同じ日を繰り返す人々
「パラドックスというのは、現実世界のことであって、夢の世界のように、夢と夢の間であったり、同じ日を繰り返している場合は、日にちが変わるであろう瞬間に、リセットされることになるのだから、過去に戻るという発想は、パラドックスの範囲外ではないんだろうか?」
「確かにその通りなんだけど、やっぱり、リセットされたとしても、過去に戻ることはできないと思うんだ」
「どうしてなんだい?」
「夢の中で同じ日を繰り返している人が、本当に同じ次元に過去を持っているかどうか、疑問に感じるからなんです。同じ日を繰り返すために、夢の世界に入ったのだとすれば、同じ日を繰り返している夢の世界というのは、本当に過去と同じ次元なのかということを考えると、『否』という答えが導き出される気がするんですよ」
オサムは、パラドックスを感じながら、自分が同じ日を繰り返す扉を開けることになると思っていたが、どうもそうはならないようだ。
その入り口に立ちはだかったのが、ヨシオであり、出口の近くと、そして、出てきてからその場所にも誰かがいるような気がした。
その人たちはそれぞれに違う人で、自分のターニングポイントに立ちはだかり、その時に何かを悟らせる要因になるのだろうと思った。
それが誰であるのかは分からないが、少なくとも今までにその人の存在を身近に感じているのは事実だろう。
そう思うと、大体の見当はついている。その場で誰が現れるのか、興味深いところであった。
その考えが、オサムに、
――同じ日を繰り返しているという夢は、永久ではないのではないか?
と思わせた。
しかし、実際に入ってしまうと、本当にこの思いを確信として信じ続けることができるだろうか? それがオサムにとって一番気になるところであった。
――リセットという言葉が、これからの自分に重要な役割を示してくれるような気がする――
と思うようになった。
ヨシオの話をじっと聞いていると、ヨシオの考えていることがある程度分かるようになり、自分の意見を言えるようになると、今度はヨシオをそこまで得体の知れない存在に思えなくなった。
――僕と似たところがあるのかも知れない――
そう思うと、最近出会った人たちは、誰もが同じ穴のムジナのように思えてくるから不思議だった。
ヨシオの話は、オサムに今まで考えたことのないものを感じさせたように思えたが、話をしている時は、確かにその時初めて感じたことではないという意識を持った。今までに感じていたことを忘れていたのか、それとも意図的に意識しないようにしていたのか、自分でも分からない。ただ、意図的にしていたとすれば、ヨシオが話をした時に感じたに違いない。それがないということは、本当に忘れていたのではないだろうか。
リセットという言葉が、どうしても頭の中で引っかかっていたのは、ヨシオから聞いた話を、自分が意図的に意識しないようにしていたわけではなく、本当に忘れていたのではないかと思ったからだ。意図的に意識しないことと、忘れていたこととでは大きな違いがある。意図的に忘れていたものは、自分の世界の中だけで考えられることだが、忘れていたというのであれば、自分の問題なのか、それともまわりから影響を受けたものなのか、どちらなのか分からない。それだけ考える幅が広がったということだ。
リセットというのは、そんな自分にまわりが影響しているものなのかを知るには、大きな手掛かりになるのではないかと思われた。オサムは、その時、自分が物忘れの激しいことを今さらながらに思い出さされた。
――物忘れの激しさも、自分だけの問題ではなく、まわりから何らかの影響を受けているからなのかも知れない――
と感じた。
物忘れの激しさは、実は今に始まったことではなかった。数か月前から、少しずつ気になっていた。
――仕事が惰性のようになってきた――
と感じたのだが、それと前後して物忘れが気になり始めた。
仕事のことで物忘れの激しさを感じることはあまりなかったが、そのうちに仕事に影響してくるかも知れないと思うようになってから、密かに不安に感じていたものだった。
物忘れというものが、
――他のことを考えていたので、覚えることができなかった――
と思っていたはずなのに、物忘れが日常生活に影響してくると、その考えが違っていることに気が付いた。
――他のことを考えているから覚えられないというわけではなく、むしろ、何も考えていないからすぐに忘れてしまうのではないか――
と思うようになったのは、今までの自分が、何も考えていないように思っている時でも、いつも何かを考えていたということに気付いたからだった。
そういえば、子供の頃から、いつも何かを考えていたように思う。むしろ、子供の頃の方がその傾向が強く、特に小学生の頃などは、いつも算数の数式について考えていた自分を思い出した。
そのことを忘れていたわけではないのだが、思い出す必要がなかったので、記憶にだけ留めていた。思い出す必要のない時は、しまい込んだまま、引き出すことのない記憶の奥にある部分、そこに小学生の頃の自分の習性についての意識が格納されていた。
算数というのは、子供心に興味があった。規則正しく並べられている数式には、魔力のようなモノが潜んでいると思っていた。一度算数の時間に先生が教えてくれた魔法陣のからくり、しかし、それよりも算数の数式の方がさらに魔法に思えていた。
しかも、それを他人から教わるわけではなく、自分で発見するという遊びは、子供のオサムを夢中にさせた。
――規則正しく並んでいるものを、一度崩して新しく組み立て直すと、そこには想像もしていなかった新しい発見が生まれてくるんだ――
と思っていたからだった。
その思いは、リセットに繋がるものがあった。
――一度崩すということは、まったくなかったものから新しく作り出すのだから、リセットするのを同じではないか?
厳密にいうと、リセットというのとは違っているのだが、作り直すという意味では共通点が多い。それを思うとオサムは、今よりも子供の頃の方が、実に真面目で、考えが深かったのではないかと感じるようになっていた。
「二十歳過ぎればただの人」
という言葉もあるが、自分もまさしくその通りではないかと思っていた。しかし、それは物事を考える上で、深さという意味を考慮すれば、二十歳を過ぎてもあながち、
――ただの人――
とは言えないのではないかと思っている。
――何か大切なことを忘れているような気がする――
オサムは、最近そう思うようになっていた。それは自分が同じ日を繰り返しているという意識を持つ前からのことで、忘れてしまってもいいように思うのだった。
何が大切なことなのか分からなくなっていたというよりも、忘れてしまうことに感覚がマヒしてしまっていたと言った方がいいのかも知れない。その時に感じていたはずもなかったリセットという感覚を無意識に悟っていたからなのかも知れないと感じたのは、その後、ツトムと再会してからのことだった。
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次