同じ日を繰り返す人々
「性欲にしても、征服欲にしても、あまりいいイメージに見えないだろう。でも、食欲や睡眠などの欲は、誰も悪いとは言わない。つまりは、自分だけの中で解決できない欲、人に迷惑を掛けてしまう欲、それを怖がっているのさ。性欲にしても、征服欲にしても、どちらも実現させようとすると、どうしても犯罪が絡んでしまうような気がしてくるだろう?」
「そうですね。テレビ番組なんかの影響かも知れませんが、確かにその通り」
「でもね。テレビ番組で取り上げるというのは裏を返せば、それだけ誰もが気にしているということを示しているんだよ。タブーとされながらでも、そのことを取り上げれば、視聴率が上がる。それだけ興味があるということなんだね」
「それは、実際には犯罪になるからできないけど、テレビドラマなどで、自分の代わりに誰かがやってくれるという意識なんですかね?」
「それもあるだろうけど、やっぱり、普段は避けていることでも、架空の世界の出来事なら、ありだと思っているんじゃないかな? しかも避けているということをテレビドラマを見ながら意識する。それは普段の自分を客観的に見ている自分がいるような気がするんだけど、違うかな?」
「ツトムさんは小説を書いていると言っていましたけど、あの人も小説の中で、自分の願望を叶えようとしていたんでしょうか?」
「彼はそんなことはしない。しないというよりも性格的にできないんだと思うよ。でも、それは彼が善人だからできないというわけでもないし、書くということになると、発想が浮かんでこなくなるというわけではないんだ。彼の中で自分なりに法則のようなものを持っていて、彼が欲について小説に書くということは、反則だと思っているんじゃないかって思うんだ。ただ、本人は、自分に発想が浮かんでこないからだって思っているに違いないんだけどね」
「どうして、ヨシオさんは、そんなに人のことが分かるんですか?」
「いや、人のことが分かるわけではなく。ツトム君のことだから分かるんだ。人には、『この人のことなら、手に取るように分かる』という人が、誰にでも一人はいると思っている。ただ、そのことを意識しない人はたくさんいるのさ。出会っていないのかも知れないし、出会っていて、しかも時々話をする人であっても、そこまで相手のことを分かるとは思っていない。それだけ自分に自信が持てる人間なんていないということさ」
オサムは自分を顧みて考えてみた。
――僕にはそんな人はいない――
元々、人と話をすることがめっきりと減ってしまった。
最初は相手からウザいと思われても、お構いなしにこちらから話しかける方だったが、大学三年生くらいの頃から、次第に人と話をしなくなった。
人と話をするのが煩わしく感じられるようになったのだ。
こちらが煩わしいと思っていることは、相手にも伝わるもので、ぎこちなくなったのはお互いさまだった。
――ひょっとすると相手も僕と同じように、自分の方から話をしないから相手が話をしてくれない――
と思っているのかも知れない。
この思いは相手に気を遣っているからではなく、それだけ相手のことを考えていないからだ。
――まずは自分中心――
この考えが、オサムを自分の殻の中に閉じ込めて、独自の考えを生む手伝いをするようになったのだ。
ヨシオが話を続けた。
「僕は同じ日を繰り返しているという研究をしている時だけ、意識は同じ日を繰り返していないんだ」
「それはどういう意味ですか?」
「この世界にも慣れというものがあって、さすがに同じ日を何度も繰り返していると、感覚的に分かってくることもある。ただ、逆に慣れてしまって、気付くべきことが気付かずに、ずっと未来に向けて生きている人には気付くはずのことを気付かなかったりする。毎日を繰り返している人というのは、それだけ感覚が退化してしまっているのかも知れないんだ」
「そういえば、ツトムさんが面白いことを言っていましたね」
「何と言っていたんだい?」
「同じ日を繰り返している人は、それだけでハンデを持っていることになるから、他の人にはない特殊能力を持っているんだって言ってました」
「特殊能力ねぇ」
「ええ、しかも、特殊能力と言っても、それは人間誰しも持っているものであって、ただ、その感覚が研ぎ澄まされているだけだという話にもなりました。僕はその意見に賛成なんですけどね」
「なるほど、その意見には賛成だね。と言っても、その話は僕と話をしている時にも出た話題ではあったんだけどね」
「そうだったんですね。でも、ヨシオさんは、同じ日を繰り返しているという研究をいつから始められていたんですか?」
「僕は、自分が同じ日を繰り返すようになってから研究を始めたわけではないんだ。元々から、同じ日を繰り返しているという感覚を持っていて、その中で考えていたことなんだけど、同じ日を繰り返しているというのは、夢の中でしか存在できないことだって、ずっと思っていたんだ」
「夢の中だけで繰り返しているということは、夢の世界が繋がっているということですか? 以前、『夢の共有』という、他人と同じ夢を共有しているっていう感覚の話をしたことがあったんですが、何となく同じようなニュアンスに聞こえますね」
「君が、『夢の共有』についてそれなりの感覚を持っていてくれているのであれば、同じ日を繰り返しているのが、夢の中だという感覚を案外と理解しやすいのかも知れないと思っているよ」
「夢というのは、一回完結じゃないですか。しかも、どんなに印象の深い夢であっても、気が付けば忘れてしまっている。きっと目が覚めるにつれて忘れていくんでしょうね。目が覚めるまでに時間が掛かるのは、夢を忘れるためだって、僕はずっと思っていました」
「その通りだよ。だからこそ、夢は現実世界に自分が引き戻された時、一度リセットされる必要がある。それが目が覚めるにしたがって夢を忘れることなんだ。どうしてそんな必要があるかというと、その人の中で一度見た夢は繋がっているからなんだよ」
「じゃあ、たとえば今夜夢を見るとすれば、それは過去の夢から繋がっているということなんですか?」
「その通り。だけど、それは一度前に見た夢だとは限らないんだ。今日という日が、必ず昨日という日の続きである現実世界とは明らかに違う。そのため、夢というのは、現実世界に引き戻される間にリセットされる必要があるのさ」
「まるで、デジャブを感じさせますね」
デジャブというのは、一度も見たことがないはずなのに、過去に見たことがあるような気がしてくることで、それがいつのどこだったのか、決して思い出すことはできない。
なぜなら、デジャブというのは、「記憶の辻褄合わせ」のようなものであり、見たというのは、本当にそのものズバリを見たわけではなく、たとえば、壁に掛かった絵を見て、その時に、
――どこかで見たことがあるような気がする――
と感じたことが、意識の中に残っていると思っていたのだ。
つまりは、過去に感じた、
――どこかで見たこと――
というのは、本当にさらに過去のことなのか、オサムは疑問だった。過去であるなら、同じ記憶が果てしなく過去に繋がっているものであり、それはそれで不思議な感覚だ。
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次