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コンビニでは買えない栄養素(小さな恋の物語)

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 学期半ばで新しい学校に移った美由だったが、幸い、学校にはすぐに溶け込むことが出来た。
 五年生になる時に転校した時はどうしても浮いてしまい、こちらから溶け込んで行くと言うよりもギャル風ファッションで目を惹き、豊富な情報で惹きつけておかなければ不安だったのだが、ごく普通の洋服を着て、ごく普通に振舞っているだけでクラスメートは気安く話しかけてくれた。
 知らず知らずの内に『普通っぽさ』が身についていたのだろう。
  
 
 しかし、再び夜を独りで過ごさなくなってしまった寂しさは堪える。
 ただ、以前の寂しさとはちょっと違っていた。
 明男と知り合う前は惨めな気分を紛らわせようと、自分自身に対してまで虚勢を張っていた部分があったのだが、今はただひたすらに人が恋しい……もちろん、それが明男ならばこの上なく嬉しいのだが、それはもう叶わぬ事……引越し先を友達にも教えなかった意味がなくなってしまう、もう明男と会うわけには行かない、会ってはいけない、そう自分自身で決めたのだから。
 
 
 美由は学校で独りのクラスメートを気にかけている。
 なんとなく自分と同じ匂いがするのだ。
「歩美? うん、あの子のお母さんはホステスでね……あ……」
 歩美の事を尋ねたクラスメートは口を滑らせたと思ったのだろうが、美由は自分の母親の仕事を隠していないし、(やっぱり……)と思うと同時に、それを知る事は大切だったのだ。
 歩美は派手な服装やこれ見よがしの話はしない、その代わり、常に新しいコミックや雑誌を持っていて、それをクラスメートに貸してやることで自分のポジションを確保している、そんな部分がある。
 以前の自分が洋服と情報を武器にそうしていたように。
 ただ、美由は半分虚勢であったとしても、積極的に輪の中に入り込もうとしたのに比べて、歩美はどちらかと言うと引っ込み思案で、休み時間などはイラストを描いている事が多い、もっとも、そのイラストはしばしば女の子の輪を作るのだが……。

「ねえ、今日家に遊びに来ない?」
「え?」
 転校一週間目、美由は歩美を誘ってみた。
「あのね、あたしのお母さんもホステスなの、夜はいつも居ないんだ、一人でごはん食べたりテレビ見たりしてもつまらなくって……来てくれると嬉しいんだけど」
「夕ご飯も一緒に?」
「うん、どう?」
「うん、行くよ」
 歩美の顔に光が差し、美由は誘ってみて良かった、と思った。

「え? スーパー? コンビニじゃなくて?」
 歩美と連れ立って買出しに行く、行き先がコンビニではなくスーパーとわかると歩美は目を丸くした。
 やはり歩美もコンビニ弁当や菓子パンの夕食が当たり前だったようだ。
「うん、あたし、ちょっとはお料理できるから……味の方は保障できないけどね」
 
 
「すごいなぁ、えらいなぁ、私なんか自分でご飯作るとか全然考えもしなかったよ」
「えへへ」
 キッチンでは歩美が側に立ちっぱなし、思えば美由も明男の隣で料理を憶えたのだ。
 また独りぼっちになってからは美由もコンビニで調達した夕食に逆戻りしていたのだが、歩美にも食べさせてやるのだと思うと料理も楽しい。
 明男の気持ちが少しわかるような気がする……今日初めてやって来た歩美だが、他のクラスメートとはもう違う存在になっている。
 メニューはカレーとサラダだが、歩美は嬉しそうにほおばり、美由もそれを見れば嬉しくなる。
 ところが……。
 半分ほど平らげた所で歩美のスプーンが止まった。
「どうしたの?」
「……うん……なんだか涙が出てきちゃった」
「辛すぎた?」
「そんなんじゃない……ずっと夜は一人だったから、夜が来るのが嫌でしょうがなかったの……夕ご飯が楽しいなんて思ったことなかった……」
「あたしもそうだったんだ……でも、お料理して一緒に食べてくれるようになった人がいてさ……歩美、明日も来てよね」
「うん……」
「あさっても、しあさっても、その次も……」
「うん……」
「ずっと」
「うん……でも、家にも来て」
「わかった、かわりばんこね……」
 美由も胸が一杯になってしまい、歩美に抱きついて泣いた。
 歩美も美由に抱きついて泣いた。
 野菜ジュースでも補えない栄養、子供が大人になって行くのに欠かせない栄養。
 変則的な形だが、二人はそれを手にすることが出来た。


「やっぱり歩美は上手いなぁ」
 歩美が美由の家に来た時はもっぱらお喋りだが、美由が歩美の家に行くと、美由は寝転んでコミックを読み、歩美は画を描く。
 それぞれ思いのままに過ごしていても、一緒なのと独りでは全然違うのだ。
 歩美はペン、インク、水彩、パステルと画材を豊富に持っている、コミック好きだけあって自分でもイラストを描き、それは美由と言う批評家を得てみるみる上達して行く。
「いつかは漫画家かイラストレーターになりたいな」
「大丈夫、歩美ならきっとなれるよ」
「私、中学へ行ったら美術部に入ろうと思うんだ、描きたいのはイラストや漫画だけど、ちゃんと画を習ってみたいから」
「そうだね、良いと思う」
「美由は?」
「あたしは……」
 歩美には画があるけど、自分には何がある?
 そう考えると目標を見つけた歩美が羨ましく思えて来るが、羨んでいるばかりでは何も前に進まない。
「そうだなぁ……演劇部とか良いかも……」
 ふと、それが頭に浮かんだ。
 学芸会で主役を張ったというような経験はなく、テレビドラマなど見て少しだけ女優に憧れることがある程度。
 しかし、美由の脳裏に焼きついている人、美由を孤独から救い出してくれた人、美由が誰よりも会いたいと思っている人はコンスタントにテレビドラマで活躍している。
 もし自分が胸を張って再会できるとしたら、それは……。
「あ、柴田さんでしょ?」
 そう歩美に言われた時、美由は力強く頷く事が出来た。
 自分が女優になれたとして、その時まで明男が独身で居てくれるか、恋人を持たずに居てくれるか、それはわからない。
 でも、自分が明男の後を追って女優になれたなら……明男はそれをきっと喜んでくれる、それで良い、それだけで良い……。
 美由も目標を見つけた瞬間だった。



 一方の明男も美由を忘れてはいない。
 コンスタントに役を得てテレビドラマに、映画に出続けること。
 それは元々の明男の目標でもあったが、いまや美由との僅かなつながりでもある。
 きっとどこかで美由は見ていてくれる、自分を忘れずにいてくれる、その為にも頑張らなくては……そう思えば頑張れる。
 

 二人の想い、それは今はまだ平行線、しかし、同じベクトルを向いて動き始めた。