同じ日を繰り返す人々
大切なことを忘れていたのは、ヨシオと出会ってからツトムと再会するまでに、かなりの時間が掛かったように思えたのに、実際には翌日だったことだ。それは、オサムが同じ日を繰り返していたからに他ならない。同じ日を繰り返している期間を抜けた時、それ以前の記憶はリセットされて、昨日の記憶はそのまま昨日として意識されるので、そんなに時間が経ったという意識はないはずだ。それなのに、かなりの時間が掛かったように思えた。しかも、忘れてしまうのではないかと思うほど、かなり以前のことのように思えたのだ。その期間、同じ日を繰り返していたという証拠でもあるのだが、自分の思っていたことと違っていたことが少しショックであるにも関わらず、あまり意識していないというのは、やはり感覚がマヒしていたからに違いないのだろう。
ヨシオの話を聞いた時、オサムはまだ自分が同じ日を繰り返しているという意識はなかったにも関わらず、ヨシオの話では、オサムが同じ日を繰り返しているのだということを聞かされた。
疑問に感じてはいたが、そのことをヨシオに聞きただすことはしなかった。
――どうせ聞いても答えてくれないだろう――
という意識があったからだ。
ヨシオは肝心なことは話すが、話していいことと悪いことはわきまえているようだ。ということは、ヨシオが話をしないということは、オサムが知ってはいけないということになる。それがオサム自身が知ってはいけないことなのか、それとも、知ることは構わないが、今は知るべきことではないということなのか、オサムには判断がつかなかった。ただ、ヨシオが話さないということは、聞いても答えてくれないということだけは、分かっていた。
「オサム君とこうやってお話できるのを楽しみにしていたので、実に今日は楽しかったよ」
「いえいえ、僕もヨシオさんと出会えるとは思っていなかったので、何か安心した気がしました」
「君はこれから同じ日を繰り返すことになるんだけど、君なら大丈夫だ」
どこにそんな根拠があるのか分からない。
「どうして、そんなことが言えるんですか?」
「君はリセットという言葉の意味を分かっているようだからそう感じたんだよ」
「リセットですね」
分かったような分からないような気持ちのまま、オサムはヨシオと別れた。その日がオサムにとってどんな日であったのか、きっとそのうちに分かる時が来るだろう。その思いを抱きながら、オサムは家に帰りついた。
本当はその日、最初から喫茶「イリュージョン」に顔を出すつもりだった。
――喫茶「イリュージョン」に顔を見せれば、横溝がいるかも知れない――
という思いがあったからだ。
横溝と会いたいと思ったのは、その日、横溝と出会えば、何かを教えてくれるかも知れないと感じたからだ。
しかし、意外にもそこにいたのはヨシオだった。
ヨシオから聞いた話は、オサムの中で考えていたことに対して、
――目からウロコが落ちる――
と言ったような気持ちにさせる話であった。
何かを考えていたオサムだったが、それが一つにまとまらなかった。いつも一つのことに集中していると、他のことが目に入らないはずのオサムが、なぜか一つのことを考えている時に、一緒に他のことまで考えようとしていたのだ。
しかし、それは二つのことではなかった。繋ぎ合わせれば一つになることだったのだ。最初は二つのことを考えているなど、思ってもいなかった。なぜか考えが纏まらないと思っていただけなのだ。
ヨシオと話すことで、自分の中に二つの考えが存在し、無意識に共通点を探っていたのに、共通点が見つからず、モヤモヤした思いでいたことも、意識の外だった。
――感覚がマヒしていたのかも知れないな――
ヨシオと出会ったことで、考えが一つになったが、それが本当にいいことなのかどうか、まだ頭の中で測りかねていた。
オサムは横溝と出会うことはできなかったが、ヨシオと出会ったことが何か大きな影響を及ぼすと思えてきた。それが今日という日のすべてとなるような気がしなかったのは、気のせいではなかったのだ……。
第四章 飛び出す未来
その日、家に帰ってから、日付が変わる瞬間を刻一刻と迎えていた。デジタル時計を見ているのに、頭の中にはアナログ時計の針が動いていた。秒針が次第に左下から上に上がっていく。三本の針が一つになる瞬間を迎えるのだ。
いや、迎えたはずだった。時計の針は確かに一直線になったはずなのに、気が付けば、秒針はすでに右下に向かって下がっていくのが見えていた。
――どうして気付かなかったんだろう?
そう感じたが、確かに時間は何事もなく進んでいた。同じ日を繰り返しているなどという感覚はどこにもなく、三つの針が重なったところを見なかっただけで、他は何も変わりないではないか。
そう思うと、急に睡魔が襲ってきた。
それまでは睡魔を感じることもなく、このままずっと夜を徹しても構わないくらいに思えていた。
――よほど緊張していたのかも知れないな――
あれだけ同じ日を繰り返すことになるという前兆を感じ、人からも言われていたので、自分で感じていたよりも、想像以上に緊張していたに違いなかった。睡魔は緊張から解き放たれた証拠であろう。
しかし、一抹の不安はあった。
――このまま眠ってしまって、本当に目が覚めるのだろうか?
今度は、最悪のことを考え始めた。
それはきっと、
――同じ日を繰り返している時、そこから逃れるには、死を覚悟しなければならない――
という思いが、今まで同じ日を繰り返してきた人から聞いた話を思い出した時に得られる結論の一つであったのも事実である。
だが、一度訪れた睡魔に勝つことは、オサムにはできなかった。襲ってきた眠気は指先を痺れさせ、瞼の重さを思い知らされる。
――目が覚めたら死んでいた――
などという洒落にならないジョークを、なぜかその時思い浮かべた。
――余計なことを考えているから眠くなるのかな?
と、考えることをやめようかと思ったが、やめると襲ってくるのは不安だけ、そんな状態で起きているのも、辛いだけである。
結局、睡魔に身を任せるようにするのが一番だと考え、そのまま眠りに就いてしまっていた。
オサムの夢の中には、ツトムとヨシオが出てきた。
二人は、同じ日を繰り返している話をしている。場所は喫茶「イリュージョン」ではなく、知らないお店だった。今までオサムもツトムも、喫茶「イリュージョン」でしか会ったことがなかったので、
――僕の知らない二人の世界が、本当に広がっているんだ――
と感じた。
ただ、オサムが知らない二人の世界が自分が知っている世界の広さに匹敵するような気がしてきたのは、一日という限られた世界も、何日も続いているであろう世界も、元々同じ大きさのものではないかという思いを抱き始めていた。
ツトムとヨシオの話は、一見対等に見えたが、後半はヨシオの指示に変わっていた。
最初、ツトムの話を黙って聞いていたヨシオだったが、彼には彼の考えがある。それを確かめるかのように、ツトムの話を目を瞑って聞いている。
――咀嚼しているようだ――
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次