同じ日を繰り返す人々
――こうやってお店の雰囲気に引き寄せられた人たちは、それぞれに意識をしているから、あまり口を開かないのかも知れないな――
引き寄せられた人たちが、皆同じような性格だというわけではない。むしろ、性格的にはバラバラではないだろうか。何かどこか一つだけ共通点があって、それが引き寄せられるポイントになっているのだとすれば、実に興味深いことだった。
――まさか、同じ日を繰り返すというキーワードが、喫茶「イリュージョン」では共通点になっているのではないだろうか?
などと感じたが、すぐに打ち消した。
ツトムも言っていたように、同じ日を繰り返している人は確かに何人かいるらしいということは分かってきた気がする。ただ、ツトムは同じ日を繰り返している人たちと連絡を取り合っているような話をしていたので、この店の雰囲気とは違っていた。
しかし、逆も考えられる。
――この店では会話はタブーなのかも知れないが、ここで落ち合って、他のどこかで自分たちのことを話し合っていたのかも知れない――
とも思えた。
ただ、それなら、どうしてそんな回りくどいことをするというのだろうか?
ひょっとすると、同じ日を繰り返しているということを、他の人に悟られてはいけないという決まりがあるのかも知れない。そう思うと、オサムも今からいろいろな決まりを教えられることになるのだろう。
――きっとその時の「先生」は、ツトムに違いない。ツトムも真中ヨシオという人から聞かされたのだろう。ヨシオという人物に会ってみたくなった――
と感じていた。
「俺は自分の小説に、同じ日を繰り返しているという内容の話を書いたことがあったんだが、あまりにも奇抜だということで、採用には至らなかった。奇抜ならいいんじゃないかって編集者の人に迫ったんだけど、発表できる内容ではないということを言われてしまって、詳しい理由は教えられなかったんだが、今から思えば、確かに発表しなくてよかったのかも知れないと思う」
「どうしてなんですか?」
「俺の小説が、今の俺のいる世界に酷似しているからさ。これを発表して読んだ人の中には、同調してくれる人もいるだろう。ひょっとすると、彼らは同じ仲間になるかも知れない。それを俺がまるで予言のように書いてしまうと、『この世界のことを教えられるのは一人に対して一人だ』というルールを曲げてしまうことになる。それは決してしてはいけないことなんだ」
ツトムの話は唐突のはずなのに、ここまで聞いてくると、まんざら唐突でもないように思えてならなかった。
喫茶「イリュージョン」といい、ツトムといい、同じ日を繰り返す前兆を迎えているオサムに対して、これから起こることを納得させようという意識が働いているかのように感じられた。
しかし、点では理解できてくることも、線にして繋いでみようとすると、どこかに歪みが生じてくる。決して一本にならない線がいくつも存在し、それぞれに相関性があることは分かるのだが、交わっている感じはしない。不思議な感覚であった。
「君は、シンジ君を知っているかい?」
「シンジ君というと、アケミちゃんの彼氏になるのかな?」
「そうだね。アケミちゃんはそう思っているようだけど、シンジ君の方は、ハッキリとはそこまで自覚していないようなんだ」
「そうなんですか。ところで、そのシンジ君がどうかしたんですか?」
「彼も実は毎日を繰り返している人間の一人なんだ」
それを聞くと、オサムはさすがに頭が混乱してきた。
――ここまで知っている人のほとんどが同じ日を繰り返しているのだとすれば、普通の人間の方が特別な気がするな――
と感じた。
「シンジ君は、毎日を繰り返しているだけで、俺たちのように同じ日を繰り返しているのとは少し違っているんだ」
「どういうことなんですか?」
「毎日を繰り返すということは、彼自身は同じ日を繰り返しているというわけではなく、彼にもう一人の自分がいて、もう一人の自分が一日遅れて、同じことを繰り返しているんだよ。前を行くのが本当のシンジ君なのか、後ろを行くのが本当のシンジ君なのか、俺もよく分からない。分かっているのは本人だけで、俺たちのように同じ日を繰り返している人間には普通に毎日を繰り返している人たちよりも、遠い存在になるんだよ」
「そんなシンジ君のことを知っているのは、ツトムさんだけなんですか?」
「いや、実は横溝さんも知っている。横溝さんは、俺たちのことはもちろんのこと、シンジ君のことまで分かっているようなんだが、横溝さんがどれほど事情を深く知っているのか、疑問に思えるんだけどね」
と、ツトムは話していた。
「じゃあ、シンジ君のような存在は、珍しいということなんですか?」
「俺は珍しいと思っている。同じ日を繰り返している人は何人も知っているが、シンジ君のように、毎日を繰り返している人というのは他には知らないからね。珍しいと言ってもいいんじゃないかな」
「シンジ君のことは、僕は直接はハッキリと知らないんですが、ツトムさんはよく知っているんですか?」
「いや、僕もよくは知らない。何回か会ったことがあるくらいなんだけど、彼ほど二重人格を思わせる人はいなかった。だからこそ、彼が毎日を繰り返しているということが分かっても、不思議に感じなかったな」
「でも、どうして分かったんですか?」
「俺がまだ同じ日を繰り返すようになる前のことなんだけど、シンジ君とはそれまで毎日会っていたのに、二日に一度しか会えなくなったんだ。それから俺が同じ日を繰り返すようになってから、シンジ君に会うと、前の日に話したこと、と言っても、同じ日に話していることを、彼は分かっていなかったんだ。その日のことは仕方ないとしても、過去の話をすれば、話は通じるはずなのに、まるで別人のシンジ君だったんだ。それで彼が毎日を繰り返しているということに気が付いたんだ」
「たったそれだけのことで?」
「ああ、それだけのことだったんだ。俺は今でもそれだけのことで十分だと思っているよ。ただ、今もう一度同じ状況になって、シンジ君と会っていたとして、果たして彼が毎日を繰り返しているということに気付けるかどうか、怪しいものだと思っている」
「話が飛躍しすぎていて、頭が混乱しているんだけど、同じ日を繰り返している人と、毎日を繰り返している人の明確な違いとして、同じ日を繰り返している人に、その意識を持つことは容易なことだが、逆に毎日を繰り返している人が、それを自覚するというのは、非常に難しいんじゃないかって思えてきましたよ」
「それは俺も思っている。実際、シンジ君は自覚がないようだった。だから、俺も敢えてそのことに触れようとはしなかったが、でも、いつかはそのことを知ることになると思う」
「どうして?」
「自分の知らないところとはいえ、もう一人の自分が確実に同じ次元に存在していて、行動しているからさ」
「じゃあ、今のシンジ君はすでに知っているのかも知れないですね」
「そうだな。そして彼はきっとジレンマに陥っているような気がする」
「それはどういうジレンマなんですか?」
「シンジ君とアケミちゃんが付き合っているのは知っているかい?」
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次