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記憶が意識を操作する

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 というもう一歩先の気持ちがあったからなのかも知れない。それは、お互いに煩わしいと思いながらも、人に気を遣うことを止めない、そんな大人にはなりたくないという思いが強いからだろう。
 両親が離婚したことで、自分にとって煩わしいと思っていた目の上のタンコブが一つ消えた。それが、自分の中の時計を止めた期間があることに気付かないまま、
――あんな大人になりたくない――
 という気持ちにさせたに違いない。
 中西は、それから父親と再会することはなかった。すっかり父親のことを忘れていったのだが、高校生になる頃には、今度はまたみのりのイメージが頭の中によみがえってきた。クラスメイトの女の子に、みのりの面影を残した女の子がいたからだ。
 瓜二つとは言わない。もし、本当に瓜二つなら、却って意識しないようにしたかも知れない。似ていることの方が、よほど思い出の中にいるみのりを思い出すことができるからで、瓜二つであれば、現実にいる人間の方に目を奪われてしまい、記憶の中のみのりの存在がまるで幻に過ぎないことを感じさせるかも知れない。
――本当にみのりは存在していたのだろうか?
 そんな考えを持ちたくないというのが本音だった。
 その女の子の名前は浅野涼子と言った。中西にとっては、みのりが初恋だとすれば、初恋の面影を残した女性に出会ったことで、
――二度目の初恋――
 を果たしたことになるような気がした。
 初恋のイメージがそのまま自分の好きな女性のタイプになるということは自分でも意識していた。自然と女の子を見る目が、
――みのりを探している――
 という意識に繋がっていた。ただ、自分の中の思い出を壊したくない思いがあるので、なるべく、似ているという程度で、本当に瓜二つの相手が現れないことを願っていたのは本当だった。
――子供だったあの頃に戻りたい――
 という叶わぬ思いを抱くことになるからだ。
――別荘に住んでいたお嬢様であるみのり――
 そのシチュエーションだけで、子供の頃のことが、まるで夢だったかのような錯覚を覚えるのである。
――忘れていたはずなのに――
 涼子を見た瞬間、顔を忘れていたはずのみのりのことを、顔だけではなく、子供の頃の記憶までもが、クッキリと思い出せてきたのは、不思議なことだった。それだけ、涼子の特徴のある顔のパーツが、みのりに似ていたということだろう。
 だが、性格はまったく違っているような気がする。
 二人とも、あまり表情を変えることはないが、いつもニコニコと純粋さが表に出ていたみのりとは違い、涼子はいつも冷静で、必要以上のことは考えない性格に見えて仕方がなかった。
――二人を並べてみたら、意外とまったく似ていないように感じてしまうのかも知れない――
 と、中西は感じていた。
 しかも、二人ともを知っている人は、自分以外にはいないだろうということが中西が涼子を意識するもう一つの理由となった。
 涼子と知り合ってからの中西は、それまでの人生とは違ったものが見えてきた気がした。二人が付き合い始めるまでに、さほど時間が掛からなかったのは、涼子の方でも中西を意識していたからだった。
「私は寂しいと思うことが結構あるんだけど、何に寂しいのか分からないの。その寂しさが孤独から来るものではないということは分かっている気がするんだけど、孤独以外の寂しさというのがピンと来ないのよ」
 と、涼子は話した。
 孤独と寂しさが別物であってもいいのではないかと思っている中西にとって、涼子の考え方は、納得できるものがあった。
「そうですね、僕も寂しいと思う時、それが本当に孤独な時だという気はしませんからね。僕が思うに、孤独な時に寂しいと思うのは、その寂しさがどこから来るのか分からない時に、孤独というものを理由づけることで自分を納得させようとしているんじゃないかって思いましたね」
 と話していた。
「私は、孤独ってそんなに悪いことではないと思うんです。一人で何かを考える時に一人になりたいと思う、それを孤独と表現していいのかどうか迷うところですが、それを孤独と表現するのであれば、決して悪いことではないですよね」
「寂しいという言葉も、僕はそんなに悪いことではないと思うこともあります。そういう意味では、寂しさも孤独も同じ種類なのかも知れませんね」
「孤独の中に寂しさは含まれるような気はするんですが、寂しさの中に孤独が含まれるとは私は思いません」
「えっ、そうなんですか? 僕は逆だと思っていたんですよ。寂しさの中に孤独は含まれるけど、孤独の中に寂しさは含まれることはないんじゃないかってですね」
「人によって考え方が違うんだから、そもそも同じものだと思って考えること自体が誤りなのかも知れませんね」
「会話の中で、同じことを話しているつもりでも、まわりから見ると、まったく違ったトンチンカンな話をしているように見えることがあると思うんですけど、それと似たような感覚なのでしょう」
 二人はよくそういう会話をすることが多かった。それは自分を納得させたいという思いがあることから、
――この人と話をしていると、自分を納得させてくれる答えをくれるかも知れない――
 という思いが会話に花を咲かせるものとなっているのだ。
 ただ、今まで中西が出会った人の中で、寂しさや孤独という概念とは違ったイメージでしか見ることができなかった人がいた。それが他ならぬ木村さんとみのりだったのだ。
 中西少年が、絵を本格的に描き始めたのは、中学に入ってからのことだったが、絵を描いている時に思い浮かべたのは、みのりと最初に出会った時に見ていた、防波堤からの景色だった。
――海と空の間に窪みがあり、海が空を支配するのか、空が海を支配するのか――
 という不思議な感覚が頭の中にあり、しばし絵を描いている自分の手が止まっていることに気付かない時があるくらいだった。
 その時の海と空が、どんよりと曇っていたという印象しか残っていない。グレーな空をすり抜けるかのように雲が流れていく。海は風を感じるのに、波はさほど高くなく、遠くに向かって蠢いているようにしか見えなかった。
 その光景を思い出したのは、自分が防波堤にいる時に見えた景色からなのか、それとも屋敷の中で見た絵の影響なのか、そのどちらにしても、空と海を思い出す時は、みのりと木村さんの二人の存在が欠かせないものになっている。
――空と海、どちらがみのりでどちらが木村さんなのか――
 二人に置き換えてしまっている自分を感じた。
 しかし、それ以上に、空と海の関係を自分と木村さんとの関係のように結びつけた気分にさせられたのは、いつもニコニコ笑顔を絶やさないみのりの存在が、その存在だけがすべてに影響しているのではないかと思うのだった。
 そして、絵を描いている時に感じたのは、
――絵というのは、目の前に見えることを、そのまま描くだけではないんだ――
 ということだった。
 時には大胆に省略することも大切だという思いに駆られた時、自分の描いた絵だけが、他の人とは違って、何かが欠け落ちているのに気が付いた。
 だからと言って、その部分が人より劣っているというものではないという考えだった。もし、人と違うところがあるとすれば、
作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次