同じ日を繰り返す人々
しかし、逆に過去に感じたどこかで見たことというのが、未来に感じるはずのことを予知しているだけだと思えば、その時と二回だけのことを考えればいいだけで、よほど、過去に果てしない思いを馳せることよりも、信憑性があるのではないだろうか。そう思えば同じ日を繰り返している人の特殊能力の一つが、この予知能力だという考えも十分にありなのではないだろうか。
この考えをヨシオに話すと、彼も、
「もっともの考えだって思います。僕もそこまでハッキリとデジャブに関して考えたことはなかったけど、僕の考えを裏付けるには十分なものだって思っていますよ」
デジャブについて考えていると、さらにヨシオは自分の考えを続けた。
「今話に出たデジャブと、考え方として交わることはないけど、ニアミスを侵しているような気がするね」
「まるで決して交わることのない平行線を描いているようですね」
「というよりも、『限りなく透明に近い白色』というイメージの方が強いかも知れませんね」
「その表現もピッタリだ。でも、僕はもう一つ別の考えを持っているんだ。それは、違う考えというわけではない。そういう意味では、交わることのない平行線を描いていると言えるのではないだろうか」
「それはどういうことですか?」
「同じ日を繰り返しているという世界では、慣れてくると、同じ日の過去であれば、どこにでも飛び越えることができるような気がしていたんだよ」
「同じ日なのにですか?」
「そうだよ。同じ日を繰り返していると思っているのは、僕は錯覚なのではないかって思うんだ。次の日になって新しい日が開けるのか、それとも、同じ日を繰り返すことになるのかの違いというのは、日にちが変わるその瞬間に、リセットされるかどうかで決まるということなんだ」
「リセットというのは?」
「感覚的なものだけをリセットするという意味なんだけど、日にちが変わる瞬間に、実は誰もが頭の中をリセットされると思っているんだ。普通に新しい未来が開ける人は、その日一日をリセットするんだ。でも、同じ日を繰り返している人というのは、前の日をリセットするわけではなく、その一日よりも前をリセットするんだ。同じ日を繰り返しているのか、それとも日にちが変わった瞬間に未来が開けるかどうかの問題は、このリセットがどちらで行われるかということで決まるのさ」
「じゃあ、同じ日を繰り返している人は、過去をいつもリセットしているということになるんですか?」
「いや、それは最初の一回きりなんだよ。二回目に同じ日を繰り返して、日にちが変わろうとした瞬間には、その日をリセットしようとする。でも、一度それ以前をリセットしてしまったことで、その日をリセットしてしまうと、すべてがリセットされてしまうことになる。そんな恐ろしいことはできないって無意識に思うんだよ。だから、この世界からなかなか抜け出せないのさ」
「じゃあ、思い切ってその日をリセットすることができれば、その人は同じ日を繰り返しているという呪縛から逃れられるのかも知れないとも言えるんですよね」
「僕は正直そう思っている。ただ、今は実際に同じ日を繰り返しているわけではないんだけど、今の君の話を実行したという感覚はないんだ。だから、もし実行できたとしても、それは戻ってしまった瞬間に忘れてしまっていることになる。これって何かに似ている感覚だろう?」
「あっ、それこそ、夢の感覚じゃないですか」
「だからこそ、僕は同じ日を繰り返していることに、夢の世界が関わっているという仮説を立てたんだよ。そして、同じ日を繰り返すということを、人間であれば誰しも一生に一度は起こることだって思ったんだ。夢を見ない人間なんていないと思うからね」
彼の話は実に興味深いものだった。
話をしていて共感できることは今までにもあった。ただ、それはお互いに意見交換の中で納得していくもので、この時のように、ほとんどが相手の意見を聞いているだけなのに、ここまで共感でき、さらに発展した考えを持つことができるようになるなどということは思ってもみなかったことだったのだ。
「ヨシオさんがさっき言っていた『慣れてくれば、過去のどこにでも飛び越えることができる』というのは?」
「いくら同じ日を繰り返しているとしても、過去が一枚岩ではないということさ。どこかに違いがあるから、紙のように薄っぺらいものでも、重なって行くにしたがって、次第に厚みを帯びてくる。逆にいうと、薄っぺらい紙と言っても、それは『限りなく薄いが、まったくのゼロではない』ということにもなるだろう」
「ヨシオさんは、過去のどこかに戻ったことがあったんですか?」
「戻ることはできなかったね。僕の中の理論では戻れるはずだっていう思いがあるんだけど、どうしてもできない。それは、リセットという感覚が影響していたんだけど、そこに気付くまでにかなりの時間が掛かった。リセットというイメージは、同じ日を繰り返すということを考え始めた比較的最初の頃から持っていたのに、それと過去に戻るという感覚がなかなか結びつかなかったのさ」
「でも、過去に戻ることのできる人もいるかも知れませんね」
「僕も理論的には不可能ではないと思っていたんだ。実は、そのことを話した人間が今までに一人だけいるんだ」
「それがツトムさんだというんですか?」
「そうだよ。ツトム君も僕の意見に賛同してくれた」
その話を聞いて少し不気味な気がした。
一つは、ツトムが簡単にその話を信じたということ。そして、もう一つは、最近、そのツトムと会っていないということだった。
「でも、その話をよくツトムさんは信じましたね」
「最初はビックリしていたさ。でも、彼は自分の考えていたことと照らし合わせたみたいで、しばらくすると納得してくれたよ。でも、この話はあくまでも仮説であって、絶対にできっこないんだって言っていたのが印象的だった」
「実は、僕も今、ヨシオさんの話を聞きながらいろいろ考えていたんですけども、やっぱり過去に戻るというのは不可能だって思ったんですよ。それが夢の中の世界であってもですね。いや、逆に夢の中の世界だからこそ、難しいのかも知れません」
「どういうことなんだい?」
「タイムマシンなど、SFの世界では、過去に戻ることをパラドックスの証明として、タブーが定説になっていますよね」
パラドックスというのは、簡単に言うと、たとえば自分が過去に戻り、過去のものを壊したとする。すると、そこから先は歴史が変わってしまって、今の世界ではありえないという考えだ。一番分かりやすいのは、自分の親が出会うところを邪魔してみたり、あるいは親を亡き者にすれば、自分は生まれてくるはずがない。
生まれてこなければ、過去に戻って、親を殺すことはできない。親を殺さなければ自分が生まれてきて、過去に戻って親を殺しに行く。
要するに、歴史の辻褄が合っていないのだ。時代の流れの矛盾のことを、いわゆる「パラドックス」というのであろう。
しかし、夢の世界であれば、同じように歴史が繋がっているわけではない。ヨシオの話のように、同じ日を繰り返しているのは、夢の世界であり、夢の世界では同じ日を繰り返すかどうかは、リセットするかしないかにかかっているというではないか。
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次