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記憶が意識を操作する

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 と、口にしていた。それは子供の頃だけではなく大人になっても同じことで、そんな中西少年を、両親はさぞ訝しいと思っていたことだろう。
 大人になってから自分が子供の頃に感じていたことが、
――結構間違いだった――
 と感じることも多かったが、親に対しての思いだけは、変わらなかった。やはり、自分は両親のような親にはなりたくなかったのである。
 ただ、それでも、親とから主従関係を求められていたという意識はなかった。意識がなかったからこそ、命令されているようで腹が立ったのだろうが、
――こんな考えを持っている人は、きっと他にはいないだろう――
 という思いで、大人になった時、自分が子供を持った時にどう感じるのか、その時に想像もつかなかった。
 自分に照らし合わせて見ているせいもあるのか、いかにも主従関係に見えている木村さんとみのりは、実は主従関係などではなく、厚い絆のようなもので結ばれていることを、次第に感じるようになっていた。
 木村さんは、優しそうに見えて、どこか強さを感じた。それが、木村さんの中から感じられた寂しさであることを、その時まだ子供だった中西少年に分かるわけもない。
「いつもこんなにおいしいものが食べられて羨ましい」
 と言った中西少年に対し、寂しそうな表情になったみのりの表情が忘れられない。それを見た木村さんがすかさず、
「それでしたら、これから毎日でもお誘いいたしますよ」
 と、ニコニコしながら話した。
「そうよ。そうすればいいんだわ」
 と、その言葉を待っていたかのように、みのりが歓喜の声を挙げた。
 もちろんその言葉を待っていたのは中西少年も同じだったが、
「そんな、厚かましいことできません」
 という言葉が口から出そうになったのを、躊躇した瞬間だったその時、みのりの表情がその時の自分とは正反対だったことに気が付いた。
 もちろん、躊躇してしまったのは、家庭環境のせいだろう。自分の本当の気持ちを隠してまで、遠慮しなければいけない自分が情けなくなり、同時に遠慮の欠片もないみのりが羨ましかった。みのりに対しての気持ちとしては、おいしいものを食べられることよりも、遠慮なく自分の気持ちを表現できるみのりが羨ましく、そして眩しく見えたのだ。
 嬉しい気持ちになっている中西少年に、
「本当に毎日すみません」
 と平気な顔で言える木村さんもすごいと思った。普通ならそんな風に思うことはないのだろうが、中西少年は自分の環境が、世間体を気にする父親にいいように作られていってしまうと思っていたので、余計にちょっとした気遣いを嬉しく感じる。
 どんなに遊んでも余りある広さの屋敷の中で、みのりと過ごすスペースは限られていた。
 みのりの部屋か、食事をする時に入る大広間か、他の部屋がどうなっているかなど気にもならない。ただ、無限の広さがあるように思われて仕方がなかった。
「中西君は、私が最初に見た時にいたあの防波堤には、いつも行っているの?」
「うん、本当はそんなに海が好きだっていうわけじゃないんだけど、あの場所だけは好きなんだ。逆にいうと、他に好きな場所がないだけということだよね」
「私は、ここからほとんど出たことがないので、他の世界のこと教えてくれると嬉しいわ」
 と、みのりが言った言葉を聞いて、驚いたような表情になった自分を感じたが、本当はそれほど驚いているわけではなかった。みのりがこの屋敷からほとんど出たことがないのは分かっていたからだ。
 それは、みのりがこの屋敷の外にいる姿を想像することができなかったからだ。いつも白いワンピース姿のみのりは、この屋敷の中だからこそ映えている。もし表でいつもこの姿だったら、目立ちすぎて、まわりから浮いてしまうのは目に見えていた。
 そしてもう一つ言えることは、
――みのりのそばには、いつも木村さんがついている――
 ということだった。
 みのりは一人でいても、それはそれで美しい。しかし、美しさ以外を考えた時、みのりの存在は、木村さんを無視して存在できないような気がするからだ。
 木村さんはみのりの前ではあくまでも黒子のような存在であり、みのりの引き立て役に徹しようとしているようだが、中西少年には、
――木村さんこそ、みのりが木村さんの保護を求めているわけではなく、木村さん自身を求めていることに気付くべきだ――
 と思うようになっていた。
 そして、同時に、
――みのりさんがここまで輝けるのは、木村さんがいるからだ。僕にも木村さんのような存在の人がいてくれればいいのにな――
 と感じた。
 だが、その心の中に、
――自分が木村さんのような存在になれればいい――
 という思いは、その時にはなかった。
 それは、とても消極的な考え方であり、子供の頃からそんな消極的な考えでは、成長していく中で存在しているはずの無限の可能性を、自らが摘み取ってしまうということを意味しているのだ。
 みのりの家の庭も、結構広い。最初は気付かなかったが、裏庭の奥には海が一望できる展望台のようなものがあり、そのまわりの少し丘になったところには、芝生が綺麗に整備されて広がっていた。
 みのりがそこに初めて案内してくれたのは、初めてみのりの家に行くようになって、一週間が経った時だった。
「これはすごい」
 入場料を取ってもいいくらいだと思えるほどの景色に、中西少年は魅了されていた。
「ここは、木村さんが一番気に入っている場所なんです。最初からご案内できればよかったのですが、木村さんから、一週間待ってくださいと言われていたので、私は木村さんの言いつけに従いました。木村さんは普段は本当に従順なのですが、たまに強硬に自分の意見を押し通そうとすることがあるんですよ。面白いでしょう?」
 と言って、みのりは微笑んだ。
 その表情を見た時、
――彼女は本当に木村さんを慕っているんだな――
 と感じた。
 その時、漠然と見ていた木村さんが、なぜか気になると思っていたわけが分かってきた気がした。
――そうだ、この僕も木村さんに憧れていたのかも知れない。言い方は悪いが、見た目、年端もいかないこんな小娘に、ぺこぺこしているのを見ると、どこにプライドがあるんだろうって思ってしまう。それなのに、どうして気になるのかと言われると、すべての面でみのりに慕われているからなのだろう――
 と思ったからだ。
 人から慕われるということが、羨ましく感じるのは、自分の父親には、
――他人から慕われる――
 などという要素が、どこから見ても考えられないからだ。
 最初、木村さんを男として見ると、
――何とも、情けない人だ――
 と思えた。
 自分が子供だったというのが一番大きな理由だが、自分の父親と無意識に比較してしまっている自分を顧みると、
――木村さんよりも、僕の方が情けない気がする――
 と思わせたのが、みのりにどれだけ慕われているかということが分かったからだ。
――お父さんが、他人から慕われるなどありえることではない――
 子供としての偏見が入っているせいもあるが、おおむね自分の考え方に間違いはないだろう。
作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次