは、その日から毎日のように喫茶「イリュージョン」に通うようになった。今までは不定期に近かったが、それでも週に二回は来ていた。その時、必ずミクはいたのだ。――決まった曜日に来るわけではないのに、毎回会うというのは、ミクが毎日来ている証拠なのかも知れないな――
と思うようになったことで、毎日立ち寄ることにしたのだ。
ミクはそんなオサムの気持ちを知ってか知らずか、話しかけられると、嬉しそうに会話を楽しんでいる。それまでのミクを知っている人には意外に見えるかも知れない。
――やはり、自分と同じ興味を持っている人との話は、誰とでもしたいんだ――
と、他人の心理を覗き見たようで、くすぐったい気がした。オサム自身、ミクにも同じように思われていると感じたからだ。ただ、このくすぐったさは嫌いではない。相手が女性だということも、余計にくすぐったさが心地よさを運んでくれた。
オサムは自分が一つのことに集中すると、そこからなかなか抜けられない性格であることを自覚していた。今回もミクのことが気になってしまうと、次第にその思いは強くなり、どこにいても、ミクのことを考えるようになっていた。
それでも不思議だったのは、ミクのことを考えている時、喫茶「イリュージョン」以外で、彼女のことを想像することができないことだった。
デートスポットなどたくさんあって、まだ付き合うまでには至っていないくせに、雑誌を買って、どこに行きたいかを勝手に想像してみたりした。しかし、なぜか雑誌の中のイメージに、ミクが存在しえないのだ。それだけ喫茶「イリュージョン」にいる時のミクの印象が深いということなのだろうか。
そういえば、ミクのことばかり気になっていたのだが、あれからオサムは横溝のことを見ていない。
――俺が来る周期と違う周期になったんだろうな――
と漠然としてだが思っていた。アケミやマスターから、
「横溝さん、最近来なくなった」
という話は聞いていない。
別に話題にする必要もないのだろうが、本当に話題にも上らないと、気になってしまうというものだ。
ミクが毎日のように来ているようなので、オサムも同じ時間に合わせるように、毎日顔を出すようになった。やはり思った通り、ミクは毎日のように来ていて、顔を合わせるようになった。オサムにとってその時間は、一日の中で一番楽しい時間であり、日課となっていった。
日課になれば、すぐに楽しさにも慣れてくるもので、最初の楽しさが、薄れてくるのも時間の問題だった。要するに最初の新鮮さが失われていくわけである。
そんなことは分かっていたはずなのに、どうしても毎日来てしまう。それは、楽しさよりも日課を優先しているからで、オサムが望んでいたことと、少し離れて行っているように思えてならなかった。
もう一つ気になっていた横溝の方だが、やはり会うことはなかった。再度聞こうとまで思っていなかったが、
「最近、横溝さん、来てますか?」
と、アケミに聞いてみた。
「そういえば、横溝さん。急に来なくなりましたね。おかしなことを言っていた数日後からじゃなかったかしら? あれだけ毎日のように来ていて印象が深かったはずなのに、急に来なくなると、本当ならおかしいと思うはずでしょう? でも、横溝さんに限っては、急に来なくなっても、さほど印象に残っているわけではないの」
オサムも、確かに同じ思いだった。
横溝と毎回のように会っていて、それなりの会話を重ねてきたはずなのに、印象がほとんど残っていない。
もっとも、濃い内容の話をしたにも関わらず、次回になると、どんな話をしたのか覚えていないことが多かった。覚えていないというよりも頭の中の記憶が錯綜していると言った方がいいのかも知れない。そういう意味でも、一回一回の会話に繋がりがなく、毎回完結型で、濃い内容だったからではないだろうか。
そういう意味では、ミクとの会話とは正反対だった。
ミクとの間には、お互いに歴史という共通の話題がある。しかし、横溝との会話は、会話と言っても、いつも話題を拾ってくるのは横溝の方で、会話の主導権は完全に横溝が握っている。それだけに、オサムはいつも横溝の威圧感のようなものを感じて話を聞いていたのだ。
――一体、横溝さんはどこに行ってしまったのだろう?
他の常連の人も、横溝のことを見ていないという。少し気になってきたのも事実だった。
その一方で、オサムはミクが自分の中で本当に大きな存在になってしまっていた。
――忘れられない存在になってきた――
その思いは、
――ずっと一緒にいたい――
という妄想に駆られるようになっていった。妄想は願望に変わっていき、願望がまた妄想を生む。そんな繰り返しになぜか心地よさを感じていて、そのうちに妄想が現実になるような気がして仕方がなかった。
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次