同じ日を繰り返す人々
オサムが横溝に話しかけると、横溝は無表情で、何も言わなかった。元々ぶっきらぼうなところがあるが、表情を変えずにしかとするようなそんな人ではなかったはずなのに、オサムはそんな横溝に拍子抜けしていた。
だが、横溝はいつもの席に腰かけると、すぐに表情が変わり、
「ああ、オサム君か。最初誰か分からなくて、すまなかった」
「いえ、いいんですよ。体調が悪いんですか?」
「そんなことはないんだけどね。でも、オサム君とここで会わなくなってから久しいんだけど、そのうちに会えるようになるとは思っていたんだ。でも、それが今日だとは思ってなかったけどね」
「どうして、会えると思ったんですか?」
「ただの勘のようなものだけど、バイオリズムの周期が元に戻ったというところかな? 俺のバイオリズムは時々不規則になることがあるからね」
横溝を見ていると、何かを隠しているように思えてならない。
――一体何なのだろう?
「オサム君は、ツトム君とよく話をしているようだけど、ツトム君は、君に対して恨みを言っていなかったかな?」
「そんなことはないですよ。恨まれるようなことを僕がしたんですか?」
「いや、そんなことはない。じゃあ、君自身もツトム君自身も、お互いに意識はないんだね?」
「何のことを言っているんですか?」
「君はツトム君が同じ日を繰り返していることを知っているよね?」
「ええ、本人から聞きました。そして、僕もその一人であるという話も聞きました」
「君たち二人は、別々に同じ日を繰り返すことになるんだけど、それは教えてくれた相手とは同じ世界に入りこむことはないという法則のようなものがあるからなんだ」
「でも、どうしてそのことを横溝さんは知っているんですか?」
「元々、俺も以前は同じ日を繰り返していた経験があったからね」
その時は、あまり深く考えなかったが、今から思えば。
――どうしてこの時、ハッキリと聞いておかなかったんだろう?
と感じた。
「そうだったんですね。でも、この世界に生還できたということで、横溝さんは、向こうの世界とこちらの世界の二つを知ることになったので、それだけ、よく何でも知っているということなんでしょうね?」
「そうとも言えるが、知りたくないことまで知ってしまうというのは、ある意味で、これほど辛いこともない」
この時、横溝は何とも言えない寂しそうな顔をした。それはこの世の孤独を一人で背負いこんでしまったかのような表情だった。
――聞かなかった方がよかったのかな?
と思ったが、それは同時に自分の頭の中から、この時の横溝の何とも言えない表情を忘れさせることがないようにさせたのだ。
「ツトム君は同じ日を繰り返していることについて何て言っていたかね? 普通の世界に戻りたいと言っていたかな?」
「そこまでは言っていませんでした。ただ、そんな世界が存在しているということと、同じ日を繰り返している人には不思議な力が備わっているということを話してくれましたね」
「なるほど、いわゆる一般論を話したわけだね」
「それは当たり障りのないところを話してくれたということなんでしょうか?」
「そう思っていいかも知れないね」
「さっきの横溝さんの話では、僕が同じ日を繰り返しているツトムさんに対し、何かをしたので、僕がツトムさんから恨まれているのではないかということを言おうとしてかのように聞こえたんですけど、違うんですか?」
「そういうことだよ」
「でも、僕はツトムさんが同じ日を繰り返しているなどということをこの間知ったばかりなので、何かをしたという意識はないです。ひょっとして、何も知らないからこそ、相手に悪いことをしたと言いたいんですか?」
「そうではないんだ。あくまでも彼が同じ日を繰り返しているということを君が知っていた上で、君は彼に恨まれるかも知れないことをしたんだよ。そのことを君は意識していないだけなのかも知れないが、それをツトム君も意識していないというのはおかしな話のような気がする」
そう言って、考え込んでしまった横溝だったが、
「僕は、そのことをどうして横溝さんが知っているのかということが不思議なんですよ。どうしてなんですか?」
「忘れたかい? 僕も同じ日を繰り返していたんだよ。だから、向こうの世界にいる人間の行動パターンは手に取るように分かるんだ」
「ということは、同じ日を繰り返している人の行動パターンは決まっているということですか?」
「いや、実はこちらのいわゆる現実社会で暮らしている人の行動パターンも実は決まっているんだよ。皆が皆、難しく考えているから、行動が複雑になっているだけで、ある意味歯車がかみ合っていないのがこの世界だっていうことができるんじゃないかな?」
横溝の言っていることは奇抜な発想に変わりはなかったが、少し時間を置いて考えれば、納得できないことではない。しかも、一度納得してしまうと、そのまわりにあった今まで理解できなかったことも理解できてくるように思うから不思議だったのだ。
第三章 リセット
オサムは横溝に会った数日後、ツトムに出会った。
ツトムと、喫茶「イリュージョン」以外で出会うのは初めてだった。その時、オサムは前兆を迎えていて、自分もそのうちに同じ一日を繰り返すのではないかという不安に駆られ始めていた頃だった。
ツトムと話をしたのは、いつも喫茶「イリュージョン」の中、冷静に話をしていても、どこかに不安があったが、それでも不思議と喫茶「イリュージョン」を一歩出れば、それまでの話がまるでウソのように、
――あそこでは幻想について話をしただけだ――
と、現実味を感じることはなかった。
ただ、オサムはその前日、喫茶「イリュージョン」で、ヨシオと呼ばれる人と出会った。ヨシオはその日初めて喫茶「イリュージョン」を訪れたといい、その理由を、
「オサム君に会ってみたかったんだ」
と述べたのだ。
最初、彼がヨシオだと気付かなかったので、彼の挙動に不信を感じていたので、怪しい視線を浴びせていたが、ヨシオは、
――何でも分かっているさ――
と言わんばかりに、オサムを見ていた。
「どうして僕のことをご存じなんですか?」
以前にツトムからヨシオの存在を聞いていたのだが、本人から聞かなければ、正直ツトムからだけの一方通行なので、信じがたいところがあった。
ツトムがいうには、ヨシオから自分が同じ日を繰り返しているということを聞かされたという。しかも気になるのは、一人の人にそのことを一人しか告げることはできないということだったはずなのに、
――なぜゆえ、ヨシオは僕の前に現れたのだろう?
そう感じて当たり前のことだった。
「俺はね、実は科学者なんだ」
「えっ?」
いきなり何を言い出すのかと思ったが、その話はツトムから聞かされたわけではなかった。ヨシオのことをツトムは知っているようで知らないのかも知れない。あれだけいろいろなことを話したツトムだったが、ヨシオのことは、
――自分に同じ毎日を繰り返しているのを教えてくれた人であり、同じ一日を繰り返していることにパターンがあることを教えてくれた人――
ということしか聞いていない。
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次