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記憶が意識を操作する

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 中西少年にとって、最初はみのりといることにドキドキする毎日だったが、次第に木村さんにも惹かれていく自分を感じた。木村さんもそのことが分かるのか、みのりに対しての接し方とは違うが、暖かさを持って中西少年に接してくれる。それがありがたかったが、さらに中西少年を喜ばせたのは、みのりに、
「彼を、裏庭の海が見える展望に案内してごらんなさい」
 と進言してくれたことだった。
 みのりも素直な子供なので、中西少年が喜んでいるのを自分の「手柄」にしたわけではない。このことを教えてくれたのが他ならぬ木村さんであると話してくれた。中西少年は、そんなみのりにも愛着を感じていた。
「こんな開放的な家庭、まるで夢のようだ」
 と、木村さんに話すと、
「そうですか? でも、中西様もステキなご家庭を築けそうに思いますよ。まだお子さんなので、もちろんピンとは来ないと思いますが」
――こんな人がお父さんだったらな――
 自分の父親よりも、木村さんによほど紳士的なイメージを感じた。
――木村さんがいなかったら、みのりの屋敷に行こうとは思わなかったかも知れないな――
 と思うほど、木村さんに対しての思いは強かった。
 それが、尊敬の念であるということを知ったのは、もう少し大人になってからだったが、その前に、みのりに対しての気持ちが自分の初恋だったということを思い知らされることになった。
「初恋というものは、淡く辛い思い出が多い」
 と言われるが、みのりの屋敷に毎日のように赴いている時に、みのりとの別れが訪れるなど、考えてもみなかった。
――僕の方から離れない限り、別れが訪れるなんてありえないよな――
 と思っていた。
 それだけ、みのりが自分を信頼してくれていると思っていた。
 信頼してくれていたのかどうか、今となっては分からないが、
――そう思っていなければ、やりきれない――
 と、思った。
 みのりの屋敷に毎日のように出かけてから半年ほどが経った時、屋敷にはもう誰も住んでいなかった。
 別れが突然に訪れたのだ。
 中西少年が屋敷に行くと、そこにはまだ誰かが住んでいた「暖かさ」があったのだが、なぜか、前の日までいたはずの人間の気配が感じられない。
 二日、三日と経つうちに、木村さんもみのりも、その顔の記憶すら、どんどん薄れていってしまっている自分に気が付き、驚愕してしまった。
――そんなバカな――
 まるで、覚えていることが罪であるかのように、記憶の欠落は静かに進行している。静かすぎて通りすぎた記憶は、やりきれない気持ちと同時に、自分がこれから何をすればいいのか、途方に暮れさせる効果は十分だった。
 中西少年は、半年間の記憶を必死に思い出そうとしていた。しかし、思い出そうとすればするほど忘れていってしまいそうで、思い出すことが恐ろしくなった。
――思い出さなければいけないのに、思い出そうとすると、確実に忘れていってしまう――
 子供の頭で必死に考えていたが、堂々巡りを繰り返すことだけがハッキリと分かっていて、それ以上考える気力が失せていた。
 最初の方は、木村さんへの意識が結構強かったのだが、それが二週間ほどで、興味はみのりに移っていた。小学三年生というと、異性に興味を持つことのない年齢だが、明らかにその時の意識は相手を、
――女の子――
 という意識で見ている目であった。
 さすがに女性として見ることはできないと思っていたが、初めて彼女の屋敷を訪れて一か月も経つと、みのりに対して、今までに感じたことのない思いがこみ上げてくるのを感じた。
 それが恋愛感情ではないことは分かっていたが、そばにいるだけでドキドキする感情は、恋愛感情に違いない。異性への興味が湧いてくる前であったが、ドキドキする感情が恋愛感情であるということは、マンガを見ていて知っていた。
 その頃のマンガといえば、恋愛マンガは少なかったが、みのりが読んでいた少女漫画を見るようになると、分かってくるようになってきた。
 相手がみのりでなければ、少女漫画など読むことはなかっただろう。
「中西君、これなんかいいわよ」
 と言って、これ以上ないというほどの笑顔を見せられると、断ることはできない。
「この間のマンガ、どうだった?」
 と、みのりが聞いてくることはなかったが、断れずに読むことを約束したのだから、中西少年は、真面目に読んでみようと思った。
 最初から、嫌な気がしたわけではないが、読んでいくうちに、
――なかなか面白い――
 と思うようになった。
 さすがにみのりの前では、自分が少女漫画に興味を持ったなどということを悟られるのが恥かしく感じられた。なるべく素知らぬ顔をしているので、みのりもマンガについて触れてこないと思っていたが、中西少年が少女漫画に興味を持ったことを分かっていたのかも知れない。
 時々、
――してやったり――
 という表情をするみのりの中に、
――私は、あなたのことは分かっているつもりよ――
 と言いたげではないかということに、じれったさのような、それでいて、くすぐったいような思いを感じた。
 中西少年は、みのりの記憶が消えていく中でも、その感覚を忘れることはなかった。
――これが初恋というものなのだろうか?
 と、感じたのは、自分が小学五年生になった頃で、知り合った時のみのりの年齢になった時だったというのは、偶然だろうか?
 その頃になると、やっと異性に対しての感情が湧いてくるのを感じていた。みのりに対して感じた、
――じれったさ、くすぐったさ――
 この二つが、異性に対しての初めての感情だったことは間違いなかった。
 中西少年にとって、この半年間は何だったのだろう?
 最初の一か月でみのりに対して初恋に似た感情を得た。その後の五か月間を、思い出すことは難しかった。
――最初の一か月の方が、その後の五か月よりも、ずっと最近だったような気がする――
 そんな思いが、中西少年にはあった。しかし、だからと言って、五か月が惰性のようなものだったとは思っていない。絶えず何かを考え、何かを求めていた。しかし、それが何だったのか、覚えていないのだ。
 覚えていない理由に、最後の一か月が影響しているように思えた。最後の一か月は確かにそれまでとは違っていた。何かを求めながら、求めていたものを諦めなければいけないような感覚に陥っていたからである。
 何を諦めなければいけなかったのか、最初から分かっていたような気がする。
――分かっていたはずなのに――
 それにしても、この思いは一体何なのだろう? それまでにも、ほしいものがあって、手に入れられなかったものはたくさんあったはずだ。
――いや、手に入れられないものの方が、もっと多かったはずだ――
 それがどんなものなのか、その時の中西少年には分からなかった。
 ただ、黙って目の前から消えてしまうというのは、どういうことなのだろう?
 何の前触れもなく、前の日まで、いつもと同じように笑って過ごしていたはずの彼女が、どうして目の前から消えてしまったのか、不思議で仕方がなかった。
 確かに、あまり表情を変えることのない彼女だったが、その中に寂しさを一切感じなかったのは、
――相手に同じ思いを感じさせたくない――
作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次