同じ日を繰り返す人々
それ以上のことを知っていて話をしなかったようには思えない。もし、そうなら、ツトムの中にヨシオを隠さなければいけない何かがあったということになる。
「科学者というのはすごいですね」
「そんな風には見えないだろう?」
「そんなことはないですが」
最初はピンと来なかったが、顔をよく見ると、髭面が妙に貫録を表していて、白衣を着て、手をポケットに突っ込んでいれば、それなりの迫力を感じさせる雰囲気に、思わず、
――なるほど――
と感じさせるところがあった。
ヨシオが何を考え、これから何を言おうとしているのか、なかなか想像するのは困難だった。
オサムはツトムのことを思い出そうとしていた。
――そういえば、あれだけ毎回のように会っていたのに、最近はご無沙汰の気がするな――
と感じていたが、その思いは横溝にもあったが、横溝に対してとは雰囲気が違った。なぜなら、横溝とはそれほど親しく話をしたことがないだけに、いなくても最初は気にならなかった。
ツトムに対しては、あれだけ話をしていたので、いなくなると、一抹の寂しさを感じ、一人の孤独を思い知らされる気がした。しかし、それはこれから自分に起こるであろう、
――同じ日を繰り返す――
ということへの不安が募っていることを表していた。
そして、二人と会わなくなって数回経つと、今度は立場が逆転しているのに気付かされた。
ツトムと出会わなくなってもさほど気にならなくなったのに、横溝がいないということが気になってきた。それだけオサムの中での残像が、違った形で残ってしまったということを示しているのだろう。
「ツトムに同じ日を繰り返しているという話をしたのは俺なんだけど、そのことはツトムから聞いているかな?」
「ええ、聞いています。ツトムさんが言うには、同じ日を繰り返していることを告げるのは、一人に対して一人だって言っていました。ツトムさんのお話は分かりやすいんでしょうが、聞いていて信じがたいところもあって、どうにも納得できないところが多いような気がします」
「それはそうでしょうね」
「俺も実は以前、同じ日を繰り返していたんだ。今は元の世界に戻ってきたんだけど、元の世界に戻れずにいる人も結構いる。その中には、向こうの世界がいいと思っている人もいたりするから不思議なんだ」
「ヨシオさんはどうだったんですか?」
「俺は、早くこちらの世界に帰ってきたいとずっと思っていたのさ。どうやったら戻ってこれるかということもいろいろと考えてね。でも、途中で気付いたんだ。俺がこの世界にいるのは、最初に俺がこの世界を創造して、こっちにいることを望んだからだってことをね」
「それはどういう意味なんですか?」
「一口に言えば現実逃避になるんだろうが、俺の場合は少し違う。自分が創造した世界を証明したいという思いに駆られたと言った方がいいかも知れない。だが、俺と同じような気持ちの人がいたんだ。俺よりも少し後に同じ日を繰り返すようになったんだけど、それがツトムだったんだ」
「そういえば、ツトムさんは小説を書いていると言っていましたね」
「そうだね。そして、俺は科学者の端くれ、お互いに共通点はあるような気がしているんだ」
「ツトムさんは、ヨシオさんのことは何も話してくれませんでしたけど、ヨシオさんのことを何も知らなかったんでしょうか?」
「そんなことはない。二人で同じ日を繰り返す世界の話を語り明かしたものさ。彼はそれなりに必死に訴えるものがあったよ。ただ、俺と彼とでは性格的には似ていないと思うところがあってね」
「そうなんですか。でも、お互いに避け合っているというわけではないんでしょう?」
「そんなことはない。ただ、お互いに適度の距離を保とうとしていたのは事実で、一時期微妙な距離を模索していたような気がする。そのせいでぎこちなくなった時期もあったんだけど、だからと言って避け合っていたわけではない。緊張の糸が張りつめていたというのはあったかも知れないね」
「僕はツトムさんから、そのうちに僕も同じ日を繰り返すことになると聞かされて、少し戸惑っているところなんですけど、そのツトムさんとは前はずっと会っていたのに、今は会えなくなったのが少し気になっています。ツトムさんは元気にしているんでしょうか?」
「彼は元気だよ。でも、彼は今、同じ日を繰り返している世界から抜け出そうと必死になっているところなんだ。どうやら、彼は大きな勘違いをしているようで、それが分からないと、あの世界からは抜けられない。もっとも、抜けようという意識が少し違っているような気がするんだ」
オサムは、ヨシオの話を聞いていると、ツトムが話してくれた内容とは少し違っているように思えたが、突き詰めると、同じところに戻ってくるような気がした。
ツトムのことを思い出しながらヨシオを見ているのと、ヨシオを見ながらツトムのことを思い出しているのとでは、状況が違ってくるのが分かった。目の前にいるヨシオの方が印象深いと感じるのは仕方がないとしても、ヨシオを見ていると、ツトムへの意識が次第に薄れていくのが感じられ、不思議な感覚に陥っていた。
「ところで、ヨシオさんというのはどういう人なんですか?」
ヨシオのことを何も知らないから、ツトムのことを思い出そうとしても次第に意識が薄れてくるような気がした。ツトムがヨシオのことに対して何も触れなかったのにも、何か理由があるような気がする。ひょっとすると、ツトムがしようとしていることを、オサムが否定したということと、何か関係があるのかも知れない。
――僕には、ツトムさんに恨まれるような何かをしたという意識はまったくないんだけどな――
それが、ツトムと出会うかなり前のことであったということを、その時はまだ知らないオサムだった。
オサムは、疑問に思っていたことをヨシオに聞いてみることにした。
「ヨシオさんは、ツトムさんと同じを繰り返していると言いますが、繰り返し始めたタイミングというのは違いますよね?」
「そうだね」
ヨシオは笑顔で答えた。
「でも、お二人はどこかで出会って、相手に同じ日を繰り返していることを告げたわけですよね。同じ日しかお互いに繰り返していないはずなのに、そんなことが可能なんですか?」
「同じ日を繰り返しているからと言っても、ずっと薄っぺらいままではないんだよ。薄っぺらい世界が同じ日を重ねるごとに厚くなって重たくなってくる。そのうちに他の人との接点が生まれてくるということは考えられないかね?」
これは、オサムが横溝から聞いた話だった。あの時は、単純に毎日を生きることへの辛さから、同じ日を繰り返すことを羨ましがるという、今では考えられないことを思っていた時に聞いた言葉だったので、ビックリした。
そんな表情を感じ取ったのか、
「どうやら、この話を聞くのは、君は初めてではないようだね」
そう言って、またニッコリと笑った。
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次