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コンビニでは買えない栄養素(小さな恋の物語)

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6 最終回



 それから八年が過ぎた。

 明男はすっかり役者としての地位を確立していた。
 相変わらず脇役専門だが、自分でも華がないこと、強烈な個性に欠けることは自覚しているからバイプレーヤーであり続けることに不満も迷いもない。
 むしろ固定イメージが付かず、様々な役を演じられることで自分に磨きを掛けられる、そう考えながらひたすら演技力を磨くことに没頭して過ごして来た。
 
 今年三十歳になるが、明男の周りに浮いた噂はない。
 美由のことが気にかかっているからと言うわけではない、明男の中で美由は今でも十一歳のまま……恋愛の対象とはならないのだ。
 しかし、心の中にぽっかりと空いた穴はまだそのまま、それを埋めるために演技に没頭して来たと言う一面も確かにある。
 ある意味、美由がいてくれたこと、そしていなくなってしまったことが自分をここまで引っ張りあげてくれたのかもしれないとさえ思う。
 そして、常にドラマに、映画に出演し続けていれば、美由はきっとどこかで見ていてくれる……そう思ってここまで来た。

 

 明男は秋の新番組となるドラマの撮影に臨んでいる。
 初めての準主役、ヒロインの相手役と言う重要な役だ。
 今度の作品は十年来の付き合いになっている小野ディレクターのコメディ、明男の役柄はと言うと、長く音信不通だった姉が亡くなり、高校生の姪に突然アパートに転がり込まれて右往左往する冴えない独身サラリーマン。
 ヒロインは人気急絶頂の女性アイドル歌手、演技力は素人に毛が生えた程度のものだが、あっけらかんとした『不思議っ娘』系の持ち味は彼女特有のもの、それが台本によって遺憾なく生かされてドラマの成功を予感させる。
 そして実際の彼女はと言えば、あっけらかんと明るいところはイメージのままだが、その実礼儀正しく真面目なので現場の雰囲気も良く、撮影は順調に進んで行く。

 当初はワンクールの予定だったのだが、放送が始まってみると大きな反響があり視聴率も好調、急遽もうワンクールの延長が決まり、終盤の台本も大幅に書き変えられた。

「ヒロインの親友役が必要なんだけど、色が付いていない新人を使いたいんだ、誰かいないかな」
 小野は、長年の友人であり俳優養成所で演技指導をしている山田に相談を持ちかけた。
「どんな娘が欲しいんだ?」
「そうだな、ヒロインは天衣無縫で規則に縛られないで行動してしまうから、しっかりそれを受け止められる娘でないと困るんだ、昔ちょっと不良だったけど今は真面目、そんなイメージを持っているんだが」
「なるほど……」
「台本はまだ制作中だが、最終回はヒロインがキューピッド役になって、柴田君とその娘がくっつくんじゃないかな? と思わせて終わる予定なんだ、だから柴田君に似合うだけの大人っぽい感じも出せて、根は純情、そんな感じの娘は居ないかな?」
「いるよ……多分彼女なら君のメガネに叶うと思うぜ」


 その日、スタジオでの収録が終わった後、会議室で第二クールから入る新たな出演者との顔合わせの場が持たれた。

「え?」
 その新人女優が部屋に入ってくるなり、明男の目が丸くなった。
「憶えていて……くれたんですね?」
「『くれたんですね?』なんて……らしくない言葉遣いだな……美由……」
「また名前を呼んでもらえた……」
「美由、大きく、いや、大人になったね、そして綺麗になったよ」
「柴田さん……」
「そんな水臭い呼び方は嬉しくないな、昔みたいに『お兄ちゃん』で良い……演技の勉強をしていたんだね?」
「うん……高校は定時制に通って、昼間は養成学校に通ってた……お兄ちゃんの後を追っていれば、いつかちゃんと胸を張って会えるような気がして……」
「僕もさ……役者を続けていれば、ドラマや映画に出続けていれば、きっとどこかで美由は見ていてくれる……そう思ってやって来たんだ……こんな形で会えるとは思わなかったけどね……行き先も教えないでいなくなるなんて酷いぞ」
「ごめんなさい……でも……」
「いいんだ、わかってる、あの時友達から写真の事を聞いたよ……」
「お兄ちゃんに迷惑がかかったら、あたし、自分が赦せなくなる気がして……」
「わかってる、わかってるよ」
明男が美由の手を取ってそっと抱き寄せると、事情は皆目わからないまでも、同席していた者たちからは自然と拍手が沸き起こった……。

 ディレクターの小野だけはすべての事情を山田から聞いて知っていたのだが……。



 更に三年後……。
「体に気をつけてな……」
「うん、お兄ちゃんもね」
 明男は成田空港へ美由の見送りに来ている。
 あのドラマで注目された美由は、その後も着々と階段を上がって行った。
 と言っても調子に乗ることなく、音楽活動やバラエティ番組には目もくれずに演技一本に絞って活動して来た。
 そして、ハリウッド映画への出演チャンスを得て、今日旅立つのだ。
「成功すると良いな、もっとも美由が向こうへ行きっぱなしで帰って来なくなると、それはそれで寂しいけどな」
「まだ初めてのハリウッドよ、それに最初から主役ってわけでもないし、撮影が終わったらすぐに帰って来るわ」
「ああ、待ってるよ」
「じゃ、行って来るね……」
「行ってらっしゃい」
 美由はキャリーバッグを引いて颯爽と搭乗ゲートへと消えて行った。

(あの美由がね……すっかり一人前の女優だ……)
 明男は美由が消えて行ったゲートをしばらく見つめていた。
 寂しくないとは言わない、しかし、心にぽっかりと穴が空くような別れではない、必ず戻って来ると信じていられるから……。
 すると……スマホが震えた。
(帰ったら大事な話があります、何処にも行かないでいてね)
 美由からのメールだった。
(大事な話か……僕も美由に伝えたいことがあるよ、必ず待ってるから、今は映画に集中して頑張りなさい)
 そうメールを返して、スマホを大事に胸ポケットにしまった。


 美由を乗せた飛行機が空へと飛び立って行く。
 美由の洋々たる前途を暗示するかのように。
 そして、二人の新しい関係もまた、たった今離陸したのだ……。
 
(終)