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同じ日を繰り返す人々

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 たとえば親子関係の絆を描いた番組など、涙を誘う番組であっても、その時は感動して涙を流すこともあっただろう。しかし、ほとんどは、他人事だと思って見ているから涙も出るのであって、自分のことのように置き換えてみるとすれば、案外冷静に見てしまうところがオサムにはあった。
 オサムは、自分の親をあまりよくは見ていない。
 子供の頃から厳格な父親に対して、それに逆らうことのできない母親をずっと見続けてきた。
――まるで、昭和の家庭のようではないか――
 昭和の家庭がどんなものなのかハッキリとは知らないが、家族の中で父親が絶対的な力を持っていて、父親に逆らうなどもってのほか、母親は父親の意見に従い、逆らうことは許されない。
 家族は父親のいう通りに行動する。
 家族サービスで、
「日曜日はデパートに行くぞ」
 と、言われて、テレビドラマなどでは、子供たちは嬉しそうに小躍りしている姿が写されたりしていたが、
――そんなのウソっぽい――
 と、オサムはいつも心の中で叫んでいた。
 そして考えることは、
――自分が大人になったら、絶対にあんな親にだけはなるもんか――
 という思いであった。
 家族関係の何が一番幸せなのか、オサムには分からなくなった。大人になった今でも分かっていない。その原因を作ったのは、紛れもなく自分の両親だった。そう思うと、自分の両親を許すことはできない。
 特に父親は、
――自分の意見を押し付けて、何が楽しいんだ――
 と思っていた。
 しかし、最近では少し違う思いもある。
――本心からではなかったのかも知れない。家族を纏めるために仕方なく、厳格な父親を演じていただけなのかも知れない――
 とも感じるようになったが、それでも許すことはできなかった。その一番の理由が、
――僕を迷わせたからだ――
 と感じるからだった。
 考えてみれば、そんな考えは意地を通しているだけの、何の得にもならないことであり、余計な神経を遣うだけ、無駄なことなのに、どうしても我慢できない自分がいる。
 しかし、一方ではそんな自分を情けないと思っている自分がいるのも事実で、もう一人の自分は、意地を張りとおす自分を、他人事としてしか見ていないのだ。
 オサムは、時々、
――自分が誰かの生まれ変わりではないか?
 と感じたことがあった。
 見たこともない初めて来た場所なのに、
――以前にも来たことがあるような気がする――
 という、いわゆる「デジャブ」を感じることがあるからだ。
 それも、自分が誰かの生まれ変わりだと考えれば分からなくもないと思えることであったが、その信憑性は不完全なものだった。
 なぜなら、自分が誰かの生まれ変わりであれば、少なくとも、今から考えれば時代はすでに二十年以上は経っていることになる。それなのに記憶している時代は、さほど過去のものではないように思える。まわりが何もない平原のようなところであれば、時代の流れを感じさせることはないが、そうでなければ、同じ現代に思えてならないからだ。
 ということは、
――最近、どこかで見たことを、完全に忘れてしまっているからだ――
 と考えた方が、信憑性に関しては、完成度が高い。
 オサムは、特に忘れっぽくなっていて、しかも覚えていたいと思うようなことほど、忘れてしまっている傾向が強いようだ。
 一度自分の記憶能力を疑ってしまうと、もはや信じることはできない。逆にその代わり、別の特殊能力が備わっているかも知れないと考えると、
――自分が同じ日を繰り返していることで得た特殊能力ではないか?
 という考えを持つことができるようで、忘れっぽいということや、他人事に思えてしまうということからも、自分の考えが行きつくところは、どうやら、
――同じ日を繰り返している――
 というところに、最後は落ち着いてしまうようだ。
 オサムは、最近自殺を試みる人をよく見かけるようになった。
 最初に見かけたのは、電車に飛び込もうとした人だった。その人は、走ってくる電車に向かって飛び込もうとしていたのだが、その人の様子がかなり怪しかったにも関わらず、まわりの人は誰も気にすることはなかった。
 オサムは同じホームのかなり遠くから見ていて気が付いたにも関わらず、同じ列で並んでいる人誰もが、その人を気にすることはなかった。新聞を読んでいる人、スマホを弄っている人、さらには、何を考えているのかボーっとただ立っているだけの人とさまざまであったが、誰一人、先頭に並んでいる男性の怪しげな雰囲気に気付く人はいなかった。
 逆に並んでいる人全員が、怪しげな雰囲気に見えてくるから不思議だった。最初こそ、自殺をしようとしている人の怪しさにだけ気を取られていたが、よく見ると、その付近の雰囲気が完全に異様だった。自殺を試みようとしている人だけが怪しく見えるのではなく、全体の雰囲気に飲まれてしまっていたことで、先頭の人だけを怪しく感じたのだと思ってみたが、やはり怪しいのは先頭の男性だけだ。
 ホームに流れ込んでくる電車に、今にも飛び込みそうな雰囲気で、反射的に、
――少しでも近づいて助けなければ――
 と思ったが、オサムは身体を動かすことができない。
――夢でも見ているのか?
 と思った瞬間、確かに男は電車に飛び込んだ。
 瞬きをする瞬間がこんなにも長く感じられたことはなかったが、その男性は確かに飛び込んだはずだ。それなのに、何事もなかったかのように、電車が到着し、自分の目の前の扉が開いた。
 自分の後ろに並んでいた人は自分を追い越して電車に乗り込む。あっけに取られて飛び込んだはずの方を見ているオサムを、誰も意識していないようだ。他の人の顔を見ると誰も無表情、まるで氷のような冷たい世界に入りこんだようだ。そう思うと、今度はまわりが固まってしまって、誰もが微動だにしない世界に入りこんでしまっていた。目の前に見えている光景もさっきまでとは違い、色がモノクロームになっていた。
――本当に凍り付いてしまったのだろうか?
 これも子供の頃に見たテレビドラマで画面に広がっていた光景だった。凍り付いた時間はまわりを微動だにせず、色はモノクローム……。本当にそんな世界が広がっているのを見ることになるなど、ありえるはずのことではない。本当に夢を見ているわけではないのかと疑いたくなるのも無理もないことであった。
――やっぱりウソなんだ――
 さっきまで感じていた光景が、嘘だと感じた瞬間に、消えてなくなり、時間は流れを取り戻し、何事もなかったように、過ぎていく。
――ただ、さっきホームに飛び込んだ人はどうなったというのだろう?
 さっきまであんなに気になっていたのに、さっきの世界がウソだと思い、元の世界に戻った瞬間、まったく気にならなくなった。完全に他人事に思えてくると、その思いが本当に過去のことであることを思い知ると、落ち着いた気分になっていくのを感じていた。
――人の死なんていうのは、こんな感覚なのかも知れないな――
 と感じた。
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次